3人用フリー台本『リンダの師』
<はじめに>
ようこそ初めまして、鳴尾です。
こちら、以前ボイコネで投稿していたシナリオになります。
50分、3人用(女3)フリー台本です。
演者様の性別は問いません。兼ね役も頑張れば可能です。
セリフは、多少であれば言いやすいように変えていただいて構いませんが、なるべくそのままだと嬉しいです。
お芝居としての趣味、商業利用、ご自由に使ってくださってください。
その際、鳴尾の名前添えていただけると嬉しいです。
無断転載や自作発言は悲しくなるのでやめていただけますと幸いです。
もし使用後にこちらのコメントかTwitter等で教えていただければ、できる範囲で聴きに行きたいと思いますので、よかったら教えてください。
<あらすじ>
これは、とある王国に住むひとりの伯爵令嬢が、恩人であるマダムの名誉を回復するために、奮闘する物語。
王国では十二歳になると、自分で誰か好きな師をひとり選び、その人の弟子にならなければならない。
誰の弟子になるかで将来が変わるとも言われるその師選びで、伯爵令嬢リンダは二年前に王都を追放されたマダムのもとを訪れる。
<登場人物>
リンダ
伯爵令嬢。訳あって二年以上前の記憶がない。
明るくポジティブな性格で、成績優秀。
マダム・メイベル
二年前に王都を追放された。
穏やかな性格をしている。
アイリーン
マダム・メイベルの内弟子。
『リンダの師』
マダム・メイベル:また来たのですか。
リンダ:はい、また来ました。
マダム・メイベル:懲りませんね。
リンダ:それが私の長所ですから。
マダム・メイベル:わたくしの意見は変わりませんよ。
リンダ:私だって簡単に諦めたりなんてしません!
マダム・メイベル:お帰りなさい、リンダ嬢。あなたが期待する答えをわたくしが言うことはありません。
リンダ:また来ます。さようなら、マダム・メイベル!…アイリーンさんも、さようなら!
アイリーン:さよなら。
マダム・メイベル:はあ。あの子はどうして毎日押しかけてくるのかしら。
アイリーン:…。
マダム・メイベル:わたくしと会ってもいいことなんてないというのに。
アイリーン:…。
リンダ:こんにちは、マダム・メイベル!
マダム・メイベル:また来たのですね。
リンダ:はい、また来ました!
マダム・メイベル:何度来てもわたくしの答えは変わりませんよ。
リンダ:あなたが認めてくれるまで、私は何度だって来ますよ。
マダム・メイベル:どうしてわたくしなのです?
リンダ:私、マダムに憧れてたんです。だから、どうしてもマダムの弟子になりたいんです。
マダム・メイベル:わたくしよりも師に相応しいかたはいくらでもいらっしゃいますよ。
リンダ:私はそうは思いません。
マダム・メイベル:わたくしのもとへ来てもいいことなどありません。
リンダ:ありますよ!
マダム・メイベル:ではあなたがわたくしを師におく利点はなんですか。
リンダ:それは…。
マダム・メイベル:わたくしのもとへ来るだけでも、あなたの人生に傷がついていきます。悪いことは言いません、もうここへ来るのはおやめなさい。
リンダ:いやです!
マダム・メイベル:こうしている間にもあなたの周りは次々と師を選んでいるでしょう。リンダ嬢、師はこれからの人生において、大きな影響を及ぼします。ですからより有名で、力のあるかたのもとへ弟子入りすることが好ましいのです。このことはもちろんあなたもご存知でしょう?
リンダ:はい。だからマダム・メイベルがいいんです。マダムじゃなきゃ嫌なんです!
マダム・メイベル:リンダ嬢、あなたはわたくしが社交界でなんと呼ばれているか、知らないわけではないでしょう。
リンダ:知ってます。でも!
マダム・メイベル:ならばわたくしのもとへ来ることが、今のあなたにどれほど不利であるかも分かるはずです。
リンダ:でも私は、マダムがいいんです。どうしてだめなんですか?
マダム・メイベル:お帰りなさい、リンダ嬢。少し頭を冷やすといいわ。
リンダ:わかりました…。明日また来ます。
マダム・メイベル:いいえ、明日は来ないでちょうだい。
リンダ:どうしてですか?
マダム・メイベル:毎日屋敷まで押しかけてくるのは、迷惑なことだと思わなくて?
リンダ:あ…すみません。
マダム・メイベル:リンダ嬢。一週間よくお考えなさい。その間に、他の師を探しなさい。わたくし以外の師を知ることも大切です。
マダム・メイベル:それでもわたくしがいいと言うのでしたら、一週間後にまたおいでなさい。
リンダ:その言葉、先週も聞いた気がするんですけど。
マダム・メイベル:あなたが考えを改めないからです。
リンダ:もう!いいです。一週間後、また来ますからね!
マダム・メイベル:まったく。わたくしの弟子になりたいだなんて。
アイリーン:メイベル、嬉しそう。
マダム・メイベル:嬉しそう?わたくしが?
アイリーン:ええ。
マダム・メイベル:そんなはずはないわ。わたくしにはそんな権利などないのですもの。
アイリーン:メイベル…。
リンダ:マダム・メイベル!
マダム・メイベル:また来たのですね。
リンダ:はい、また来ました!
マダム・メイベル:リンダ嬢、わたくし以外の師のもとへも行ったのでしょう?
リンダ:はい。
マダム・メイベル:どうでした?わたくしなどよりもずっとよいかたたちばかりでしたでしょう?
リンダ:いいえ。
マダム・メイベル:誰のもとへ行ったのです?
リンダ:シフォン様とコレット様、それからウィーン様です。
マダム・メイベル:まあ、ウィーン卿は素晴らしい師でしょう。毎年多くのかたがウィーン卿に弟子入りしていますもの。
リンダ:そうですね。ウィーン様は人気でした。
マダム・メイベル:ウィーン卿に何か言われましたか?
リンダ:内弟子(うちでし)にしてもいいって。
マダム・メイベル:すごいじゃありませんの、リンダ嬢。ウィーン卿が内弟子を取るなんて、滅多にないことですよ。もちろんウィーン卿に弟子入りするのでしょう?
リンダ:いいえ。お断りしました。
マダム・メイベル:なんですって?どうしてそんな勿体無(もったいな)いことをしたのです?
リンダ:私はウィーン様に弟子入りしたいんじゃないんです。マダム・メイベルがいいんです。
マダム・メイベル:あなたはウィーン卿に認められるほどの実力を持っているのですよ。ウィーン卿の内弟子がこの国においてどのような意味を持つか、知らないはずはないでしょう。
リンダ:知っています。官僚も宰相も、この国の中心を担っているのはみんなウィーン様のお弟子さんたちですよね。
マダム・メイベル:ええ、そうです。では、なぜそこまで知っていて、あなたはウィーン卿の内弟子を断ったのですか。
リンダ:私はウィーン様よりマダム・メイベルがいいからです!
マダム・メイベル:わたくしは弟子をとっていません。何度も申し上げているはずです。
リンダ:でもアイリーンさんがいるじゃないですか。
マダム・メイベル:彼女は別です。
リンダ:どう別なんですか?アイリーンさんはマダムの内弟子ですよね。
アイリーン:私は表向きはメイベルの内弟子だけど、正確には違う。
リンダ:アイリーンさん!こんにちは。
アイリーン:リンダ、メイベルは不器用。
リンダ:アイリーンさん?
マダム・メイベル:何を言っているのです、アイリーン。
アイリーン:メイベルに想いを伝えたかったら、ちゃんと言わなきゃだめ。
リンダ:ちゃんと…。
マダム・メイベル:アイリーン。
アイリーン:…部屋に戻る。
マダム・メイベル:リンダ嬢、今日はもう帰ってくださるかしら。わたくし少し疲れてしまいました。
リンダ:わかりました。また明日来ますね。さようなら!
マダム・メイベル:どうして…。
リンダ:こんにちは、マダム・メイベル!…マダム?
アイリーン:メイベルはいない。
リンダ:アイリーンさん!こんにちは。
アイリーン:メイベルは出かけた。
リンダ:どこへ?
アイリーン:町。…リンダ。
リンダ:はい?
アイリーン:リンダはメイベルが弟子を取らずに人里離れた丘の上で暮らしてる理由、知ってる?
リンダ:えっと、数年前に問題を起こして王都を追放されたってことくらいしか…。
アイリーン:それは半分正解で、半分違う。
リンダ:どう言うことですか?
アイリーン:問題は起きた。でも問題の元凶はメイベルじゃない。メイベルはその罪を被っただけ。
リンダ:それって、冤罪じゃないですか!
アイリーン:国に掛け合う?
リンダ:当たり前です!マダムが無実なのにこんなところに追放されて、あんまりですよ。
アイリーン:リンダがこの事実をどこかに公表することは許さない。
リンダ:へ?
アイリーン:このことは誰にも言わないと約束して。
リンダ:どうしてですか?
アイリーン:メイベルは名誉のために罪を被った。
リンダ:それって、どういう…?
マダム・メイベル:アイリーン、何をしているのですか?…リンダ嬢まで。
リンダ:マダム!
マダム・メイベル:また来たのですね。
リンダ:マダム、あの事件は冤罪だったんですか?
マダム・リンダ:っ?!…アイリーン、何を話したのです?
アイリーン:メイベルの無実。
マダム・メイベル:どうしてリンダ嬢に話したのですか。
アイリーン:…。
マダム・メイベル:アイリーン…。
リンダ:あの、マダム…?
マダム・メイベル:はあ。仕方がありませんね。リンダ嬢、中へお入りなさい。
リンダ:はい!
アイリーン:お茶。
リンダ:あ、ありがとうございます。
マダム・メイベル:それで、アイリーンはどこまで話したのですか。
アイリーン:メイベルの無実まで。
リンダ:どうしてマダムは無実なのに罪を受け入れたんですか?
マダム・メイベル:わたくしは、わたくしの名誉や地位よりも、もっと大切なものを守るために罪を受け入れたのです。
リンダ:それって?
マダム・メイベル:リンダ嬢、あなたはわたくしが犯した罪について、どのように理解していますか?
リンダ:えっと、マダムがリシュリュー王妃殿下の名誉を傷つけて、王族侮辱の罪で王都を追放になったと言うことは新聞で知りました。
マダム・メイベル:リンダ嬢が知っていたのはそれだけですか?
リンダ:えっと…それだけ、です。
マダム・メイベル:そうですか。ではこれだけをあなたに伝えておきましょう。わたくしはあの日、リシュリュー王妃の名誉を傷つけました。ある人を守るために。わたくしに言えることはそれだけですわ。
リンダ:それって、どういうことなんですか?
マダム・メイベル:言えません。
リンダ:どうして!
マダム・メイベル:知ってどうするのですか。
リンダ:それは、マダムは、悪くないって…。
マダム・メイベル:このことを口外することは許しません。もっとも、リンダ嬢が話したところで信じてくれるものなどいないでしょうけれど。
リンダ:そんなのってないですよ。マダムがこんなところで生活しているのは、その人のせいなんでしょう?だったらその人を説得して…。
アイリーン:リンダ。帰って。
リンダ:アイリーン、さん?
アイリーン:帰って。
リンダ:でも!…マダム!
マダム・メイベル:少し頭を冷やしていらっしゃい。わたくし以外のかたからも、話を聞いてみるといいわ。
リンダ:分かりました…。
アイリーン:…ごめん。
マダム・メイベル:アイリーンが謝ることはありませんわ。リンダ嬢に話してみてもいいと思ったのでしょう?
アイリーン:でも、リンダは覚えていなかった。
マダム・メイベル:そうですわね。ですがあのようなこと、覚えていないほうがずっとよくてよ。
アイリーン:私はリンダが嫌い。
マダム・メイベル:あのことを忘れていたからですか?
アイリーン:メイベルを傷つけようとした。
マダム・メイベル:リンダ嬢がもしこのことをふれまわっても、これ以上わたくしが傷つくことはありませんわ。
アイリーン:それでも私はリンダが嫌い。
マダム・メイベル:ならば話さなければよかったのに。…不器用な子ね。
リンダ:マダム。マダム・メイベル!
マダム・メイベル:ごきげんよう、リンダ嬢。頭は冷えましたか?
リンダ:はい。先日はすみませんでした。私あれから、マダムの言う通りほかの人にも話を聞いたんです。おかげでコレット様のもとへは出入り禁止になってしまいましたけど…。
マダム・メイベル:コレットさんはリシュリュー王妃一派の筆頭ですからね。当然でしょう。
リンダ:そうだったんですね。コレット様にはマダムの名前も聞きたくないって追い返されてしまいました。あ、でもシフォン様は違ったんですよ。
マダム・メイベル:シフォン…カレイド公爵夫人ですか?
リンダ:はい、そうです。シフォン様にも内弟子のお誘いを受けていまして。そのお断りをするついでに聞いてきたんです。
マダム・メイベル:あなたはつくづく勿体ないことをするのね。カレイド公爵夫人は原国王であるシューラ国王陛下の妹君ですよ。
リンダ:はい、知ってます。シフォン様の内弟子は全女性の憧れだってことも。
マダム・メイベル:ではどうして断ったのですか。
リンダ:私は、マダム・メイベルの弟子になりたいからです!
マダム・メイベル:頑固ですね。
リンダ:生一本なんです!
マダム・メイベル:まっすぐなのはいいことですが、まっすぐ過ぎてはいつか大変な思いをしますよ。
リンダ:じゃあそうならないようにマダムが導いてください。
マダム・メイベル:わたくしは師には向きませんわ。
リンダ:どうしてですか?
マダム・メイベル:わたくしは誰かに物事を教えられるほど秀でたことがありませんもの。
リンダ:そんなことないです!私は知ってます。マダムがどんなに思慮深くて、どんなに素晴らしい人か、私はちゃんと知ってます!
マダム・メイベル:わたくしはあなたがおっしゃるような素晴らしい人間ではありませんわ。
リンダ:マダム…。
マダム・メイベル:お帰りなさい、リンダ嬢。
リンダ:あ…分かりました。
アイリーン:リンダ。
リンダ:アイリーンさん?
アイリーン:シフォンに聞いたの?
リンダ:あの事件のことですか?はい。シフォン様にお聞きしました。
アイリーン:シフォンはなんて?
リンダ:えっと、『メイベルには悪いことをしました。』って。
アイリーン:そう。
リンダ:これ、どういう意味なんでしょう?…って、あれ?アイリーンさん?どこ行っちゃったんだろう。
リンダ:マダム!マダム・メイベル!
マダム・メイベル:ごきげんよう、朝から元気ですね。
リンダ:はい!元気が私の取り柄ですから。
アイリーン:お茶。
リンダ:ありがとうございます、アイリーンさん。
マダム・メイベル:それで、あなたはまだ諦めていないのですか?
リンダ:はい、もちろんです!
マダム・メイベル:リンダ嬢、今期の師選定はもうじき締め切られます。師をもたないことがこの国においてどのような扱いになるのか、知らないはずはないでしょう?
リンダ:師を見つけられない出来損ない、あるいは弟子につく実力のない問題児として、就職や結婚ができなくなります。
マダム・メイベル:分かっているならばなおさら、どこか適当なところへさっさと弟子入りしてしまいなさいな。あなたならどこへでも弟子入りできるでしょう。
リンダ:いやです!私は、マダムがいいんです。
マダム・メイベル:リンダ嬢、あなたがそこまでわたくしにこだわる理由を尋ねても構いませんか?
リンダ:それは、よくわからないんです。
マダム・メイベル:わからない、というのは?
リンダ:私、昔の記憶がないんです。正確には、二年以上前の記憶が全くありません。父様も母様も私のことを聞いても何も教えてくれなくて。でも、マダムのことは少しだけ分かるんです。どうしてマダムにあったのかは思い出せないんですけど、でも確かにマダムに助けてもらったことがあるんです。
マダム・メイベル:どうしてわたくしだと分かるのですか?
リンダ:勘です!
マダム・メイベル:それではあてになりませんね。
リンダ:でも、私の勘はよく当たるんですよ。
マダム・メイベル:ですがわたくしはあなたを知りませんよ。
リンダ:そんな…。
アイリーン:メイベル、電話。
マダム・メイベル:まあ、どちら様ですの?
アイリーン:シルフィアス。
マダム・メイベル:…今行きますわ。アイリーン、その間、リンダ嬢のお相手をお願いできるかしら?
アイリーン:わかった。
マダム・メイベル:申し訳ありません。少し席を外しますわね。
リンダ:はい。
アイリーン:リンダ。
リンダ:何ですか?
アイリーン:私はリンダが嫌い。
リンダ:どうしてですか?!
アイリーン:メイベルを苦しめるから。
リンダ:私が、マダムを?
アイリーン:リンダは覚えてない。
リンダ:やっぱり私、マダムに会ったことあるんですか?
アイリーン:ある。
リンダ:じゃあなんでマダムは覚えてないって。
アイリーン:リンダが思い出さないように、嘘をついた。
リンダ:思い出さないように?
アイリーン:リンダの両親が何も言わないのも、リンダに思い出して欲しくないから。
リンダ:何を、ですか?
アイリーン:あの日の出来事を。
リンダ:あの、日?
アイリーン:でも私はリンダが嫌いだから、全部話す。
リンダ:どういうことですか?
アイリーン:リンダ、2年前の舞踏会を覚えている?
リンダ:いいえ。ていうか私、舞踏会なんて行ったこともないですよ。
アイリーン:いいえ、リンダは舞踏会へ行った。
リンダ:そんなはず…。
アイリーン:行ったの。
リンダ:私が、舞踏会に、行った。
アイリーン:そう。あれはリンダのデビュタント。
リンダ:でも父様と母様は私は風邪をひいていてデビュタントには行かなかったって。
アイリーン:それは優しい嘘。今から私が話すことが、悲しい現実。リンダ、覚悟はある?
リンダ:………はい。
アイリーン:リンダ、あなたはリシュリュー主催の舞踏会に参加した。そしてその会場で、問題を起こした。
リンダ:問題?
アイリーン:正確にはリンダは被害者。あの日、リンダは舞踏会に参加していたシュナイダーに目をつけられて、別室に連れ込まれた。
リンダ:シュナイダーって、第一王子のシュナイダー殿下のことですか?
アイリーン:そう。そして、シュナイダーはリンダを襲った。
リンダ:え?
アイリーン:メイベルが偶然通りかからなかったら、リンダの体は汚されていた。
リンダ:え?
アイリーン:だからリンダがメイベルを恩人だって思うのは当然。
リンダ:私…。
アイリーン:でもメイベルがことを大きくしたから、舞踏会は中止になった。
アイリーン:リシュリュー主催の舞踏会を中止にさせたメイベルは、リシュリューの名誉を傷つけた責任をとって王都を離れた。
リンダ:じゃあ、マダムが追放された本当の理由って…私?
アイリーン:そう。
リンダ:そんな…。
アイリーン:メイベルが何も言わないのは、傷ついたリンダが記憶を失っていることを知ったのと、シュナイダーの汚名を隠すため。
アイリーン:メイベルは真実を公言することはできたけど、リンダの心が壊れるのを恐れたから言わなかった。メイベルは、自分が罪を被ることで、リンダとシュナイダーを守ったの。
リンダ:そんな…私、何も知らずに勝手なことばっかり言って、マダムを困らせた…。
アイリーン:だから私はリンダが嫌い。
リンダ:…。
アイリーン:泣いてるの?なんで?
リンダ:悔しいんです。私、何も思い出せなくて。
アイリーン:思い出せないのは、リンダの頭が、リンダの心を守ろうとしてるから。それだけ思い出したくない辛いこと。だから思い出さなくていい。分かっていればいい。
リンダ:私はどうしたらいいんでしょう。
アイリーン:どうしたいの?
リンダ:私、やっぱりマダムの名誉を回復したいです。
アイリーン:リンダが辛い思いをすることになっても?
リンダ:はい。私、どんなことでも受け入れます!それがマダムのためになるなら!
アイリーン:分かった。じゃあ聞いて。さっきの電話、相手のシルフィアスが誰かわかる?
リンダ:分かりません。
アイリーン:シルフィアスはシューラ王とシフォンの妹。
リンダ:シフォン様の?ってことは王族ですか?
アイリーン:まだ10歳だから王城にいる。今年がデビュタント。
リンダ:ずいぶん歳が離れてるんですね。
アイリーン:シフォンが18のときに生まれた。シュナイダーと歳が近いから、婚約者候補になってる。
リンダ:叔母(おば)と甥(おい)っ子ですよね。
アイリーン:でもシルフィアスのほうが年下。結婚相手にはちょうどいい。
リンダ:ややこしいですね。
アイリーン:シュナイダーは手くせが悪い。シルフィアスがデビュタントに出たら、リンダと同じ目にあうかもしれない。だからメイベルは相談に乗ってる。
リンダ:そうだったんですね。
アイリーン:シルフィアスを利用すれば、メイベルは社交界に戻れるかもしれない。リンダが協力してくれたら、できる。
リンダ:どうすればいいんですか?
アイリーン:舞踏会に行って、シュナイダーの手くせの悪さを証言する。でもそのためには、もう少し生贄が必要。
リンダ:生贄って?
アイリーン:シュナイダーの被害者。
リンダ:そんな!だめですよ。
アイリーン:まだどこにも弟子入りしてない伯爵家の娘に大した発言力はない。理想はシルフィアス。
リンダ:舞踏会でシルフィアス様がシュナイダー様に襲われればいいって、そう言ってるんですか?
アイリーン:ええ。
リンダ:そんなのってないです!シルフィアス様はまだ10歳なんでしょう?あまりに可哀想じゃないですか!
アイリーン:リンダと同じ。
リンダ:私は…!私は、いいんです。覚えてないですし。でも、同じ思いをする人なんていなくていいです。ましてやデビュタントなのに。
リンダ:そんなことしたら、これから舞踏会に行くたびに思い出してしまうじゃないですか。
アイリーン:じゃあどうするの。リンダひとりの声じゃメイベルの名誉はかえってこない。
リンダ:それは…。
マダム・メイベル:お待たせいたしました、リンダ嬢。
リンダ:マダム!
マダム・メイベル:何の話をしていたのですか?
リンダ:それは…。
アイリーン:リンダのデビュタント。
マダム・メイベル:…っ!どうして話してしまったのですか。話さないと決めたはずです。
アイリーン:リンダが嫌いだから。
マダム・メイベル:まったく。好き嫌いで理性を失ってしまうのは良くないことですよ。
アイリーン:…。
マダム・メイベル:ですが、リンダ嬢がここへ通うようになってしまった時点でこうなることは必然だったのかもしれませんね。
リンダ:あの、マダム。私、何にも知らないのにずっと勝手なことばかり言ってて、すみませんでした。
リンダ:でも、やっぱり私、マダムの弟子になりたいんです。
マダム・メイベル:わたくしのもとにいては、いつか辛いことを思い出してしまうかもしれませんよ。
リンダ:構いません。
マダム・メイベル:わたくしの弟子になっても、将来は約束されませんよ。
リンダ:問題ありません!私がマダムを社交界に戻します!
マダム・メイベル:何を言っているのですか。
リンダ:私が声を上げて、あの日の真実を話せば、マダムは社交界に戻れるでしょう?
マダム・メイベル:あなたひとりの発言だけでは無理でしょう。
リンダ:それは、他にも同じような境遇の人を探したりとか…。
マダム・メイベル:思い出したくないかたがほとんどだと思いますよ。
リンダ:それは…確かに。
アイリーン:…メイベル。
マダム・メイベル:どうしました?
アイリーン:私とリンダを、次の舞踏会に連れて行って。
リンダ:え?
マダム・メイベル:本気ですか?
アイリーン:本気。連れて行って。
マダム・メイベル:本気ですか?
アイリーン:次はシルフィアスのデビュタントだから、メイベルも舞踏会へ行くでしょ。
リンダ:そうなんですか?
アイリーン:メイベルは時々仮面をつけて舞踏会に出てる。
マダム・メイベル:王家に呼ばれたときだけですわ。
リンダ:知りませんでした。
マダム・メイベル:言っていませんもの。
アイリーン:私も連れて行って。
マダム・メイベル:…いいでしょう。ですが、何かあってもわたくしは助けられませんよ。
アイリーン:分かってる。
マダム・メイベル:では主催者のリシュリュー王妃へ手紙を出してまいりますわ。リンダ嬢、少しゆっくりなさっていて。
リンダ:分かりました。…あの、アイリーンさん、どうして?
アイリーン:シルフィアスのデビュタントを壊すのは嫌なんでしょ。
リンダ:そう、ですけど。
アイリーン:じゃあ私が囮になる。
リンダ:アイリーンさんがわざとシュナイダー殿下に襲われるってことですか?
アイリーン:そう。
リンダ:そんなのダメですよ!
アイリーン:リンダ、わがままはだめ。何かを犠牲にしないと。それにシュナイダーは絶対誰かを部屋に連れ込む。
リンダ:絶対、ですか?
アイリーン:そう、絶対。シュナイダーが舞踏会に参加して女性を連れ出さなかったことはない。
リンダ:そんな…。
アイリーン:だから女の子だけで舞踏会に行くバカはいない。私たちが大人を連れずに行ったら、間違いなくシュナイダーの目に留まる。
リンダ:私かアイリーンさんがシュナイダー殿下に連れて行かれたら、2年前の真実が分かって、マダムの名誉も回復するってことですね。
アイリーン:このことはメイベルには秘密。
リンダ:どうしてですか?
アイリーン:バレたら、メイベルは私たちが舞踏会に行くのを止める。
リンダ:それは困ります!
アイリーン:なら絶対言わないこと。
リンダ:分かりました!
アイリーン:シュナイダー…。もう遊びは終わりだよ。
リンダ:何か言いました?
アイリーン:別に。
リンダ:?
リンダ:こんにちは、マダム!
マダム・メイベル:ごきげんよう。突然呼び立ててごめんなさいね。
リンダ:いえ。ついに私を弟子にしてくれるんですか?
マダム・メイベル:いいえ。違います。今日はリンダ嬢の舞踏会用のドレスを選んでもらいます。
リンダ:えっ?
マダム・メイベル:舞踏会に出席するならば、それ相応の衣装が必要です。
リンダ:どうしてマダムが?
マダム・メイベル:あなたとアイリーンはわたくしの連れということになっています。ですからわたくしがドレスを用意するのは当然でしょう。奥の部屋でアイリーンが既に試着をしています。あなたも早くお行きなさい。
リンダ:分かりました。ありがとうございます!
リンダ:アイリーンさん、こんにちは。
アイリーン:…。
リンダ:アイリーンさんはもうドレス決めたんですか?
アイリーン:これ。
リンダ:わあ。綺麗ですね!アイリーンさんって、すごく青が似合うんですね。
アイリーン:ありがとう。…リンダ。
リンダ:はい?
アイリーン:これ。
リンダ:わあっ…すごく可愛い!
アイリーン:着てみて。
リンダ:はい。…どうでしょう。
アイリーン:いいんじゃない?
リンダ:じゃあこれにします!ふふっ。私、ピンクがいちばん好きなんですよ。アイリーンさん、どうして知ってたんですか?
アイリーン:勘。
リンダ:アイリーンさんの勘はすごいですね!じゃあ私、さっそくマダムに見せてきます!
アイリーン:…。
リンダ:マダム!
マダム・メイベル:大声を上げて走るのははしたないですよ、リンダ嬢。
リンダ:ごめんなさい。
マダム・メイベル:それで、どうしたのですか?
リンダ:そうでした、見てください!
マダム・メイベル:そう、そのドレスにするのですね。
リンダ:はい!マダム、ありがとうございます!
マダム・メイベル:では舞踏会当日は早朝にわたくしの屋敷へおいでなさい。支度をしますから。
リンダ:分かりました!
マダム・メイベル:それと、舞踏会の日は弟子入りの期限日です。その日までに師を選んでおきなさいね。
リンダ:だから、私はマダムがいいんですってば。どうしたら分かってくれるんですか…。
マダム・メイベル:わたくしに弟子入りしたという経歴は、リンダ嬢が将来、職についたりお嫁へ行くときに大きな足枷となります。よい師へ弟子入りすれば、それだけよい殿方と縁談を結ぶことができるのですよ。
リンダ:そんなの関係ないです。私、絶対諦めませんからね!
マダム・メイベル:…。
リンダ:おはようございます、マダム・メイベル!
マダム・メイベル:ごきげんよう。お入りなさい。
リンダ:はい、お邪魔します。
アイリーン:リンダ、こっち。
リンダ:アイリーンさん!おはようございます。
アイリーン:着替えて。
リンダ:はい!
リンダ:どうでしょう?
マダム・メイベル:よく似合っていますね。
リンダ:ありがとうございます!
マダム・メイベル:舞踏会ではそのように大きな声を出してはいけませんよ。
リンダ:あ…はい。
マダム・メイベル:にこやかにほほえんでいなさい。リンダ嬢には笑顔が似合います。
リンダ:はい!…あ、はい。
マダム・メイベル:まあ、多少のおてんばには目を瞑(つむ)りましょう。さあ、行きますよ。アイリーンも、支度はできていますね。
アイリーン:できてる。
リンダ:わあ!アイリーンさん、すごく綺麗ですね!まるでお姫様みたい。
アイリーン:…。
マダム・メイベル:行きますよ、リンダ嬢、アイリーン。
リンダ:…?…はい。
マダム・メイベル:さあ、着きましたよ。
リンダ:わあ、広いですね。
マダム・メイベル:王宮ですからね。わたくしはシルフィアス王妹殿下に挨拶してきますわ。
リンダ:分かりました。
マダム・メイベル:何かあったら、すぐに言うのですよ。
リンダ:はい!
アイリーン:リンダ、こっち。
リンダ:はい。
アイリーン:見て、あそこ。廊下に続く扉の側でグラスを持ってる男。あれがシュナイダー。
リンダ:…。
アイリーン:何か思い出した?
リンダ:いえ。…でもなんだか、気持ち悪いです。
アイリーン:休憩室に行こう。
リンダ:すみません。
アイリーン:体が拒否してる。謝ることじゃない。水とってくる。待ってて。
リンダ:ありがとうございます。
リンダ:何も思い出せないのに、恐怖だけ感じるなんて、変なの。
リンダ:あ、誰かきた?アイリーンさんですか?早いですね。
リンダ:…え?シュナイダー、殿下。
リンダ:あ、やだ…いや…あ…や…。
リンダ:(どうしよう、体が動かない。怖い。私、この光景を覚えてる…。そうだ…私、二年前にここで、シュナイダー殿下に…。)
リンダ:いや…助けて…誰か…!
アイリーン:リンダ!!
リンダ:アイ、リーン…さん…。
アイリーン:シュナイダー、リンダから離れて。これ以上何かしたら、二年前のことも三年前のことも、全部リシュリューに話す。
リンダ:アイリーンさん…。
アイリーン:リンダから離れて。近づかないで。
マダム・メイベル:そこまでです。
リンダ:マダム…?
マダム・メイベル:やはりあなたたちを連れてくるべきではありませんでした。
アイリーン:どうしてシルフィアスとリシュリューがここにいるの。
マダム・メイベル:シュナイダー殿下の悪癖は公になりつつありましたから、そろそろ粛清せねば、と思っていたのです。
マダム・メイベル:シルフィアス王妹殿下は、その身を囮にシュナイダー殿下を粛清しようとしていました。
アイリーン:バカなんじゃない。
マダム・メイベル:同じことを考えていたようですが。
アイリーン:それは…。
マダム・メイベル:ですが今回の件は、隠し立てなどできません。リシュリュー王妃の名誉を傷つけ、このような不始末をしたのですから、きちんと責任を取っていただきます。
マダム・メイベル:三度目はありません。
アイリーン:リンダ、大丈夫?
リンダ:…はい。
マダム・メイベル:ごめんなさい。もっとしっかりと見ておくべきでした。
アイリーン:私が勝手にやったこと。メイベルは悪くない。
マダム・メイベル:今日のあなたたちの保護者はわたくしです。ですからわたくしの責任です。
マダム・メイベル:リンダ嬢、今日のことは忘れなさい。
リンダ:…いやです。
マダム・メイベル:え?
リンダ:やっと思い出したんです。
リンダ:確かにシュナイダー殿下に襲われたことは本当に辛くて、思い出したくもないけど、でも、マダムが助けに来てくれたことも、一緒に思い出したんです。マダムが私を庇ってシュナイダー殿下に手を上げたことも、私の代わりに怒ってくれたことも。
リンダ:だから私、忘れたくなんてありません。
マダム・メイベル:あなたは強いのね。
リンダ:笑顔が私の取り柄ですから!
マダム・メイベル:リンダ嬢、結局どこの弟子になることにしたの?
リンダ:マダム・メイベルです。
マダム:わたくし、弟子は取らないと言ったはずですけれど。
リンダ:でも、弟子入り期限は今日なんですよね。もうこんな時間じゃ、私どこにも弟子入りなんてできません。このままじゃ私、師なしの烙印を押されてしまいますね。あーあ、これじゃ就職も嫁入りもできません。
マダム・メイベル:…呆れましたね。ウィーン卿やシフォンさんが内弟子に欲しがる理由がわかりましたわ。
リンダ:じゃあ!
マダム・メイベル:あなたのご両親はわたくしに弟子入りすることに否定的ではないのですか?
リンダ:私の好きにしていいって。
マダム・メイベル:わかりました。あなたの弟子入りを認めましょう。後日、ご両親と一緒に家へ来なさい。
リンダ:はい!ありがとうございます。
リンダ:マダム・メイベル。こんにちは!
マダム・メイベル:ごきげんよう。
リンダ:あれ、アイリーンさんはいないんですか?
マダム・メイベル:アイリーンは王宮へ帰りました。
リンダ:どう言うことですか?
マダム・メイベル:あの子はシュナイダー殿下の妹です。
リンダ:え?そうだったんですか?
マダム・メイベル:ええ、けれど三年前のデビュタントでシュナイダー殿下に襲われかけ、以来わたくしが匿っていたのです。けれどシュナイダー殿下は投獄ののち国外追放。もう大丈夫だろうと言うことで王宮へ戻ったのですよ。
リンダ:そうだったんですね。最後に挨拶くらいしたかったな。
アイリーン:じゃあすれば。
リンダ:アイリーンさん!
アイリーン:私、メイベルの内弟子だから。まだしばらくはここにいる。
リンダ:そうなんですね。じゃあこれから、よろしくお願いします!
アイリーン:あなたが泣いて逃げ出すまではよろしくしてあげる。
リンダ:やったあ、じゃあずっと一緒ですね。ふふ。
アイリーン:はあ、やっぱりリンダは嫌い。