Salvation
「救い」は救われた側しか使えない言葉だと思ってる。
「救ってあげる」には「相手が自分によって救われること」を強要する要素があって、そして知らず知らずのうちに行為に対する「相手が自分に感謝する」見返りを求めている。
このことを自覚していないと、気付かぬうちに、貴方のためにしている愛情がどうして報われないのという憎しみに反転していく。
まどマギのさやかちゃんなんかまさにそうだと思う。人を助けることは正しいこと。でも自分を犠牲にして他者を優先し続けた結果、こんなに頑張っても報われない自分に対して不幸の感情がたまり、周りの幸せな人を認められなくなる。
じゃあどうすれば良いのかというと、自分の良心が納得できる範囲でやりたいことをやるだと思う。
助けないのも罪悪感がある。でも自分の時間を優先したくもある。この2つの中で良い落とし所のところで頑張ってみて、後悔しない行動を自分で選択したのだという実感のもと頑張ってみる、というスタンスだと思う。
他者の役に立ちたいというのも、自分の身が大事だと思うのも、人間に標準装備されている感情。
例えて言うなら、クトゥルフTRPGの基礎値のような…みんな生まれたときに10ずつ持っているようなもの。そこから自分はどの感情を強化したいか、追加で割り振っていけば良い。そして色んな経験をするたびにまた数値を調整しなおして、そのときの自分に心地よい比率にしていく。
今すぐ自分の理想の人間になることは難しいけど、少しずつなら変わっていける。そして嬉しさとか喜びで他者と繋がれる人間になれる。
ひとつずつ考えていけたら、きっと大丈夫だーと思う。