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(Kindle小説紹介・試し読みあり) 司法書士松原の奇妙な物件録 : 人と歴史をつなぐ、六つの“小さな奇跡”
明月文庫の小説「司法書士松原の奇妙な物件録 : 人と歴史をつなぐ、六つの“小さな奇跡”」の紹介です。Kindleから購入可能です。Amazon Kindle Unlimited ご利用者様なら追加料金なしで読み放題。
(紹介)
古びたアパートの階段から夜ごと響く足音、戦後の相続が絡み合った“二重登記”の土地、そして築百年の洋館の壁に隠された謎の箱──。
司法書士・松原とアシスタントの綾乃は、いずれも一筋縄ではいかない“奇妙な物件”の相談を受け、地道な調査と奔走を重ねていく。
書類や登記情報を手がかりに、彼らが出会うのは人々の抱える不安や誤解、そして時を超えて紡がれてきた家族の思い出。
「幽霊騒動」の裏には、誰にも言えずに苦しんでいたある男の後悔が隠され、
相続でもめる家の奥には、戦後の混乱期に培われた助け合いの記憶がよみがえる。
さらに、壁の中に眠る古い箱からは、遠い時代を生きた人々が込めた切なる願いが発見され……。
司法書士と聞くと“堅苦しい法律職”のイメージがあるかもしれません。
しかし本書は、書類の向こうにある「人間ドラマ」を描く、心あたたまるミステリー&コメディ。
淡々と事件を受け止める松原の冷静さと、ちょっと怖がりな綾乃のリアクションが軽快なリズムを生み、
読み終わるころには「自分も、もう一歩踏み出してみよう」という前向きな気持ちが湧いてくるはずです。
読みやすい会話やユーモアを交えつつ、六つのエピソードを通じてめぐる“人と歴史をつなぐ小さな奇跡”の数々。
ぜひ本書で、司法書士事務所が巻き起こす意外な冒険と、人間の思いが織り成す不思議な温かさを、存分にお楽しみください。
(試し読み)
第一話 深夜に鳴り響くドスン
表札の文字が薄れて読みにくくなったオフィスの扉を、綾乃は恐る恐る開いた。薄い茶色のワンピースの裾をつまみながら、彼女は「どうかホラーな案件でありませんように」と心の中で祈っている。
司法書士・松原の事務所は、駅前の商店街から少し外れた雑居ビルの三階にあった。看板が地味すぎる上に、ビル全体が年季の入った雰囲気を漂わせているため、一見すると何の事務所か分からない。古びた郵便受けには前のテナント名が半分消えたまま残されていて、まだ書き換えていないのか、あるいは「変える気がない」のか、松原の性格を知る綾乃としてはどちらもあり得そうだと苦笑した。
朝の九時を少し回った頃。カレンダーの数字を見た綾乃は「あ、今月もうこんなに日が経ってる」と気づき、慌てて自分の仕事量を思い出す。松原のもとでアシスタントを務めてから半年が過ぎたが、綾乃はまだこの事務所の時間感覚になじんでいない。静かなときは静かだが、急に依頼が立て込むとまるで洪水のように書類が押し寄せる。それでも、松原自身は慌てる様子ひとつ見せず、淡々とこなすのだ。そのマイペースぶりは、長い人生でいろいろあったかのようにも見えるし、単にのんびり屋なのかもしれない、と綾乃はひそかに思っている。
その松原はというと、今は机に向かってなにやら書類をめくりながら、鼻歌まじりにペンを動かしていた。引き出しの中には、法務局や登記簿の写し、土地や建物に関する書類がぎっしりと詰め込まれている。机は整然としているわけではないが、それぞれの書類が彼なりのルールで分類されているようだ。外から見ればただの山積みかもしれないが、本人にとっては十分「把握」できているらしい。
綾乃はオフィスに入り、まっすぐ松原の方へ足を運んだ。
「先生、おはようございます。あれ、もうお仕事されてるんですね」
声をかけても、松原はしばらく生返事しかしない。ペンを動かす手を止めたのは数秒後だった。
「ああ、おはよう、綾乃さん。さっき大家さんから電話が来てね。古いアパートのことで相談があるそうだ」
「アパートですか? えっと、今度の相続案件とは別なんですよね?」
「そうみたいだ。まぁ、何でも“幽霊が出る”とかで、住人がどんどん逃げちゃうって話らしいよ」
この言葉に綾乃は思わず身をすくめた。幽霊の話は苦手だ。ホラー映画を観ようものなら一週間は夜中に廊下の電気をつけっぱなしにするほどの小心者である。
「ゆ、幽霊……。ほんとにそういうの信じてるんですか? 単に風とか、ネズミの仕業とかじゃないんですか?」
「さぁね。俺は呼ばれれば行く立場だから、まずは現地に行ってみようと思ってる。大家さんもかなり参ってるようだし」
松原は、いつもの白いシャツに黒いスラックスという地味な服装のまま、コートすら羽織らずに立ち上がった。綾乃としては「今行くんですか」と問いかけたい気持ちだったが、松原の性格上「行こうと思ったときが行き時」なのだろう。彼は決断が早いわけではないが、いったん結論を出すと速度が落ちない。
バタバタと資料をまとめる綾乃を尻目に、松原はカバンに最低限の用具だけを放り込む。そうして二人は、まだ朝の冷たい風が吹くなか、駅へ向かって歩き出した。
◇
依頼人の大家が所有するアパートは、駅からバスで十五分ほど揺られ、さらに徒歩で十数分ほど離れた場所にあった。名前は「青葉荘」。薄緑色の壁に赤茶けた屋根という、昔ながらの二階建て物件で、表に植わった樹木は見事に伸び放題。玄関脇には小さな庭があるが、雑草がまばらに伸びている。玄関ドアのペンキも剥がれかけで、どう見ても建物が古いというよりは、しばらく手入れされていない印象だった。
インターホンを押すと、しばらくして中から出てきたのは六十代半ばくらいの女性だった。髪を白く染め、落ち着いた色のカーディガンを羽織っている。彼女がアパートの大家、中村絹代である。
「ああ、松原先生。先日はお電話ありがとう。お連れさんは、先生の事務所の方?」
「はい、こちらはアシスタントの綾乃といいます。中村さん、今日はお時間いただいてありがとうございます」
松原が軽く頭を下げると、絹代は少し疲れた表情でほほ笑んだ。
「とんでもないわ。こちらこそ、こんな相談に乗ってくれる人がいなくて助かったの。みんな“幽霊”の話をするたびに、ひとごとのようにあしらうか、怖がって逃げちゃうのよ。私もいい加減どうしたらいいかわからなくなって……」
その言葉を受けて綾乃が小声で「怖がって逃げていいですか……」と呟いたのを、松原は聞こえないふりをしているらしい。絹代の案内で部屋に入り、二人は応接用のちゃぶ台のそばに腰を下ろした。
続きは、Amazon Kindleからぜひ読書ください。Amazon Kindle Unlimited ご利用者様なら追加料金なしで読み放題