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湖で喧嘩した話

その時よく会っていた彼とは腐れ縁というか、
街中でばったり鉢合わせたり、
何年も何年も会っていなかったのに
いきなり会う時期があったりした。

そういう期間は、
無理やりにでも会うんだけど、
会わなくなる時は糸が切れたように
ぱったりと会わなくなった。


その日は、ピクニックへ行った。
めずらしく前々から計画して。
彼の家で、サンドイッチを作って、
小さなテントを車に積んで。


彼は自分の集中できるもの以外は
何も手につかない人だった。
教習所に通う期間が長すぎるという理由で、
車の免許も持っていなかった。


東京に住み始めて、意外と運転免許を持っていない人もいるんだなと知ったけれど、
地元では男も女も、
10代の後半で運転免許を取りに行くというのが
当たり前のような風潮があったので、
免許持ってない男ってやだな。
私は助手席に乗りたいのにと思っていた。


あまり出かけることもなかったけれど、
彼と車で出かける時はいつも私の車で、
私の運転で出かけていた。


湖の見える芝生で、
作ってきたサンドイッチを食べて、
寝転んで、
話して、
暗くなってきて、散歩したりして。
夏の終わりの、風が気持ちいい頃だった。

彼がいきなり言い出した。
「焚火がしたい」
とてつもなく自由人な彼だったので、
彼の行動に同意できない時は辛い。


「たぶん、ここって市とかの公園やしあかんのちゃうかな。さっきから警備員的な人も見廻りしてるし。」
言ってみたけど、こいつは聞かない。
こうゆう規則とかを持ち出しても、
彼の耳には届かない。


分かっていたけれど、人に怒られたり、
規則に反したりするのを極力避けて生きてきた私は必死で説得した。


「焚火って言っても、火とか木とか無いもん。仮にやったとして燃えすぎてキャンプファイヤーになってしもたらどうすんの?
火事とか起こしたくないよ。」


「ちょっとだけやん、なんで君はそんなことばっかり言うねん。つまらんなぁ。
俺は楽しみたいだけやん。」


思えば彼は、10代の頃から、
規則とか、常識とか言われるものが大嫌いで、
いつも苛立っていた。
世間に対して、常に怒っていた。


色々と説明するのが嫌になり、
広げていた荷物をまとめて黙々と車に積んだ。
この男、生きにくいやつ。
20代後半で、こんなしょうもない言い争いをすることになるとは…。

彼はしばらく怒っていたけれど、
運転手は私なので、観念して車に乗ってきた。

それから一言も話さなかったのか、
何か話したのか忘れたけれど、
彼の家の前に車を停めると、
無言で出て行った。


私も、その時にはしょうもない喧嘩の原因や、
聞かん坊の彼にうんざりしていたので
無言で走り去った。

その後、
時間の無駄だったと電話がかかってきて
仲直りしたのだが、
彼とはこういう謎な喧嘩をよく繰り返した。

そんな彼だが、納得すると、
理解は光速だった。



自営業の彼は言う。
「他人がやってることが理解できない。
会社員も理解できない。
金になんの?って思ってしまう。
別に会社員せんでも食っていけるやん。」


「それは、あなたがやりたいことが、
金儲けだからなんじゃないの?
他の人は他の人のやりたいことがあるんちゃうかな。」と言うと、


めちゃくちゃ褒められた。
あ、そうか。なるほどなぁ。
たしかに俺は、金儲けが目的や、と言っていた。
頑固で禁句なしの彼を、
納得させられたことが嬉しくて、
今でも覚えている。

いまもどこかで、激動の人生を、
送ってるんだろうな。


またもやとりとめもない、
でも忘れたくない昔の話。

#日記
#コロナ前の世界

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