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私が見た南国の星 第4集「流れ星」⑪
問題児の将徳理くんも見捨てない野村さん、懐が深いですね。手のかかる子ほど可愛いということでしょうか。人の上に立つって本当に大変なんですね。
問題児将徳理
ある暑い夏の日の出来事だった。社員たちは交代性の勤務なので、午後は昼寝をしている者もいる。社員の部屋にはクーラーが設置してあるので、部屋の中は涼しかったはずだが、節電をするようにと日頃から注意をしていた。職場でクーラーを使用できる会社は、あまりなかったが、社員の健康を考えて、真夏の暑い時間には使用が出来るようにしていた。
この日は、将徳理は午後からの勤務だった。彼は責任者なので、通常は午前9時から午後2時までと、夕方5時から夜9時が勤務時間だった。しかし、前日に社員の一人が体調を悪くして仕事が出来なかったので、彼は、その社員の分まで仕事をしなければならなかった。そこで、朝の9時から夜の11時30分まで勤務があったが、たまたま予約の宿泊客が少なかったので、その日は午前中の勤務は免除して、午後の2時半から出勤予定だった。ところが3時半になっても彼の姿が見えないので、心配になって寮の部屋を覗くと、クーラーのガンガンに聞いた部屋で彼が寝ていた。
「何ですか!この部屋の温度は16度ではありませんか、将徳理!起きなさい」
私の怒鳴り声も聞こえないほど彼は熟睡をしていた。身体を揺すっても動かない。心配になり、口元で息を確かめようとした時、お酒の匂いがプンプン匂って来た。こんな明るい時間に、お酒を飲んで仕事時間も忘れて、寝ているのだった。おまけにクーラーで寒いらしく布団に包まっていた。
「バケツに水を入れてここへ持って来て!」
私が大声を出していても、彼はまだ起きなかった。社員がバケツに水を入れて持って来た。私は、水の入ったバケツを将徳理の近くへ運び、布団をめくり、彼の頭の上から一気に水を掛けてやった。寒い部屋で水を掛けられれば誰でも目覚める。びっくりした彼は、夢でも見ているのではないかといった感じで呆然としていた。そして、冷たくなった身体をガタガタ震わせながら、
「どうしたのですか?」
と寝ぼけた声を出した。
「何を喋っているの!何時なのか自分でわかっているの!」
その様子を見ていた他の社員も笑いながら、
「あぁ、びっくりしたね。ママ、怖い!」
と、言いながら逃げて行った。今回の件は、直ぐ社内中に広がって社員たちは大喜びだった。
「ママって、すごいわよ!本当の親よりも怖いのだから。私たちも気をつけなくては同じことになるわよ」
そんな会話が私の耳にも聞こえてきた。だから社内会議の折に、釘を刺してやった。
「いいですか、私は冗談も言いますが本気でやることも多いですから、皆さん気をつけて下さいよ」
というと、社員たちは一斉に緊張した様子だったが、理解はしてくれたようだった。
水を掛けられた張本人の将徳理だが、直ぐに謝れば注意だけで済んだはずなのに、仕事の前にお酒を飲んだことに対してくだくだ弁解を言い出し、また私を怒らせた。
「昨日の夜に、友達と飲みすぎてしまいました」
この言葉を聞いた瞬間、私の手は彼の頬をめがけて飛びそうだった。我慢をして彼の言い分を聞くことにして
「将徳理!それで?何が言いたいの」と
言うと、私の言葉を聞いた彼は、笑みを浮かべて、
「すみません」
と日本語で答えた。この問題を許せば他の社員たちに示しがつかない。
「将徳理!いいですか、私はお酒のことなど聞きたくないです。もっと、大切なことを言わなければいけないでしょう」
と、少し手加減をして、彼の口から出る言葉を待った。彼は暫く無言だったが、やっと気がつき、
「わかりました。ママ、私が仕事時間になっても寝ていたことです。責任者なのに自分のしたことは大変なことでした。許してください、お願いします」
やっと、彼も理解が出来たようだった。
「将徳理、やっと気が付いたようですね。では、この罪はどのように罰すれば良いですか?あなた自身が考えなさい」
私も冷静になって、暫く考える時間を与えた。
「ママが決めて下さい。私の考えは、辞めることしか思いつきません。でも、ここで働きたいです」
という、彼の真剣な目と直立不動の態度を見て、
「わかりました。では、あなたは会社を辞めるか、私に殴られるか、どちらがいいですか」
と言った。この言葉を聞いて、他の社員たちは目を白黒させて驚いていた。彼は私に殴られることを選んだ。
「では今から、あなたの希望を叶えましょう。あなたは軍隊出身ですから、殴られる事には慣れているでしょけれど、私の本音は違います」
彼は直立不動のまま動かなかった。そして、私は、私は彼と社員たちに、
「人が人を殴るのは良いことではありません。しかし、殴られるよりも殴る方が辛いということも理解して下さい。お互い痛みを忘れず頑張りましょう」
と言った瞬間、
「バッシーン!」
と、一発平手打ちをした私だった。
社員たちは緊張した様子だったが、その光景を黙って見ていた。将徳理は、私に平手打ちをされた後、
「謝謝、ママ!」
と言って深く頭を下げた。本当は、平手打ちではなく握りこぶしで殴られると思っていたらしい。
「ママ、どうして握りこぶしで殴らなかったのですか。私は覚悟をしていました。解雇されるよりも殴られたほうが幸せです。もう一度、殴って下さい」
と言った。そんなことを言われるとは夢にも思わなかったので、
「先ほどから私の手はしびれているのに、また殴ったら今度は私の指が折れるじゃないの」
と冗談を言った。社員たちは、私の言葉にホッしたのか笑い出してしまった。そして、全員が大笑いをして将徳理の件は終了となった。
しかし彼については、まだまだこの件だけでは終わらなかった。ならば解雇をしても良いのだが、私は簡単に社員を解雇したくなかった。解雇して次の社員を入れたとしても、一致団結して業務が出来るとは思えないからだ。それは、このホテルが家族経営の小さな民宿のようだからかもしれない。そして、今までも家族的な雰囲気が客にも喜ばれていたのだから、社員の入れ替えはしたくなかった。辞めさせるのではなく、社員を自分の子供と思って育て、私がいなくなっても独り立ちをして自分の足で歩いてほしいと思った。今思えば、「彼等が、どこの会社に行っても立派に仕事が出来る子供になってほしい」それが私の願いだったような気がする。将徳理は、そんな私の気持ちを理解してくれていると信じていた。だから、何があっても解雇はしなかったのだ。