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私が見た南国の星 第6集「最後の灯火」⑲

阿娜のこと

 気が緩んできたせいか、その頃から自分の健康にも気配りをせず、喫煙が多くなっていた。鏡で口の中を見ると歯はヤニだらけ、おまけに時々虫歯も痛くなる。そして、日常生活にも気力が出せずいつも身体のだるさが続いていた。それでも、私には楽しみがあった。それは、幼い時から面倒を見てきた三人の子供たちだ。学校の長い休みには、阿珍と阿如、阿娜が必ず我が家に来ていた。私にはそれが何よりも嬉しい一時だった。三人とも事情のある子供たちだったが、気がつけば三人とも大きくなっていた。
 4歳半の時に初めて出会った阿娜は、母の記憶がない頃から今日まで、父親に育てられている。この子の父親は、私が勤めていた七仙嶺のホテルで、料理人として働いていた。阿娜は、父親の故郷である文昌市の農村で生まれ、両親が離婚した後は、この農村で祖父母に育ててもらっていた。父親は自分の子供と年老いた両親のために、遠く離れた山の中で一所懸命仕事に励んでいたのだ。阿娜は、父親の声を聞く度に、いつも電話の向こうで泣いていたそうだ。父親も阿娜に会いたくて、休暇を取り故郷へ帰省をする事になった。休暇といっても四日間なので、親子で過ごせる時間も限られている。まだ、親に甘えたい年齢だったので、父親が仕事場に戻る日には、父親から離れなかったという。あまりにも泣き止まない我が子を見て、父親は根負けをして、どうしようもなく料理長へ連絡をした。彼の気持ちを察した料理長は、彼に休暇の延長を許した。しかし、翌日、団体客の食事の予約が急に入り、手が足らなくなってしまい、仕方なく、料理長は阿娜の父親へ電話を入れたが、田舎なので電波の届きが悪いのか電話が通じなかった。何度も電話をしていた料理長は、困って私の事務所へ相談に来た。
「すみません。明日の団体客の予約ですが、料理人が休暇で人が足りません。彼に電話を掛けているのですが、なかなか通じなくて困りました。臨時の料理人を呼んでも良いですか」
私は、さっぱり何を言っているのかわからなかった。料理の事は全て料理長が仕切っているので、私に許可を求める必要はない。
「料理長、私は料理の現場は口を出せませんので、あなたが決断してください」
その言葉を聞いて安心したのか、真剣な顔をしながら事務所から去って行った。10分位した時、ホテルのロビーから幼い子供の声が聞こえてきた「誰かしら?」子供連れの客でもお越しなのかと思った。その声が笑い声に変わった時だった。聴きなれた男性の声がした。
「静かにして!走っちゃだめ」
やはり気になった私はロビーまで行った。
「わぁー、可愛い子だね。お客様の子供ですか」
すると、
「ママ!こんにちは。今日は休暇なのですが子供を温泉に入れたくて連れてきました。温泉に入ってから町のホテルで宿泊しますので、ご迷惑はおかけしません」
彼に子供がいる事も知らなかったので、少し驚いた。阿娜はその時、愛犬のレオと一緒に中庭を駆け回って遊んでいた。
「あぁー、良かったわ。先ほどまで料理長が困っていましたよ」
彼は、明日の予約の事をまだ知らなかった。
「明日の予約ですか。今から料理長のところへ行って聞いてきます」
阿娜は、父親が戻るまで私の事務所で遊ばせることにした。
「あなたの名前は?」
まだ4歳半なのに、とてもしっかり答えた。
「我是符芳娜!」
「私はフ・ファンナです」
と、大きな声で言われた時は、レオも驚き目を白黒させていた。馮さんから家庭の事情を聞き、可哀想になった。 
「この子は、こんなに明るく育っているのに不幸な星の下に生まれたのかもしれない」
ふと、そんなことを思った。暫くして、料理長と一緒に父親が私のところへ来て、
「何度もすみません!明日の料理人の件は白紙にしても良いですか。彼がホテルへ戻ってきましたので大丈夫ですから」
料理長は、先ほど私が言った言葉をよく聞いていなかったのだろう。
「先ほども言いましたが、料理長が決定してください」
口調が少し強かったせいか、事務所の中で遊んでいた阿娜が、私に急に怒り出した。きっと、料理長の横にいた自分の父親が叱られていると思ったのだろう。父親も驚き、慌てて私に謝罪をした。
「大丈夫ですよ。小さな子供の前で仕事の話をしたのが悪いのですから」
料理長も、頭を下げながら苦い顔をしていた。せっかく温泉を楽しみにしていた阿娜なので、今から返すのは可哀想だと思った。
「今日と明日は、このホテルで阿娜を預かりましょう。お父さんは、休暇を変更して仕事に励んでね」
私の笑顔を見た瞬間、やはり父親だった。我が子と一緒に温泉に入りたい気持ちが隠せなかった。
「ありがとうございます。仕事はしっかりやりますので」
深々と頭を下げ、とても喜んでいた。阿娜は女の子だが農村育ちのせいなのだろう。庭の花を取っては千切り、ホテルの敷地内を走り回るので社員が追いかけていた。阿娜の年齢を聞いた時は、私と同じ辰年とわかり活発なのが理解できた。そんなことから、阿娜との出会いは何か不思議な縁があるのではと思った。この時がきっかけで、会う度に私の事をママと呼んでくれるようになった。その阿娜も、昨年の夏過ぎに香港人と再婚した父親と共に香港へ渡った。この時の阿娜は、11歳になる少し前だった。今、幸せかどうかはわからないが、少なくても阿娜の側に母がいつもいてくれる事だけは事実なのだ。私の役目は、この時に卒業となった。阿娜と出会ってから6年半だが、私のママ役生活だった。こうして、愛情に飢えていた一人の子供が、陽のあたる場所で暮らせるようになった。香港へ渡る数日前までは夏休み中だったので、私のところで阿珍や阿如と一緒に暮らしたことが、いい思い出になったことだろう。阿娜が私の家を去る日が来た時は、笑顔で送り出そうと思っていたのが、急に阿如が泣き出してしまい、私までもらい泣きしてしまった。いくら阿娜の幸せを祈っていても、やはり寂しいものがあった。もちろん阿珍や阿如にとっても、阿娜は永遠に妹だ。こうして、この1羽の雛鳥は飛び立って行った。


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