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一人旅とは何事か

一人旅はとてもいい。

今はワクワクとかはどうでもいい。
ただシンプルに、
自分と違う言葉を話し、
自分と違う習慣を持ち、
自分と違う文化が存在する、
そんな空間の中に
身一つの私を置いてみることで、
自分自身が際立ってくる感覚がある。

今この場所に、
私と卒なく意思疎通が取れる人はおらず、
異国の人だと認知されている状態。

日本は「違う」ということに敏感だから、
少し変わったことをすると、
みんなジロジロと見てくる。
大勢の他者によって、
自分が「違う」と認知させられる。

でもこの国では
誰も私のことなんて見ていないのに、
私だけ違っている。
という感覚があるのは間違いない。

それはだれも私を見ていないということによって、
逆に際立つ「違い」かもしれない。
いわば自分自身の内側から認知する「違い」だ。

ここで使う「違い」というのは、
違っているのが悪いというネガティブなものではなく、
単にその他大勢と「異なっている」というだけの話と理解してほしい。

それにしても「違い」というのは
不思議なもので、
違っていなければ気づかない。

同じものの中は同じなのであって、
同じと同じの中に小さな違いがあったとしても、
それに気づくことは難しい。

特定の線引きによって
「同じ」と「違う」が分けられるこの世界で、
その一線を自らで越えてみると、
違いはあまりにも顕著で、
どれほど「同じ」の波に揉まれていたのかに気づくことになる。

私は今どこに立っていて、
今まで何をしてきて、
これから何を考え、
何を生み出したり生み出さなかったり、
刻々と刻まれていくだけの
有限な時間を過ごしていくのか。

そんな思考にさいなまれる。
そんな人生の時間がすきだ。

空虚なものも案外いいじゃないか。
そんな風に捉えるのもいい。
これは大人になっているのか、
単に阿保になっているのか、
それさえもわからない。

わからないことだらけでいい。
全てを科学で解明して証明できなくてもいい。

ただ私を取り巻く空間に流れる空気を吸い込みながら、
この異国をただ一人歩くのが私の人生のオアシスとも呼べるものであって、
とても特別な時間だということだけは確かだ。

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