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(Kindle小説紹介・試し読みあり) 白銀の道を越えて : 大規模雪害に立ち向かった人々の記録

明月文庫の小説「白銀の道を越えて : 大規模雪害に立ち向かった人々の記録」の紹介です。Kindleから購入可能です。Amazon Kindle Unlimited ご利用者様なら無料で読めます。


(紹介)

大雪県を襲った未曾有の大雪災害――。
膝上まで積もる雪道や車が埋まった国道を舞台に、人々はどのように助け合い、危機を乗り越えたのか。
本書は大雪県という架空の県を舞台に、2025年1月に発生した大規模雪害を描きます。国・県・市町村・警察・消防・自衛隊・建設業者、そして地元住民やボランティアが一丸となり、人間の力を結集して自然の猛威に立ち向かう――その過程で芽生える絆や思いやりを活き活きと描いた長編小説です。

2021年の福井県での大雪被害を教訓としながらも、予想を超える豪雪に翻弄される登場人物たち。それでも彼らがくじけず手を取り合う姿は、読者の胸に「自分も頑張ろう」「困難に立ち向かえる」という希望を灯してくれることでしょう。コミカルな会話や軽妙なタッチでつづられる物語の中に、災害に対する教訓や、人と人とのつながりの尊さが凝縮されています。

大雪の舞台で繰り広げられる苦闘と連帯、そして春の訪れを予感させるエピローグまで。読後には、きっと明るい前向きな気持ちを携えて、閉じた本のページを見つめるはずです。雪国のリアルな描写と温かい人間ドラマが織り成す一冊を、ぜひお手に取ってみてください。


(試し読み)

 第一話 深雪(みゆき)の予感

 

 大雪県――名前からして白銀の世界を想像させるこの土地は、その名のとおり冬になるとしばしば大雪に見舞われる。もっとも、近年はそれなりに対策が進み、県民も「大雪になるなら仕方がない」という達観した心構えを持っている……はずだった。

 しかし、二〇二五年の一月、彼らが経験することになる雪は、県庁が立てた“万全の防災計画”を容易にひっくり返すほどの猛威を振るうことになる。誰もが「きっと大丈夫」と思い込み、そして、いざ降ってみれば「想定外です」と頭を抱える。そんな展開は、ある意味この県における冬の風物詩でもあった。

 

 県北部に位置する大雪町(おおゆきちょう)役場に勤める杉本大輔は、今朝もいつものように通勤ラッシュをかいくぐって職場へ向かった。

 もっとも、人口減少で“ラッシュ”と呼べるほどの混雑はない。国道沿いにちらほらと車が連なり、踏切待ちでしばし停まる――といった程度だ。けれども、県外から来た人にとっては、そんな光景すら「静かでのどか」と映るのだろう。杉本自身も大学時代を首都圏で過ごした経験があるため、この町に戻ってきたばかりの頃は「通勤は楽でいいなあ」と毎日のように感謝していた。

 

 杉本が運転する軽自動車のフロントガラスを、小さな雪の結晶が舞い始めた。天気予報では「今夜から荒れ模様」と言っていたが、すでにその前触れがきているらしい。

「今年は当たり年かもしれませんねえ」

 隣の車線で運転していた同僚の横山が、窓を開けて声をかけてくる。信号待ちのわずかな時間を使っての会話だ。横山の車は中古の四駆で、いつも屋根に雪かき用のスコップをくくりつけている。

「去年もそこそこ降ったのに、今年はもっとすごいんですかね。備蓄倉庫の整理、しといたほうがいいですか?」

 杉本は半ば冗談のつもりで言うが、横山は眉を下げて苦笑した。

「そりゃあもう。県庁から出た通達によると、雪がひどくなる恐れがあるから各自治体も万全にしろって。二〇二一年の福井での立ち往生を反面教師にして、今年は完璧に対応するっていう話だよ」

 そう言っているうちに信号が青へ変わり、横山は片手を挙げて去っていく。何気ない会話のはずなのに、杉本は少し胸騒ぎを覚えた。備えあれば憂いなし――そう思いつつ、彼は役場に到着するとすぐにデスクへ向かった。

 

 大雪町役場の防災担当としては、年に数回は雪かきボランティアの調整や、地域の防災訓練などに駆り出される。雪が積もるごとに住民からの問い合わせが相次ぐため、冬場は一日中電話応対で終わることも珍しくない。

 今日の杉本の仕事は、まさに「備蓄倉庫の点検」だった。町内のいくつかの公共施設に燃料や毛布、簡易食料などを保管しているが、これが適切に管理されているかを確認するのだ。二〇二一年の福井での大雪をきっかけに、大雪県全体が「似たような立ち往生を起こしてはならない」と、備蓄・除雪の強化を図ってきた。杉本たちも過去の資料を洗い出し、職員総出で対応マニュアルを整備してきた。

「まあ、こんだけやっとけば、そうそう困ることはないでしょ」

 そんな楽観も、一方ではあった。ところが、この年の雪は、その楽観を見事に打ち砕く。

 

 昼過ぎ、杉本は上司の指示で町北部の備蓄倉庫に出向いていた。そこは町の郊外、田んぼが広がる道の突き当たりにあるプレハブ建物だ。かつて農作業の資材置き場として使われていた建屋を、役場が借り受けて改装したもので、広さのわりに天井が低く少し薄暗い。

「よし、毛布は箱ごとに三〇セット。カイロは一箱に一〇〇個入ってるから……あれ、これ消費期限いつまで?」

 杉本はスチールラックに並んだ段ボール箱を確認しながら首をかしげる。カイロにも古いものはあるので、時々こうして入れ替えをしないといけないのだ。隣には同僚の須藤もいて、在庫のチェックリストを片手にあれこれとメモしている。

「三年前から置きっぱなしってやつ、もうだめかもしれないな。使えないわけじゃないけど、念のため新しいのと交換しとこ。あ、非常食も期限近いのあったら報告して」

 須藤の言葉に、杉本は「はいよ」と気の抜けた返事をしながら段ボール箱をテープカッターで開けてみる。うっすら漂う独特の消毒臭が鼻をつき、思わず「うえっ」と顔をしかめた。

「うわ、カップ麺こんなにある……非常時には助かるけど、これ全部お湯いるんだよな。雪の日って水道凍結したらどうするんだろ」

 須藤は肩をすくめて笑った。

「そりゃあ雪を溶かして沸かすしかないんじゃないか? まあ、本当に困ったらお湯なしでかじって食べる覚悟でしょ」

続きは、Amazon Kindleからぜひ読書ください。Amazon Kindle Unlimited ご利用者様なら無料で読めます


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