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4人用フリー台本『天国で会いましょう』

<はじめに>

ようこそ初めまして、鳴尾です。
こちら、以前ボイコネで投稿していたシナリオになります。

50分、2人用(男2、女2)フリー台本です。
演者様の性別は問いません。兼ね役も頑張れば可能です。
セリフは、多少であれば言いやすいように変えていただいて構いませんが、なるべくそのままだと嬉しいです。
お芝居としての趣味、商業利用、ご自由に使ってくださってください。
その際、鳴尾の名前添えていただけると嬉しいです。
無断転載や自作発言は悲しくなるのでやめていただけますと幸いです。

もし使用後にこちらのコメントかTwitter等で教えていただければ、できる範囲で聴きに行きたいと思いますので、よかったら教えてください。

<あらすじ>

ナルコレプシーで入院した浅葱麻弥。
ナルコレプシーを病気と認めない母、夕子に叱咤されていた麻弥の病室に、同室と言う少年、彼方練がやって来る。
実は隣室だった練と麻弥は次第に仲良くなり、毎日のように世間話をするようになった。
しかし麻弥の母、夕子は麻弥が他の入院患者たちと仲良くするのを嫌う。
初めは母に従順だった麻弥は、練と仲良くなるうちに母の異常性に疑問を持つようになる。

これは麻弥と練が出会ってから死ぬまでの、儚く短い恋物語。

<登場人物>

  • 麻弥

浅葱麻弥(あさぎまや)。17歳。高校3年生。一人称は私。
ナルコレプシーと診断された。ところ構わず眠ってしまう。
母親を好きになれない。
母さんと呼んでいるのはささやかな反抗心。

彼方練(かなたれん)。15歳。一人称は俺。
生まれつき心臓が悪く、物心つく頃には余命宣告をされていた。
遊園地に行くのが夢。
家族に好かれておらず、寂しさを感じていた。
優秀すぎる妹がいる。

  • 来生

来生(きすぎ)。37歳。医師。一人称は僕。
練が生まれたときから練の主治医をしている。
練の一番の理解者。
練の幸せを願っている。

  • 夕子

浅葱夕子(あさぎゆうこ)。43歳。麻弥の母。一人称は私、お母さん。
世間体を気にする。
学歴がなかった自分が苦労し、娘にも同じ思いを味わせないために、娘をなんとしてでも名門大学へ行かせようとしている。
麻弥が言う通りにしないと癇癪を起こす。


『天国で会いましょう』


ー麻弥の病室、麻弥と夕子が話しているところに練が入ってくるー


夕子:それで、すぐに眠ってしまうっていうのは本当?

麻弥:うん。

夕子:眠気を抑えることはできないの?

麻弥:無理。

夕子:じゃあタイミングは?

麻弥:分からない。

夕子:それじゃあ迂闊に出かけられないじゃない。どうするのよ。

麻弥:…。

練:あの。

夕子:黙ってたってどうしようもないでしょ。これからどうするつもりなの?

練:あの、すみませ…。

夕子:いつまでもここに居るわけにはいかないでしょう。

練:あの、すみません!

夕子:あら、この子のお見舞いに来てくださったのかしら。

夕子:見苦しいところをお見せしてごめんなさいね。

練:あ、えっと、お見舞いじゃないです。俺、今日からこの部屋に入院することになって…。

夕子:…そう。

練:えっと…。

夕子:麻弥、今日中に結論を出してメールしなさい。いいわね?

麻弥:…分かった。

夕子:お母さんもう一度先生とお話ししてくるから。

麻弥:うん。

夕子:…赤の他人と同室だなんて、どうかしてるわ。


ー夕子、病室から出ていくー


練:あの、邪魔しちゃったみたいで、ごめんなさい。

麻弥:いいの。こっちこそごめんなさい。気分を悪くしたでしょ。

練:いえ、そんなことは…まあ、少し。

麻弥:ごめんなさい。母さん、少し思い込みが激しい事があって。

練:もう気にしてませんから。俺、今日からここで入院する彼方って言います。

練:彼方練(かなたれん)です。

麻弥:浅葱麻弥(あさぎまや)です。でも私はすぐに退院しますよ。

練:そうなんですか?

麻弥:はい。大した事ないので。

練:でもなんだか深刻そうな話をしてましたよね。

麻弥:母さんは少し大袈裟なんです。それから少し心配性。

練:世の中の親というものは総じてみんなそんなものだと思いますよ。麻弥さんが愛されて居る証拠です。

麻弥:世間体を気にしているだけだと思うけど。

練:そんなことないですよ。


ー扉が開いて、夕子が入ってくるー


夕子:あなた。

練:え、はい。俺?

夕子:そうです、あなたです。あなたの病室はひとつ隣ですよ。

練:本当ですか?

来生:本当ですよ、練くん。


ー病室に入ってくる来生ー


練:来生(きすぎ)先生!

来生:こんにちは、浅葱さん。

麻弥:…こんにちは。

来生:お邪魔してごめんね。

来生:練?

練:…はい。

来生:全く…勝手にどっか行っちゃうんだから。ほら、戻って来てください。

練:はーい。…それじゃ麻弥さん、また。

麻弥:はい。


ー病室を出て行く練と来生ー


夕子:麻弥、あの子と仲良くなったの?

麻弥:うん、少し。

夕子:そう、でもあの子と仲良くするのはやめなさい。

麻弥:どうして?

夕子:どうしてもよ。じゃあお母さん帰るから、メールするのよ。

麻弥:うん…。


ー病室を出て行く夕子ー


麻弥:…。


ー病室に入ってくる練ー


練:こんにちは、麻弥さん。

麻弥:…。

練:あの、もしかして忘れちゃいました?

麻弥:忘れてないです。

練:…えっと。

麻弥:…?

練:あ、その、さっきは間違えて入っちゃってすみませんでした。先生にも早とちりって怒られちゃいました。

麻弥:…はあ。

練:あたらめまして、俺、今日から隣の病室に入ることになりました、彼方練です。麻弥さんはすぐ退院するかもですけど、しばらくはいますよね。これからよろしくお願いします。

麻弥:ごめんなさい。

練:へ?何がですか?

麻弥:私は、あなたと仲良くできません。

練:どうしてですか?

麻弥:母さんがそう言ったからです。

練:お母さんに仲良くするなって言われたら仲良くしないんですか?

麻弥:はい。

練:どうして?

麻弥:どうして…?

練:だっておかしくないですか?お母さんに言われたからって、自分の心が変わることはないじゃないですか。

麻弥:…?

練:麻弥さんの好きな食べ物って何ですか?

麻弥:好きな食べ物…?

練:はい。何かないですか?

麻弥:ごま団子…。

練:いいですね。俺も好きです。じゃあ麻弥さんはお母さんにごま団子を嫌いになれって言われたら、ごま団子を嫌いになれますか?

麻弥:なれません。

練:それですよ。自分の好きって気持ちには、嘘なんてつけないはずです。

麻弥:確かに。

練:正直なことを言うと、俺が入院生活で友人を作りたかっただけなんですけどね。

麻弥:彼方さん。

練:練でいいですよ。

麻弥:…練さん。

練:何ですか?

麻弥:母さんには仲良くするなって言われたから、やっぱり仲良くすることはできません。

練:…。

麻弥:でも、隣人として会話をするくらいなら構いません。

練:本当ですか?

麻弥:はい。でも母さんがいないときだけです。

練:もちろんです。これからよろしくお願いします。

麻弥:はい。


ー次の日、麻弥の病室ー


練:こんにちは、麻弥さん。

麻弥:こんにちは。

練:今日はいい天気ですね。

麻弥:…そうですね。

練:麻弥さんは散歩とかしないんですか?

麻弥:しない、ですね。

練:ここの中庭は綺麗な花壇があるんですよ。次にお母さんが来たら一緒に是非行ってみてください。

麻弥:分かりました。

練:そういえば麻弥さんってどうして入院してるんですか?

麻弥:転んで頭打っちゃって。

練:え、でもここって外科じゃないですよね。なんで内科に?

麻弥:色々あって。

練:…?

麻弥:練さんはどうして入院してるんですか?

練:…ちょっと、無茶しちゃって。

麻弥:無茶?

練:はい…。

麻弥:無茶って…?

練:それは、えっと…。

麻弥:…?


ー来生が病室に入ってくるー


来生:ここにいたのか、練くん。

練:先生。

来生:浅葱さん、話の邪魔してすみません。練、診察の時間だよ。

練:俺にはごめんって言わないの?

来生:僕は診察の時間を伝えていたはずだけど?君が勝手に逃げたんだろう。

練:うう…。

来生:ほら行くよ。

練:はーい…。じゃあ麻弥さん、また。

麻弥:はい。


ー病室を出て行く練ー


麻弥:中庭…行ってみたいな。


ー次の日、麻弥の病室ー


夕子:麻弥。中庭で倒れたそうね。どうしてひとりで出歩いたりしたの?

麻弥:ごめんなさい。

夕子:ごめんなさいじゃありません。どうしてお部屋から出たのかを聞いているんです。

麻弥:中庭に行ってみたくて。

夕子:途中で眠ってしまっては危ないからひとりで出かけないように言ったでしょう。

麻弥:ごめんなさい。

夕子:結局メールもしませんでしたね。これからどうするのか考えましたか?

麻弥:…。

夕子:都合が悪くなると黙るのはあなたの悪い癖ですよ。

麻弥:ごめんなさい。

夕子:もうあなたのごめんなさいは聞きたくありません。

麻弥:…ごめんなさい。

夕子:はあ。もういいわ。とにかく、ひとりで部屋から出ないこと、それとこれからどうするかを考えておくこと。明日また来ますから。それまでに考えておくんですよ。

麻弥:うん。


ー病室を出て行く夕子ー


麻弥:これから…なんて、分かるわけない。


ー練の病室に行く麻弥ー


練:あ、こんにちは。来てくれたんですか?嬉しいです。

麻弥:…。

練:どうしたんですか、麻弥さん。

麻弥:練さんの家族はお見舞いに来ますか?

練:たまになら。

麻弥:何話してるんですか?

練:えっと、近況報告、とか?

麻弥:そうですか。

練:どうしたんですか?

麻弥:練さんは、早く退院しなきゃとか、退院したらどうしようとか、そういうことを考えたことってありますか?

練:うーん…退院したらしたいことならありますけど。

麻弥:退院したらしたいこと?

練:はい。俺、退院したら遊園地に行きたいんです。

麻弥:遊園地…?

練:俺、遊園地行ったことないんですよ。山とか海とかなら行ったことあるんですけど。

練:ほら、ここの病室って遠くに遊園地が見えるでしょう。でも見えるだけで行けないから、行ってみたいなあって。

麻弥:…。

練:あ、でもそういうことじゃないですよね。そういえば麻弥さんっておいくつなんですか?

麻弥:十七です。

練:え、本当に?俺、十五なんですよ。ここで歳の近い人に会ったのは初めてです。

麻弥:私も、です。

練:敬語なんていいですよ。俺のほうが年下だし。

麻弥:…分かった。じゃあ君も敬語、使わなくていいよ。

練:分かりました…じゃないや、分かったよ、麻弥さん。


練:麻弥さんがさっきあんなこと聞いたのって、お母さんが関係してる?

麻弥:母さんは私に早く普通の生活に戻って欲しいって思ってる。でも、どうしたら戻れるのかなんて分からない。結論って言われたって、私、どうしていいか…。

練:俺には最善は分からない。

麻弥:…。

練:入院中に学校のみんなからどんどん遅れていってるっていう焦りとか、退院したあとの将来の不安とか、そもそも退院できるのか、とか。考えれば考えるほど分からなくなるから、俺は一旦考えるのやめたんだ。

麻弥:え?

練:だって考えたって退院が早くなったりはしないしさ。

麻弥:確かに。

練:むしろ何も考えずに体を治すことだけ考えてたほうがいいと思うんだ。

麻弥:練くんはすごいのね。

練:すごくなんてないよ。何も考えてないだけ。

麻弥:でも、その考えかたは素敵だと…思う。

練:ありがとう。

麻弥:私も、見習い、たい…。


ー倒れる麻弥ー


練:麻弥さん?大丈夫?麻弥さん。麻弥さん!

麻弥:すぅ…。

練:寝てる?…えっと、ナースコール!



ー次の日、麻弥の病室ー


練:麻弥さん、ごめんなさい!無理させちゃって…。

麻弥:私こそごめん。びっくりしたよね。私、急に寝ちゃうの。

練:それって…。

麻弥:来生先生にはナルコレプシーって言われた。本当は入院してる必要ないんだけど、母さんが先生に無理を言って私を入院させたの。

練:それでこれからのことを考えてろってお母さんに言われてたんですか?

麻弥:うん。でも何で眠くなるのか分からないし、眠気を抑える方法もわからなくて、でも母さんは治す方法とか、これからどうやって生活していくのかとか、くるたびにそう言うことばっかり聞くから、もう母さんに会いたくない。

練:そっか。それは嫌だね。

麻弥:でも練くんの考えを参考にすることにした。もうすぐ母さん来るから、ちゃんと話してみる。

練:そっか。じゃあ俺はいないほうがいいね。

麻弥:うん。ごめん。

練:俺もう行くね。頑張って、麻弥さん。

麻弥:ありがとう。


ー病室から出ていく練、入れ替わるように夕子が入ってくるー


夕子:あなた、隣の部屋の子と仲良くしてないでしょうね。

麻弥:してない。

夕子:そう、ならいいわ。

麻弥:母さん。どうして仲良くしちゃいけないの?

夕子:あの子は病気で入院している子よ。あなたはすぐに戻るんだから、ここで誰かと仲良くする必要はないわ。

麻弥:でも私だって病気で入院してる。

夕子:あなたは病気じゃないわ。他の子とは違うの。分かるでしょう?

麻弥:分からない。

夕子:いずれ分かるわ。

麻弥:…。

夕子:それより、今後のこと、ちゃんと考えているの?結局メールしなかったわね。お母さん言ったわよね。今後のこと考えなさいって。他の入院患者のことを考えている暇があるなら、自分の今後を考えなさい。

麻弥:私は…。

夕子:今こうしている間にも周りの子からどんどん遅れていってるってちゃんと自覚してるの?

麻弥:分かってる。

夕子:なら少しは行動しなさい。クラスで遅れないように勉強をするとか、体を治すために努力するとか、やることはいくらでもあるでしょう。

麻弥:…。

夕子:何度もお母さんに言わせないで。少しは自分で考えて行動しなさい。

麻弥:…。

夕子:まただんまりなの?都合が悪くなるといつもそうね。

麻弥:…。

夕子:何か言ったらどうなの?

麻弥:…。

夕子:はあ、もういいわ。また来ますから、それまでにこの問題集を解いておきなさい。

麻弥:全部?

夕子:当たり前でしょう。これを学校へ提出すれば、先生は内申をよくしてくれると約束してくださったわ。あなたがこのまま課題をやっていれば大学からは普通の生活に戻ることも出来るのよ。

麻弥:…分かった。

夕子:それじゃお母さん帰るから。

麻弥:うん。

夕子:やっておくのよ。

麻弥:うん。


ー病室を出ていく夕子ー


麻弥:言えなかった。


ー次の日、麻弥の病室ー


練:こんにちは、麻弥さん。

麻弥:すぅ…。

練:寝てるのか。…あ、問題集。…半分くらい解いてある。麻弥さんが解いたのかな。

練:麻弥さんのお母さん、厳しそうな人だったな。話し声、俺の部屋まで聞こえて来てたし。

練:…確かに俺は麻弥さんとは違う。でも、あの言いかたはないよなあ…。俺だって…ちょっとは傷つくんだよ?まあ、今ここで言っても何にもならないけど。

練:…俺は麻弥さんと仲良くなりたいけど、やっぱり…難しいのかな。麻弥さんのことを考えたら、俺は仲良くしないほうがいいのかもしれない。麻弥さんのお母さんが言ってることは、間違いってわけじゃないし…。

麻弥:…。

練:…麻弥さん。


ー練の部屋の前の廊下から来生の声ー


来生:練くん?診察の時間ですよ。…あれ、また逃げ出した?どこ行ったのかな。

練:…。また来るよ。麻弥さん。


ー次の日、練の病室ー


麻弥:こんにちは、練くん。

練:あ、こんにちは…。

麻弥:練くんって、いつも何してるの?

練:…いつも?

麻弥:うん。だってここって暇でしょ。

練:確かに…そうだね。…俺は、本読んでることが多いかな。

麻弥:どんな本読んでるの?

練:今はこの小説。…おもしろいよ。読んでみる?

麻弥:うん。

練:はい、どうぞ。

麻弥:今読んでる途中じゃないの?

練:これはもう何度も読んでる本だから…いいんだ。

麻弥:じゃあ借りてく。

練:うん。…麻弥さんは、いつも何してるの?

麻弥:私は、勉強。

練:勉強…?

麻弥:うん。母さんが問題集を持ってくるから。

練:大変だね…。

麻弥:全部やったら大学に行けるんだって。

練:…麻弥さんは、大学に行きたいの?

麻弥:どうだろう、分からない。

練:じゃあ、どうして…?


ー病室に入ってくる来生ー


来生:練くん、診察の時間ですよ。

練:先生…。

来生:…っ。浅葱さん、ごめんね。これから診察だから、練借りてもいいかな?

麻弥:はい。

来生:部屋まで送るよ。

麻弥:ありがとうございます。

来生:…練、少し待っててね。

練:…。


ー麻弥の病室ー


麻弥:『アルマーニ少年の冒険譚』…主人公が世界中を旅するんだ。…楽しそう。


ー病室に入ってくる夕子ー


麻弥:あ、母さん。

夕子:今何を隠したの?

麻弥:えっと…。

夕子:どうせろくでもないものなんでしょう。

麻弥:…。

夕子:それで、問題集は解き終わったのかしら?

麻弥:うん。

夕子:そう、見せてちょうだい。

麻弥:…。

夕子:まあいいわ。じゃあ次はこれね。

麻弥:…増えてる。

夕子:なに?まさか文句でもあるの?

麻弥:…。

夕子:あなたはただでさえ遅れているんだからこれくらいして当然でしょう。

麻弥:うん。

夕子:お母さんはあなたのためを思ってやっているのよ。分かるでしょう。

麻弥:…。

夕子:大学へ行くということがどれだけ大切なことか、いつかあなたにも分かるときが来るわ。

夕子:だからあなたはこの課題を済ませて、早く体を治しなさい。

麻弥:…。

夕子:じゃあお母さん帰るから。やっておくのよ。


ー病室を出ていく夕子ー


麻弥:普通の生活って何?早く治すってどうやるの?…分からないよ。


ー次の日、練の病室の前ー


麻弥:面会謝絶?…何で?昨日は元気そうだったのに。練くん、どうしたんだろう。


ー病室に戻る麻弥ー


麻弥:そういえば、練くんの病気って何なんだろう。

麻弥:私、練くんのことを何も知らない。どこに住んでるのかとか、家族とか…。十五歳だってこと以外、何も知らない…。学校とかどうしてるんだろう。

麻弥:…課題やろう。


ー数日後、練の部屋ー


麻弥:大丈夫?

練:うん…。ちょっと、熱出ちゃって。

麻弥:そうなんだ。

練:…心配してくれたの?

麻弥:うん。

練:そっか…。嬉しいな。…ありがとう。

麻弥:練くんは、どうして入院してるの?

練:…ちょっと無茶したんだ。

麻弥:それは前にも聞いた。でも、無茶しただけで入院したり、熱出ただけで面会謝絶になったりするなんておかしい。

練:鋭い、ね。

麻弥:私、練くんのこと何も知らないって気づいたの。だって練くんだって学校とかあるはずでしょ。住んでるところだって知らないし。

練:俺だって、麻弥さんのことは知らないよ?

麻弥:私はここから見えてるあそこの高校に通ってた。今高校三年生。

練:…?

麻弥:家はここから車で三十分。入院した理由はナルコレプシー。

練:ま、麻弥さん?

麻弥:家族は母さんだけ。父さんは母さんと離婚したときから会ってない。あと他に知りたいことはある?

練:きゅ、急にどうしたの…?

麻弥:私は練くんのことが知りたい。だから私のことを話した。

練:…。

麻弥:練くんのこと、教えて欲しい。練くんは、話したくない?

練:…分かった、話すよ。

練:俺は彼方練。両親と、五つ下の妹がいる。家は、ここから飛行機で…。

麻弥:飛行機?

練:うん。家、遠いんだ。

麻弥:じゃあ練くんの家族は来れないの?

練:うん。遠いし、仕事もあるしね。

麻弥:そうなんだ。

練:妹は私立の学校に通ってるんだ。すごく頭がいいんだよ。

麻弥:すごいのね。

練:うん。俺の自慢の妹。

麻弥:でも、どうして練くんはこんな遠い病院にいるの?

練:来生先生について来たんだ。

麻弥:…?


ー病室に入ってくる来生ー


来生:来てたんですね、浅葱さん。

麻弥:こんにちは。

来生:こんにちは。…練、診察の時間だよ。

練:…はーい。

来生:ごめんね、浅葱さん。練借りるよ。

麻弥:はい。

来生:まだ微熱なんだから無理しちゃだめだよ。ほら、車椅子乗って。

練:…うん。

来生:浅葱さんも部屋に戻りましょうか。送りますよ。

麻弥:はい。


ー麻弥の病室ー


麻弥:車椅子…。練くん、そんなに悪かったんだ。気づかなかった。

麻弥:結局練くんの病気のこと聞けなかった。来生先生と知り合いなのかな。先生、私のことは"浅葱さん"って呼ぶけど、練くんのことは"練"だもんね。来生先生に聞いたら、練くんのこと分かるかな。

麻弥:課題…あとでいっか。


ー次の日、練の病室の前ー


麻弥:練くん、元気かな。

来生:浅葱さん。

麻弥:先生…こんにちは。

来生:こんにちは。練に用事ですか?

麻弥:用事ってわけじゃ…話がしたくて。

来生:そうなんですね。…じゃあ、今日は僕と話をしませんか?

麻弥:練くん、具合悪いの?

来生:…少しね。


ー麻弥の病室ー


麻弥:練くんの病気って何なんですか?

来生:知りたいですか?

麻弥:はい。

来生:多分、練は浅葱さんに知ってほしくないんだと思いますよ。

麻弥:でも私は、練くんのことが知りたいです。

来生:うーん、僕があとで練に怒られそうだなあ。

麻弥:私が無理やり問い詰めたって言います。

来生:どうしてそこまで練のことを知りたいんですか?

麻弥:…気になるからです。最初は、歳が近いってだけでした。母さんは私が練くんと仲良くするのを嫌うから、関わらないようにしようとしてました。でも練くんは優しくて、仲良くなりたいって言われて、話をしてるうちに練くんのことが知りたくなったんです。でも練くんは、仲良くしたいっていうくせに自分のことは何も話してくれないから…。

来生:それで僕に聞こうと思ったんですか?

麻弥:はい。

来生:なるほど…。まあ、下手に友だちを作ろうとした練が悪いな。いいですよ、教えましょう。

麻弥:ありがとうございます。

来生:練は生まれつき心臓が悪いんです。生まれてすぐに余命宣告を受けたんですよ。

麻弥:え?

来生:その余命宣告をしたのは僕なんですけどね。僕は練が生まれた病院で働いていました。練が物心つく前から、僕は練を見ているんです。

麻弥:練くんの余命って、あとどれくらいなんですか?

来生:早くて明日。

麻弥:…!

来生:まあそれは練が物心ついた頃からずっと言っていることです。

麻弥:そう、なんですか。

来生:練はすごく頑張ってる…。この歳まで生きてるのは奇跡だと僕は思います。

麻弥:…。

来生:練も何となく、察しているのかもしれません。

麻弥:私、練くんに本を貸してもらったんです。

来生:本、ですか?

麻弥:『アルマーニ少年の冒険譚』っていう本です。

来生:…それは、練のお母さんが練の八歳の誕生日にプレゼントしたものですね。

麻弥:…。

来生:病院から出たい、遊びに行きたいって泣いていた練に、お母さんはよく本をプレゼントしていました。

来生:練はお母さんからもらった本を何度も読み返して入院生活を過ごしていたんです。

麻弥:…。

来生:僕はずっと練が入院していた病院にいたんです。でも今年からこっちに異動になってね。

来生:最初、練はあっちの病院で新しい先生に診てもらうつもりだったんですけど、その先生とは折り合いが合わなかったみたいで、練は僕のいるこの病院に転院してくることになったんです。

麻弥:そうだったんですか。

来生:他に知りたいことはありますか?

麻弥:練くんの家族は、練くんに会いに来れないんですか?

来生:言いかたは悪いが、彼らはあまり練に興味がありません。

麻弥:え?

来生:練に妹がいるっていうのは知っていますか?

麻弥:はい。聞きました。

来生:その子、とっても優秀でね、ピアノとか絵画とか作文とか、小さい頃からとにかくいろんな賞を取っているんです。練のご両親はその子を溺愛しています。

麻弥:それで練くんは蔑ろに?

来生:そうですね。ここへ転院してくるときも、容体が急変しない限りは連絡をしなくていいと言われましたし。

麻弥:ひどい…。

来生:練はあまり気にしていないような素振りを見せていたけど、君と仲良くしようとしたところを見ると、そうでもなかったのかもしれません。

麻弥:…?

来生:練はきっと、寂しかったんでしょう。僕は練の一番の理解者であるつもりですが、友人ではありませんから。ずっと練を見てられるわけではありません。

麻弥:…。

来生:これからも練と仲良くしてくれますか?

麻弥:はい。…母さんには内緒ですけど。

来生:ありがとうございます。僕もお母さんには黙っていましょう。

麻弥:ありがとうございます。

来生:それじゃあ僕は戻ります。

麻弥:はい。

来生:何かあったら呼んでくださいね。それじゃ。

ー病室を出ていく来生ー


麻弥:練くん、そんなに悪かったんだ。練くんの前でお母さんの話、しないほうがよかったのかな。


ー病室に入ってくる夕子ー


麻弥:あ、母さん。

夕子:露骨に嫌そうな顔をするのね。

麻弥:別に、そう言うんじゃ…。

夕子:まあいいわ。課題を出しなさい。

麻弥:あ…。

夕子:どうしたの?まさかやってないって言うんじゃ無いでしょうね。

麻弥:…ごめんなさい。

夕子:今まで何をしていたの。こんなに時間があると言うのに。本当にどうしようもない子ね。

麻弥:…。

夕子:どこまでやったの?見せてみなさい。

麻弥:…うん。

夕子:あと数ページなのね。まあいいわ。なら今やりなさい。

麻弥:分かった。


麻弥:終わった。

夕子:見せなさい。…いいわ。次からはお母さんが来るまでに済ませておくのよ。

麻弥:…。

夕子:じゃあお母さん先生とお話しして帰るから。内心のためにもちゃんとやっておくのよ。良いわね。


ー病室を出て行く夕子ー


麻弥:どうして、やらなきゃいけないんだろう。


ー数日後、麻弥の部屋ー
ー練がフラフラと部屋に入ってくるー


練:麻弥さん。

麻弥:練くん?大丈夫なの?

練:うん。…あのね、麻弥さん、お願いがあるんだ。

麻弥:どう、したの?

練:俺を遊園地に連れて行って!

麻弥:急にどうしたの?

練:お願い。

麻弥:来生先生に許可は取ったの?

練:取ってない。

麻弥:だめじゃない。

練:だって、絶対に許可なんて出ないから。

麻弥:お願いしたら許してくれるかもしれないでしょ。

練:許してくれる訳ないよ。

麻弥:そんなに心臓悪いの?

練:…来生先生に聞いたの?

麻弥:…ごめん。

練:いいよ。…そう、俺、多分もう長くないんだ。

麻弥:…っ。

練:でもこのままじゃ残り少ない人生も、ここでずっと過ごすことになる。

練:俺は嫌なんだ。生きてるって感じがしない。楽しいこと、面白いこと、びっくりすること、病院の外に出たらたくさんのことが溢れてるのに、俺はそれを知らないまま病院(ここ)で寂しく死んでいく。そんなの、生きてるって言えない。そんなの、嫌なんだ。

練:俺は、何もしないで長生きするくらいなら、やりたいことをやって死にたい。

麻弥:よくなるかもしれないじゃない。

練:この15年間、一度もよくなんてならなかった。

練:最近なんて、微熱だけで面会謝絶。高熱になったら集中治療室。もう嫌なんだ。

麻弥:練くん…。

練:お願い、麻弥さん。俺を遊園地に連れて行って。一度だけでいいんだ。今日遊園地に行ったら、明日からは大人しくしてる。麻弥さんが怒られないように、先生にもちゃんと説明する。

練:だから、お願い。

麻弥:…分かった。でも、もしものことがあったらいけないから、手紙を書いていこう。

練:分かったよ。

麻弥:それで、いついくの?

練:今だよ。

麻弥:今?

練:うん。だってあと2時間もしたら先生は俺の診察に来ちゃう。俺と麻弥さんがいないのに気づいて、手紙を読んだら、先生は俺たちを探しにくる。今を逃したら次はいつこんなに動けるか分からないのに。だからそれまでに遊園地を満喫したいんだ。

麻弥:分かった。じゃあ今すぐ行こう。

練:ありがとう、麻弥さん。


練:手紙、書けたよ。

麻弥:私も書いた。

練:じゃあ行こう。

麻弥:うん。


ー病院から見える遊園地ー

麻弥:練くんは、何がしたいの?

練:うーん、俺、よく考えたら遊園地に何があるか分からないんだよね。

麻弥:じゃあ片っ端から回ってみる?

練:うん!

麻弥:でも練くんってジェットコースター乗れるの?

練:どうだろ…。

麻弥:とりあえずコーヒーカップから行こっか。

練:うん。


麻弥:どう?遊園地、楽しい?

練:うん、すごく!…ありがとう、麻弥さん。

麻弥:そろそろ診察の時間だね。

練:そう、だね…。

麻弥:…次はお化け屋敷に行ってみる?

練:俺お化け屋敷行ったことないや。

麻弥:無理そうだったら言ってね。

練:…うん。


練:お化け屋敷、すごく面白かった。

麻弥:リアルだった…。

練:次は?次はどこに行く?

麻弥:そうだね…。観覧車はどう?

練:行きたい!

麻弥:じゃあ観覧車に行こう。

練:うん。


練:すごく楽しかった。空の上ってあんなに景色がいいんだね。

麻弥:そうだね。すごくよかった。あとは、ジェットコースターだけだけど。

練:麻弥さんはジェットコースターに乗ったことがあるの?

麻弥:あるよ。

練:じゃあ行きたい。

麻弥:…分かった。でも、絶対無理しちゃだめだよ。

練:うん。


練:すっごく楽しかった。風を切って、俺、あんなにスリルを感じたのは初めてだよ。

麻弥:大丈夫?

練:うん。無理もしてない。

麻弥:じゃあ、帰る?

練:…もう少しだけ。

麻弥:分かった。じゃあお土産屋さんに行こう。

練:うん。


練:麻弥さん、本当にありがとう。最高だった。

麻弥:私も、楽しかった。

練:お金は帰ったら返すから。

麻弥:いいよ。

練:でも。

麻弥:いいの。

練:…ありがとう。

麻弥:……帰る?

練:…………うん。

麻弥:じゃあ先生に電話して迎えに来てもらお。


ー来生に電話をかける麻弥ー


練:…っ。

麻弥:練くん?


ー胸を押さえて膝をつく練ー


麻弥:練くん、どうしたの?

練:…っ。う…。

麻弥:練くん、大丈夫?


ー来生が電話に出るー


来生:浅葱さん?練も一緒?今どこにいるの?

練:く…ぅ…っ。

麻弥:練くん、しっかりして、練くん!

来生:練がそこにいるのか?浅葱さん、どこにいるんですか、教えてください。

麻弥:あ、せんせ…私、ごめんなさ…。

来生:謝るのはあとです。今どこにいますか。

麻弥:遊園地。病院の窓から見えてる。

練:ぅ…う…。

麻弥:練くん!

来生:練の状態は?

麻弥:胸を押さえてる。苦しそう。返事してくれない。

来生:分かりました。今そっちに救急隊を向かわせたから、練に声をかけ続けてください。

麻弥:分かり、ました。

来生:それと、電話は切らないで。

麻弥:はい…!

練:うぅ…。

麻弥:練くん、しっかりして。

練:ま、やさ…。ごめ…。

麻弥:私こそ、気づけなくてごめんなさい。

練:お、れ…たのし、かっ…た。…麻弥、さんの、お…かげ。あ、りが…う。

麻弥:練くん、喋らなくていい。もうすぐ救急隊の人が来てくれるから。

練:ま、や…さん。おれ、麻弥…さんに、謝…らないと、いけないこと…が、ある…だ。

麻弥:なに?

練:初…めて、会った…とき、俺、わざと、まち…がえて、麻弥さ…の、部屋に、入った…んだ。…麻弥…さんと、お…母さんの話す…声が、俺と、母…さんの、会話に…似てて、その、麻弥さんが、困って…そう、だった…から。麻弥さ…んと、は…じめて、話した…とき、不…思議な、人…だなって、思って、仲…良く、なり…たいって…思った。俺…の、わが…ままで、麻弥…さんを、振…り、回…して、…今日、だって…ここ…まで、連れて…きて、もらって…。

麻弥:でも、今日ここへ来たのは私の意思。練くんと仲良くしたいって思ったのだって、私の意思だよ。

練:お…れ、麻弥さん…のこと、が…好き…だ。…ひとり、の…じょせ…い、として…。

麻弥:私も、練くんのことが好きだよ。

練:う、れし…。

麻弥:練くん?練くん!

来生:どうしたんですか?浅葱さん、練に何かあったんですか?

練:…。

麻弥:練、くん…。あ、だめ…今、寝たら、練くんが…。

来生:浅葱さん?大丈夫?

麻弥:…。

練:…。

来生:浅葱さん、練!返事をしてくれ。練…!浅葱さん!練!!!


ー数時間後、麻弥の病室ー


夕子:どう言うつもりなの?麻弥。

麻弥:…。

夕子:お母さんものすごい恥かいたじゃない。お母さんに嫌がらせして満足?

麻弥:…。

夕子:あの子と仲良くしちゃいけませんって言ったわよね。どうしてお母さんの言うことが聞けないの?

麻弥:…。

夕子:寝たふりしてないで、なんとか言ったらどうなの?

麻弥:…。

夕子:やっぱり仮病で入院なんてさせるんじゃ無かったわ。勝手に眠るだなんて、そんなふざけた仮病でお母さんを馬鹿にして。

麻弥:…。

夕子:いい加減にしなさい!


ー麻弥を叩く夕子ー
ー音を聞いて、来生が部屋に入ってくるー


来生:なにしてるんですか。

夕子:先生には関係ありませんわ。この子に教育をしているんです。仮病なんか使って入院しておいて勝手に抜け出して。

来生:娘さんは、麻弥さんは仮病ではありません。

夕子:すぐに寝てしまうだなんて、怠惰以外の何物でもありませんわ。

来生:眠ってしまうのはナルコレプシーのれっきとした症状です。どうか、麻弥さんを責めないであげてください。

夕子:…麻弥に、課題を終えたら連絡するよう行っておいてください。

来生:わかりました。


ー病室を出ていく夕子ー


来生:もうお母さんはいませんよ。

麻弥:…。

来生:寝たふりはいただけませんね。

麻弥:なんで分かったんですか。

来生:僕はこれでも医者なんですよ。

麻弥:…練くんは?

来生:集中治療室にいます。今夜あたりが峠でしょう。

麻弥:助かるんですか?

来生:どう、でしょうね。

麻弥:…先生は、私を恨んでいますか?

来生:練が無理を言ったんでしょう。責めませんよ。

麻弥:…。

来生:練のことをちゃんと見ていなかった僕のせいでもあります。浅葱さんが罪悪感を感じる必要はありません。

麻弥:…練くん。


ー次の日、麻弥の病室ー


麻弥:練くん、大丈夫かな。


ー来生が病室に入ってくるー


来生:浅葱さん、検診の時間ですよ。

麻弥:先生、練くんは?

来生:…。

麻弥:練くんは大丈夫なんですか?

来生:練に、会いたいですか?

麻弥:会いたい。

来生:会話は、できないと思ってください。それと、他の人には内緒ですよ。

麻弥:分かりました。


ー集中治療室ー


来生:本当は、家族しか入れないんです。

麻弥:集中治療室、初めて来ました。

来生:こっちですよ。

麻弥:はい。

来生:あそこにいるのが練です。

麻弥:…っ!

来生:怖いですか?

麻弥:…。

来生:あのたくさんのコードによって、練は生かされています。

来生:あのコードが1本でも抜けたら練の命は消える。それくらい練は危険な状態です。

麻弥:…。

来生:練は、多分もう目を覚まさないでしょう。

麻弥:そ、んな…。

来生:この状態で、1週間持つかどうか。

麻弥:練くん、死んじゃうんですか?

来生:……………そうだね。

麻弥:…。

来生:浅葱さん。

麻弥:…練っ…くん。

来生:浅葱さん、笑って話しかけてあげてください。

麻弥:…。

来生:泣き顔は似合いませんよ。練も喜ばないでしょう。

麻弥:……はい…。

麻弥:練、くん。麻弥だよ…。私、もっと話をしたい。一緒に遊びに行きたい。だから、負けないで…。

来生:…。

麻弥:練くん…。

来生:…そろそろ、戻りましょうか。

麻弥:………はい。


ー次の日、麻弥の病室ー


夕子:今日は寝たふりはしていないのね。

麻弥:母さん…。

夕子:いくら待ってもあなたがメールを寄越さないから来たのよ。課題は終わってるんでしょうね。

麻弥:…母さん、話があるの。

夕子:お母さんにはありません。

麻弥:私の話を聞いて。

夕子:ならまずお母さんの言うことを聞きなさい。自分の言うことだけ通そうとしないでちょうだい。

麻弥:…母さんはいつもそう。

夕子:お母さんはあなたのためを思って言ってるのよ。

麻弥:嘘ばっかり。母さんは、母さんができなかったことを私にさせて満足したいだけじゃない。

夕子:なにを言っているの。お母さんはあなたのためを思ってこんなに色々やってあげてるのよ。

麻弥:でも私は!…やって欲しいなんて思ってない!!

夕子:…っ。

麻弥:私は、本当は大学なんて行きたくない。やりたいことがあるの。母さんの操り人形はもう嫌。

夕子:なんてわがままを言うの。大学に行くことがどんなに大事かあなたはまだ若いから分かってないのよ。それに、操り人形ですって?ここでそそのかされたのね。あの人の話を聞かないどうしようもない隣の部屋の男の子のせいかしら。

麻弥:練くんは関係ない!練くんを悪く言わないで。

夕子:どうしてかばうの。洗脳されたのね、かわいそうに。やっぱりこんなところに入れるんじゃなかったわ。あなたは転院させます。

麻弥:何で…?

夕子:お母さん、先生とお話ししてくるから、あなたはここを片付けておきなさい。

麻弥:いやだ…。


ー病室を出ていく夕子ー


麻弥:何で…?違うのに…練くんはなにも悪くないのに。洗脳だってされてない。どうして聞いてくれないの?転院したくない。練くんと会えなくなるのは嫌…。練くん…会いたいよ。うぅ…。


ー来生の診察室ー


来生:それで、麻弥さんを転院させたい、と。

夕子:ええ、そうですわ。

来生:それは、麻弥さんの意思でしょうか。

夕子:麻弥の意思は関係ありませんわ。

来生:では、転院先は決まっているのでしょうか。

夕子:まだですわ。

来生:でしたら、まだ手続きしないほうがいいでしょう。転院には時間がかかりますし。

夕子:では退院させますわ。

来生:なおさら時間がかかりますよ。

夕子:構いませんわ。元々入院させているのもおかしな話でしたから。

来生:…分かりました。今日の診察の結果次第で考えましょう。

夕子:退院日が決まったら知らせてくださいな。

来生:分かりました。


ー診察室を出ていく夕子ー


来生:おそらく、麻弥さんの本意じゃないだろうな。


ー麻弥が診察室に入ってくるー


麻弥:先生。

来生:ま…浅葱さん。

麻弥:麻弥でいいです。

来生:麻弥さん、どうしたんですか?診察の時間はもう少しあとですよ。

麻弥:私、まだ転院したくない。

来生:練と離れるから、ですか?

麻弥:母さんは私の話をなにも聞いてくれない。

来生:お母さんには、退院の手続きをするように言われました。

麻弥:私は、私は大学になんて行きたくないし、転院も、退院もしたくない。私は、練くんと一緒にいたい。

来生:麻弥さんは、状態としてはいつでも退院できる状態です。麻弥さんのお母さんのお願いで入院していますが、退院したいと言われては、止める術は僕にはありません。

麻弥:…。

来生:とはいえ、麻弥さんの今日の体調を鑑みて、退院を遅らせることは出来ます。

麻弥:…。

来生:10日間。それが僕にできる最大の時間です。

麻弥:ありがとうございます。

来生:もっとも、練の容体がどうなるかは分かりませんよ。

麻弥:はい。

来生:お母さんには、10日後に退院すると伝えておきます。

麻弥:ありがとうございます、先生。あの、練くんに会うことってできますか?

来生:5分だけですよ。

麻弥:はい。


ー数日後、麻弥の病室ー


来生:麻弥さん。少しいいですか?

麻弥:来生先生。

来生:練にあって欲しいんです。

麻弥:目を覚ましたんですか?

来生:…。

麻弥:連れて行ってください。


ー練の病室ー


麻弥:練くん!

練:…ま、や…さん…。

麻弥:練くん…。

練:…ありがとう。

麻弥:へ?

練:…。

麻弥:練くん?練くん、どういうこと?練くん!

来生:………7時23分、ご臨終です。

麻弥:うそ…。

来生:…。

麻弥:うそ。練くん、嘘だよね。…何か言ってよ。…練くん。

来生:僕は医師失格だ。練を延命させることよりも、この最後を選んでしまった。

麻弥:練くん…。


ー麻弥の病室ー


夕子:麻弥、課題は終わらせた?

麻弥:…。

夕子:何か言ったらどうなの?

麻弥:…。

夕子:お母さんに嫌がらせをしたいなら、もっと賢い方法を取りなさい。黙っているなんてみっともない。

麻弥:…。

夕子:大体、人が見舞いに来ているのだから少しは体を起こしたらどうなの?

麻弥:…。

夕子:また寝たふりなのね。やっぱりこんなところに入れるんじゃなかったわ。課題もほとんどやっていないじゃない。

麻弥:…。

夕子:麻弥、どうして課題をやっていないの?

麻弥:…。

夕子:今すぐにやりなさい。

麻弥:何で…?

夕子:それがあなたのためだからよ。

麻弥:…。

夕子:いいこと、明日課題を先生に提出しなくてはいけないの。終わるまでお母さん帰りませんからね。

麻弥:…。


ー次の日、麻弥の病室ー


来生:麻弥さん、練くんのお葬式があるんだけど、よかったら来てくれない?

麻弥:どこでやるんですか?

来生:ここから見えるところですよ。ほら、あそこ。

麻弥:どうして?練くんの家族ってこの辺じゃないですよね。

来生:練の希望なんです。麻弥さんの故郷で眠りたいって。

麻弥:練、くん…。私、行きたいです。練くんのお葬式。

夕子:どういうことなの?


ー夕子が病室に入ってくるー


麻弥:母さん…。

夕子:葬式?誰の葬式に行くつもりですか。

麻弥:練くんの。

夕子:ああ、隣の部屋の。最近静かだと思ったら、亡くなったの。

麻弥:…っ!

夕子:これであなたを洗脳する人はいなくなったのね。よかったわ。

麻弥:何で、そんなことが言えるの…。

来生:お母さん、言っていいことと悪いことがありますよ。

夕子:あの子は麻弥にとって悪い虫でしたわ。危険な存在がいなくなって、喜ばない親がどこにいますか。

来生:人の死をなんだと思ってるんですか。

麻弥:ぁ…。

夕子:ここへ来て麻弥は大学へ行きたくないだなんて言い出したり、課題をしなかったり、どんどんひどくなっていきましたわ。ここで悪い考えを持つ人たちにそそのかされたに決まってます。

麻弥:……ぃ。

夕子:なんなの、麻弥。言いたいことがあるならもっとはっきりと言いなさい。

麻弥:最低!今までひどい人だって思ってたけど、こんな最低な人だなんて思わなかった。

夕子:なんてことを言うの。謝りなさい。

麻弥:話しかけないで!もう顔も見たくない!


ー病室を飛び出していく麻弥ー


来生:麻弥さん!待ってください。


ー後を追って出ていく来生ー


夕子:なんなの…。


ー葬儀場付近ー


来生:麻弥さん!

麻弥:先生…。うう…私、ごめんなさい。うう…私、私…。

来生:大丈夫ですよ。麻弥さんは悪くありません。

麻弥:うう…。

来生:せっかくここまで来たんです、葬儀場の中に入りますか?

麻弥:いえ、ここから見てます。

来生:麻弥さん。泣いてもいいと思いますよ。

来生:今は、僕しか見ていません。

麻弥:うう…練、くん。練くん、練くん、練くん…っ!うあああああああああ!うわああああああああん!!


麻弥:…。

来生:落ち着きましたか?

麻弥:はい…。

来生:ちょうどお葬式も終わったみたいですね。

麻弥:あの中に、練くんがいるんですか?

来生:はい。

麻弥:練くん…。

来生:練は、麻弥さんのおかげでとても幸せだったと思います。最後、笑っていましたからね。

麻弥:よかった…。


ー夕子が遠くから走ってくるー


夕子:こんなところにいたのね。

麻弥:…。

夕子:どこへいくの。

麻弥:母さんの顔を見ずにすむところ。

夕子:な…なんて失礼なことを言うの、この子は。恥を知りなさい。


ー麻弥をぶとうとする夕子ー


来生:やめてください。

夕子:あなたは何様ですか。たかが医師の分際で、止めないでください。

来生:人が殴られそうになっているのを黙って見ていられるわけないでしょう。

夕子:麻弥、謝りなさい。

麻弥:近づかないで!


ー走り出す麻弥ー


夕子:どこへいくの、麻弥!

来生:麻弥さん、そっちは危ないです。道路が…。

麻弥:あ…。どうしよう、眠気…が…。


ー車道で倒れる麻弥ー


来生:麻弥さん!

夕子:ちょっと、麻弥に近づかないでちょうだい。

来生:そんなこと言ってる場合ですか!麻弥さん、おきてください!

来生:車が…っ!麻弥さん!

麻弥:…。

夕子:麻弥!


ー霊柩車が麻弥をはねるー


来生:麻弥さん!

夕子:嘘…。

来生:麻弥さん、しっかりしてください、麻弥さん、麻弥さん!

麻弥:…。

来生:麻弥さん…!麻弥さん…。息、してない…。

夕子:あ…。

来生:救急車…。救急車を呼んでください。

夕子:ま、麻弥…。

来生:お母さん!

夕子:あ…私は、悪くない…。

来生:いい加減にしろ!

夕子:あ…。

来生:娘が死んでもいいのか!

夕子:いや…。

来生:なら救急車を呼ぶんだ。

夕子:は、はい。

来生:麻弥さん…死んじゃだめだ、そんなの、誰も喜ばない。練だって!

麻弥:…。

来生:麻弥さん?麻弥さん!…そんな、脈が…とまってる…。

夕子:麻弥、麻弥ああああああ!

来生:よりによって、練が乗ってる霊柩車だなんて…。練、麻弥さんを連れて行きたかったのか…?練…くそ。

夕子:麻弥、麻弥…。いやあああああああああ。

こんにちは、自他共に認めるいかれポンチ鳴尾です。 いかがでしたか? あなたの期待に応えられるよう、これからも良い作品を書き続けますね。