2月18日 インスタライブ Meiko's Focus On! vol.24 振り返り
トークテーマは
「練習は鍛錬か?
それとも忍耐か?」
このトークテーマを提案したのは私。
現在、半年に一回の
ピアノ教室の保護者面談真っ最中。
その中で度々聞かれる
問題をこの際
野口先生、増田学長の
ご意見を聞いてみたいと思ったのでした。
「練習とはなにか」問題、
「どう練習するか」問題は
Youtuberでピアニストでもある
野口幸太先生の番組でも
何度も取り上げられている話題です。
大人でピアノレッスン受講中の方は
「どんなに練習しても
うまくいかない」が
主なお悩み。
つまりどんなに鍛錬を積んでも
成果が出ない、ということです。
お子さんをレッスンに通わせている
保護者の方は
「子どもが練習しない」
というのがお悩み。
どちらかというと40代半ばあたりから
私世代にかけての保護者の方が
多いかもしれません。
こちらは、我が子には練習をするという
忍耐がない、と嘆いていらっしゃいます。
当初、あまりに抽象的なテーマだったために
(これは司会の私の責任)
当初、話があちらこちらに
飛んでいるかの様でした。
しかし、
結局学長が言っていることは
ただ一つ。
「その悩みも、嘆きも、
『なんのために練習をしているか』という
目的がはっきりすれば、
解消する」
これをもとに
私なりの考察を試みます。
まず、大人のピアノレッスン受講中の方の場合。
そもそもなんのためにピアノを弾いているのか、
を振り返ってみます。
音楽が好き
ピアノが好き
ピアノに触れていることが好き
人前で演奏を披露するのが好き
などなど
ひとそれぞれでしょうが
いずれにしても「好き」「やってみたい」
という気持ちから生じたものであることには
変わりはありません。
ではその目的に至るための
「練習」は辛いものなのか?
もちろん何度練習しても上手くいかない
と嘆く日もあるでしょうが、
そもそも、
そんなに簡単にできるようになることに
あなたは魅力を感じますか?
もしかしたら
その辛さ、悔しさこそが
あなたの楽しみになってはいないでしょうか。
練習=鍛錬
という定義を自分の中に持ったがために
本当は楽しんでいる
本当は悦びを感じている
自分に気がついていない、
ということはありませんか?
仕事、働くことも同じです。
仕事=辛い、楽しくない
という定義を取り入れてしまったがために
自分の本当の気持ち
やりがいや悦びを感じている気持ちに
気づいていなくはないでしょうか。
(ちなみにこれは、
小学校の校庭にあった
二宮金次郎の像のせいではないかと
私は思います。
苦労をして勉強したので大成した
と言われている二宮金次郎。
なにをおっしゃる。
あの人は勉強が好きで好きでたまらなかったんです。
じゃなかったら、背中に重い荷物を背負って
歩きながらでも本が読みたい、
なんて思うわけないじゃないですか。
あれは学ぶことが楽しくてしょうがない
子どもの像です。
誰かそうやって説明してくれないかな。)
寝る時間、てあります?
と聞きたくなるような増田学長の働き方は
実はわくわくとやりがいに満ちていて
これ以上はない悦びだったりします。
スポーツでも芸術でも
そして仕事でも
楽しく前向きでないと成果は出ない
というのが最新の脳科学の示すところです。
つまり
「巨人の星」や「アタックno.1」でみた
ど根性物語は
いわば「おとぎばなし」。
星飛雄馬が
「野球、めっちゃたのし~」と言いながら
グラウンドを走っていたら
もっと成果が上がっただろう、
というのが事実でしょう。
とするならば、
「練習をする忍耐」
という言葉そのものが矛盾を孕みます。
「練習」は忍耐しなければならないものではない。
練習は、それじたいが悦びであり楽しみであるはず。
そのために必要なのが目的意識です。
小さい人たちは
発表会で聞いたちょっと年上のお兄さんお姉さんの
レパートリーに憧れ、
目的や目標になることがあります。
もっと卑近だと、
教則本に載っている一つ一つの曲を進んでいくこと
本を一冊終えることが目的や目標
励みになることがあります。
ただし、その前提は
「音楽は楽しい」という価値観なのです。
私たち教師は短いレッスンのなかで
いかにその価値観を育てていくかに必死です。
しかしレッスンだけでは難しいと限界を感じることも
多々あります。
そのためにぜひ保護者の皆様にもご協力をいただきたい。
そのまず第一歩は
あなたが何を楽しいと思っているのか
あなたが何を日々の悦びとしているのかに気づくこと。
その気づきこそが
お子様の「好き」「楽しい」を
見つける目を養い、
未来を明るく照らす灯に
なるに違いありません。