私が見た南国の星 第1集「蛍と夜空」⑭
春節、ホテル満室、トラブル発生か?と思いましたが、無事に終わったようです。中国の一番大切な行事にもホテル勤めの人は家に帰れないんですね。従業員の方は春節が終わればおうちに帰れますが、野村さんは休みもなく、ずっとお仕事で大変そうです。
春節休暇
私の休暇は病気をした時だけだ。もしも、病気になっても、代理がいないのだから、病気になるわけにもいかない。
「お姉さん、身体には気をつけて下さい」
と、優しく言ってくれる人は、いつも馮さんだけだった。彼女の入社条件では、一ヶ月に8日間の休暇を取って家へ帰ることになっていた。それが気になっていたので、彼女に声を掛けた。
「馮さん、まだ休暇を取っていないでしょ、春節も近いし家に帰って下さい」
本当は困るのだが、条件の約束は守らなければならないと思っていた。しかし、彼女は、
「大丈夫です。今は忙しいから春節が終わってから休暇を下さい」
と気を遣ってくれた。その言葉は嬉しかったのだが、甘えてはいけないと思い、彼女に再び春節には休暇を取るように言った。この件については、彼女のご主人も理解してくれているとの事だったので、今年の春節は一緒に仕事をしてもらう事になった。
社員たちも春節は全員仕事をする事になっている。ホテルとういうサービス業をちゃんと理解をしてくれたようだ。春節の予約は連日満室のため、全員が協力をして頑張らなければならない。
保安係りの補充も出来、会計係の準備も出来て少し落ち着くことができた。しかし、ただ一つだけ心配なことがあった。ホテルのオープン時からフロントで働いてくれていた有能な管理者が、昨年辞めてしまったので、春節期間に問題が起きたときに上手く対処できるかという心配だった。
退職した管理者は女性だった。このホテルへ入社する前は旅行会社で働いていたので接客は本当に上手だった。龍氏が勤務をしていた時、別の女子社員とトラブルの日々が続き、龍氏に注意されたのがきっかけで退職をした。頭の回転も早く、このホテルでは大切な人材だった。私も退職を思い留まるようにと説得を続けたのだが、
「ママごめんなさい。私は龍さんにも失望をしました。そして龍さんの下で働く事は我慢が出来ません。お世話になりました。感謝を忘れません」
という言葉を残して辞めていった。私がこのホテルへ来た初日から親切に身の回りの事を気遣ってくれた彼女だったが、龍氏以外にも、レストラン責任者とも気が合わなかったので、辞める決意したのだろう。彼女は社長が信頼をしていた女性だったが私の力が及ばなかった。
春節を終えて
初めて経験した春節の大型連休は何事もなく終わり、社員たちが順番に休暇をとって家路へと向かう姿を微笑ましい気持ちで、見送ることができた。
馮さんも今年の春節は、海口市の自宅にも帰らず頑張ってくれた。
「馮さん、春節の間は本当にご苦労様でした。感謝しています。ありがとう!」
と言った私に、彼女は嫌な顔も見せず笑顔で答えてくれた。
「お姉さんこそ、お疲れ様でした。春節に仕事をするのは当然ですから心配しないで下さい」
と言われて、心苦しさと嬉しさが込み上げてきた。そして、私は彼女にこれからもずっと、この私の側で働いてくれる事を願った。
春節が終わると何処のホテルも暇な日が続き、やがて馮さんも海口市の自宅へ帰る事になった。休暇は四日間だった。自分がいないと、私の業務に支障があると判断してくれ、短い休暇を承知してくれた。本当なら1週間は休ませてあげたかったのだが、間もなく確定申告の準備に追われるため仕方がなかった。
馮さんが留守の間は寂しい日々だったが、私の事が心配なのか毎日電話をくれた。彼女の優しさと明るさはかけがえのないものだと思っている。
数日後、彼女が戻る日がやってきた。朝から何だか嬉しくて、仕事も手につかなくて、私は時計ばかりを見ていた。
「呉師、今日は馮さんが帰ってきますからバス停まで迎えに行きましょう」って声を掛けた。すると彼は、
「ママ、嬉しいですか」
と、ニヤニヤしながら、変な発音の日本語で言った。
「はい、そうですよ」
負けずに言い返した私の顔を見て、何か言いたそうな彼だった。
バスが海口市からこの町へ到着する時間は午後3時半と聞いていたので、今日の仕事は予定を繰り上げた。ちょうど3時になり、会社の車で出掛けようと思った時だった。私に電話が掛ってきた。「せっかく出掛けるはずだったのに」と思いながら、少し不快な気持ちで電話に出た。
「お待たせ致しました」
と電話を撮った時は、すでに3時10分を過ぎていた。呉師は私に電話が掛かった事を知っているので、運転席に座って待っていた。気になりながらも電話の相手が日本人客の予約だから切る事も出来なかった。
「ちょっと、お待ちいただけないでしょうか」
と言って、
「呉師!一人で迎えに行って下さい」
と、大声を出したのが電話の向こうへ聞こえてしまったようで、
「すみません、お忙しいようですから後で掛け直しましょうか」
と言われてしまった。
「いいえ、雑用事ですから」
と答えたのだが、内心は落ち着かない気持ちだった。勤務中に責任者が社員を迎えに行くのは道理が叶っていないのだから、馮さんも理解をしてくれるはずと思い、予約の電話に神経を集中させた。予約客は大陸の「深圳」という大都市にある日本企業の方だった。この都市は香港から程近い地区なので、以前から経済発展が最も早く都市の財政も豊かだと聞いていた。この予約電話をいただいた方は三十代前後の若い男性だった。海口市にある日本企業の方からの紹介だとおっしゃっていたが、丁寧な言葉でとても感じが良い方だった。宿泊日や人数などを確認してメモを取りながら楽しくなった。日本人客の宿泊に関しては神経を使うのだが、日本語で会話が出来る事が何よりも嬉しい。そして、中国人客と違い宿泊や食事などの金額を「値引きしてほしい」と言われないのがよりいい。
日本のホテルでは、宿泊金額の値引きを口に出す事は恥ずかしいと思われているが、中国では当たり前のように言ってくる。もちろん中国人が大半なのだが、中には中国で長期滞在の日本人の方もいる。言われる度に「私は絶対、こんな恥ずかしい事は言わない」と決めていたのに、今では私も自然に値引き交渉を口にしてしまっている。習慣とは怖いのものだが、中国で生活をするには値引き交渉も必要な事だと知った。なぜならば、最初から高い値段をつけて相手と交渉をするのが中国の習慣だということが分ってきたからだ。商売の駆け引きと同じで、ホテルだけではなく、歯の治療とか、タクシーの料金も交渉次第なのだから考えれば面白い国なのだ。