足利銘仙はじめまして Vol.4
朝晩はだんだんと冷えるようになりましたね。
稲刈りを終えた田んぼも見るようになりましたが、私が住んでいた東北では、9月に稲刈りが終わっていたので、日々の何気ないことからも違いを見つけることが楽しいです。
ちなみに、ささにしきやひとめぼれで私は育ってきましたが、足利や北関東のこの辺りでは、どんなお米が有名なんでしょうか?
それでは本題に…
前回は足利銘仙の『柄』について、技術の面から紹介しました。
今回はその柄について、当時の社会的文化的背景を足利銘仙のストーリーを紐解く手がかりにしてみたいと思います。
社会的文化的背景と言うと、難しく聞こえるような気もしますが、どんな出来事にも社会の影響が少なからずあります。そんな背景を見てみると、ある出来事が身近に感じたり、特別なものに感じることもありますね。
足利銘仙の、カラフルでモダンで豊富な柄は技術革命の他、当時の社会的な影響も強く受けています。
技術革命によって、それまでの日本古来の柄から多色使いが可能になり表現できることが増え、柄の種類も豊富になりました。この背景には、当時、西欧のアール・ヌーヴォーやアールデコの流行が日本でも注目され、銘仙の柄にも積極的に取り入れられるようになったこともあります。
アール・ヌーヴォーとは、19世紀末から20世紀初めにかけて、ヨーロッパで都市化と産業化を背景に広まった国際的な芸術運動と様式のことです。デザインは自由曲線で、モチーフは花や植物などの有機的なもの、雰囲気は装飾的で華やかなもといった特徴があります。
一方、アール・デコとは、1920~30年代にヨーロッパやアメリカを中心に流行し、直線的なデザインで幾何学図形をモチーフにし、機能的で実用的な雰囲気を持ち合わせていました。そして、平面と立体を融合させた近代的なデザインが出現しました。
足利銘仙では、曲線的なデザインのアール・ヌーヴォー、直線的かつ幾何学模様のアール・デコ、これらの影響を受け、日本古来の柄に加え、抽象画のような模様や大胆な花柄や幾何学模様を用いた斬新な柄が誕生したそうです。
銘仙、着物、と聞くと「和」のイメージを持ちますが、足利銘仙のストーリーの背景には西欧の文化の影響も強くあったことが分かりました。また、積極的に取り入れたということは、当時の社会の流行、また新しい芸術や美的価値に柔軟に反応できたとも言えますね。
自分の中には無いもの、だけどなんだか素敵な予感がする…そんな風なものに出会ったときに素直にその良さを受け取れる自分でいたいと私は思っているので、こうした新しい価値観に当時の人が反応したことが印象的です。
こうしたことから、銘仙は和柄という括りには収まらない、新しい魅力を生み出せたのかもしれません。今、銘仙の柄を見て古さを感じないのは、こういった西欧の影響を受けた面もあるんですね。