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私が見た南国の星 第3集「母性愛に生きて」③

野村さんは、海南島では「日本的妈妈=日本のお母さん」と呼ばれています。ホテルの総支配人というだけでなく、社員たちのお母さんでもあったんですね。野村さんのいたホテルは家庭的な雰囲気だったそうですが、理由が分かる気がします。


日本的妈妈


 この七仙嶺の麓にある小さな温泉ホテルは、残念ながら、やがて廃業となるが、それまでの数年間は、私は一家の父親と母親の両方の役目をしてきた。時には互いに理解出来ない事もあったが、彼等は私の事を心から慕ってくれていたと今でも信じている。時には強い父親になり、ある時には母のような眼差しで彼等を見守ってきたつもりである。いくら私に叱られても逃げ出す社員は一人もいなかった。その事だけは、私の喜びであり、自慢でもあった。これから続く私の海南島生活において、社員たちと共に歩んだ苦しみや悲しみ、そして喜びに満ちた出来事が数多く生まれていくことになる。
 この年から私の存在は、「ホテルの責任者」から「日本のお母さん」へと変わって行った。

採用面接


 2000年12月24日に入社した社員に「将徳理」と言う名前の青年がいた。軍隊を出てから、初めて民間の会社へ就職したので、軍隊生活が抜けていないような雰囲気の子だった。年齢は21歳と若かったのだが、結構しっかりとしているように見えた。
 ちょうど、その頃、保安係りを募集していたので、その面接には2人の青年がやってきた。「将徳理」と「陳海龍」だった。「陳海龍」は背が高くてひょろっとした「もやし」のような青年だった。陳海龍は将徳理に比べて口数も少なく無口だった。面接の審査は、黄秋梅と一緒にしていたが、ふたりはあまりにも対照的だった。誰が見ても将徳理の方を社員としては選びたいと思うに違いない。黄秋梅は、しきりに
「ママ、この将徳理にしましょう」
と言ったが、
「阿梅、まだ直ぐには決定出来ません。真面目に長続き出来る社員が必要ですから、ちょっと待って下さいね」
という、私の言葉が気に入らないのか、彼女はすこし不機嫌な様子だった。
30分くらいの面接の間、将徳理は質問に対してハキハキした口調で答えるが、陳海龍は、私の質問に対して元気のない声で答えていた。陳海龍は、以前は海口市で看板広告店の従業員として働いていたというが、軍隊の経験は全くなかった。保安係りは、軍隊を経験した社員を入れるのが本社の希望だった。当然、陳海龍は本社の希望する人物には当てはまらないので、私は彼に、
「貴方は募集に書いてある内容は見たのですか」と聞いた。彼はその質問に対して、小声で、
「はい、見て内容は把握しています」
と答え、その後は無言になった。
「内容には、軍隊の経験者と書いてなかったですか」
と尋ねた。彼はすぐに答えることができなかった。それを見ていた将徳理が、
「僕は軍隊の経験者です。保安係りの仕事は自信があります」
と横から口を挟んできた。私は将徳理に少し強い言葉で、
「あなたには、聞いていません!」
と日本語で言った。将徳理は日本語が全くわからないが、私の顔が怒っているように見えて口調も強かったため、直ぐに
「すみません」
と言った。将徳理の横に立っていた陳海龍は、その様子を見て大きな目をキョロキョロさせて驚いていた。黄秋梅も、こんな私のやり方に不満があったのだろう。
「ママが好きなほうを選んだらいいですよ!」
と、反抗的な口調で言うのを、私は我慢して聞いていた。彼女と喧嘩をしても意味がないと思ったからだ。
 二人を見ながら私は思った。「将徳理は、とても調子よさそうで社交的な感じがするし、陳海龍は口数も少ないけど真面目そうだし」と心の中で反芻した。迷っていた。しかし、最後の質問の答えを聞いた時、私の答えがはっきりした。二人に対して、
「お酒は好きですか?どれくらいの量が飲めますか」
と尋ねた。先に将徳理が自慢げに、
「お酒は大好きです。毎日たくさん飲んでもオートバイの運転は大丈夫です!」
と答えた。その後、陳海龍が情けない声で、
「僕はお酒が嫌いですから、飲めません」
と答えた。二人とも少数民族のリー族で、本来ならばお酒は強いはずなので、それぞれの答えに、内心驚いていた。
 将徳理は笑みを浮かべて、まるで自分が勝利を得たかのように喜んだ顔をした。社交的な感じがする将徳理は、接客が上手ではないかと思い、陳海龍は、無口で真面目そうなので忠実に仕事をしてくれるのではないかと思った。保安係りは24時間交替制なので、仕事前の飲酒なんて絶対許されない。仕事中は、どんな仕事でもお酒の臭いなんてダメに決まっている。しかし、ホテルの従業員は皆少数民族の出身者で、お酒の好きな子が多くて、問題が起きている。この田舎では、殆どのホテルがこの問題に頭を抱えているのだった。なにしろ少数民族たちは子供の頃からお酒を飲んで育っているのだから、仕事中でもお酒の臭いが消えていないこともあるのだった。そんな中で、お酒が飲めないという陳海龍は珍しいと思った。
 この時には、黄秋梅と将徳理が親戚だということなど、知らなかったので、
「阿梅、保安係りは陳海龍にします」
という、私の決定に黄秋梅は、不服のようだった。
「どうしてですか!あんな経験もない人を、なぜ雇うのですか」
と、理解できない様子だった。私は選んだ理由を彼女に説明した。彼女も納得ができたのか、
「ママ、だったら客室係りも不足していますので将徳理を雇ってみたらどうですか」
と、優しい声で語りかけてきた。その時点でも、まだ二人が親戚だなんて思ってもいなかったので、
「そうね、では一ヶ月だけ様子を見ましょう」
と返事をした。彼は客室係の方が向いているし、仕事は24時間制ではないので、仕事が終われば彼は大好きなお酒が飲める。将徳理を客室係りにすることは、私にとっても彼にとっても好都合だったようだ。
 こうして二人とも採用されることになり、私と共に生活を送るようになった。臨時の雇用期間は三ヶ月、能力次第では一ヶ月で正社員にもなれる。だから、どの子も最初は一所懸命働くのだ。将徳理の場合は、この雇用期間とは違って、補欠期間として一ヶ月を言い渡した。その日からの彼は、一所懸命に頑張って仕事をしていたので、どのような来客からも評判は悪くないし、目立った欠点もみつからなかった。入社して2年ほどは、将徳理は真面目に仕事をしていると思っていた。
 ところが、社員の間では彼に対する不満が絶えなかったのだ。特に客室部の主任とは気が合わないらしく、いつも主任は悩んでいたそうだ。この主任は仕事に熱心で、誰からも好かれる美女だった。年齢も将徳理とは同じくらいだったので、気が合うとばかり思っていた。しかし、私が知らなかっただけで、社員たちは全員知っていた。将徳理は仕事を一所懸命頑張っていても、協調性に欠け、部下としての心得がなかったので、上司や同僚たちと上手くいかないのだ。複数の社員たちから話を聞くと、将徳理は上司の指示に逆らい、おまけに上司に命令することさえあるという。確かに私の目から見ると、将徳理の上司は管理者としては不足している点もあるが、彼女の仕事ぶりは真面目で、特に問題はなかった。その上、私が総管理をする前から客室の管理者とし勤務していたので、彼女を簡単に移動させる事は出来なかった。ただ、彼女はおとなしい性格なので、社員たちは指導者としてもの足りないと感じていたようだ。


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