私が見た南国の星 第2集「苦しみを乗り越えて」②
さあ、第2集が始まりました。今回は、怪しい人物が登場しますよ。七仙嶺の温泉ホテルをめぐる闘いの始まりです。
「鄭氏とN氏」のこと
日本と中国の間には戦争の悲惨な傷跡が今でも残っている。
1972年、日本で札幌の冬季オリンピックが開催された。そして、その年、日中国交回復のニュースが流れた。その頃から日中友好と言う言葉が飛び交い、相互の国の平和と発展のために「日中友好会」の方々が努力をされてきた。
社長に投資話を持ちかけてきた人物も、そのような組織の中の一人だった。彼は、社長を始め役員や私と同じ愛知県出身だった。いまでも、この海南島では彼の名前は政府関係者や旅行会社で知られているが、本当の彼の人間性まで知る人は誰もいなかった。社長や役員たちは彼を信頼して全てを任せていたそうだ。しかし、蓋を開けてみると彼は大変なくわせものだった。数年間に渡り社長と他の役員を騙し、中国人を利用して金銭の着服をしていたと聞いている。このホテルの隣には別のホテルが建てられているが、建設に当たりこの二つのホテルは同時進行をして施工されていた。社長たちはまさか彼がそのホテルにも関与しているとは夢にも思っていなかったそうだ。
隣のホテルとは、はじめはお互いが往来できるように境界線もなかったとの事だった。この日中友好組織の人物「N氏」については、社長からも事情説明があった。彼の父親は以前、国会議員だったと聞いているが、私は「どんな人物なのか、会うことができたら、不明な点を追求したい」と、怒りに燃えていた。
2000年から龍氏が調査をしていた隣のホテルの総責任者は鄭氏といい、流暢な日本語を話すとても穏やかな雰囲気の中国人だった。だから、この総責任者も以前は社長に信頼されて、このホテルの管理者として任されていた。彼は以前、日本で生活をしていたので龍氏よりは日本語も堪能で、私も2000年には3回ほど話をした事があった。まだ、あの頃は龍氏も私の直属の部下だったので、隣のホテルの総責任者とのトラブルも鮮明な記憶が残っている。その責任者は北京出身で、頭の回転の速い人物だと河本氏からも伺っていた。最初に会った時は、彼はとても印象のよい人だと思った。しかし、今思えば、N氏と共に初めから社長を騙す計画をしていたのだろう。
あれは確か、龍氏が在任していた頃だった。午後四時、私が事務所で仕事をしていると、フロント社員の黄秋梅が私を呼びに来た。
「ママ、隣の鄭さんが来ました。ママに会いたいそうです」
緊張した顔だった。
「鄭さん?誰ですか」
と尋ねてみると、彼女は隣のホテルを指さしている。
「あぁ、そう彼が来たのですね」
私には好都合だった。黄秋梅は彼の下で働いていたことがあるので、以前からの事情を知っている。だから、怖くなったのだろう。鄭氏が私を訪ねてくるとは思いもよらぬ出来事なので、「何か目的でもあるのでは」と考えながら、私は彼が待っているロビーへと向かった。
彼は椅子に座り社員と笑顔で会話をしていた。私に気づいた彼は直ぐ立ち上がり、笑顔で話しかけてきた。
「はじめまして、私は以前このホテルで総支配人をしていました。あなたの噂を耳にして今回はご挨拶に参りました。これからも仲良くお付き合いをお願いします」
本当に丁寧な挨拶だった。
「私こそ、ご挨拶にもお伺いせずに申し訳ございません。あなたのお名前は本社から伺っていましたので、一度お会いしたいと思っていました」
私も精一杯の笑顔で挨拶をした。しかし、私の心の中では「なるほど、この人が噂の鄭氏なのだ」と、暗闇の道案内をするコウモリを見る思いだった。そして、このような雰囲気と丁寧な言葉使いでは、どのような日本人からも好感を持たれるに違いないと思った。鄭氏は、私がこの海南島に来た理由が知りたかったのだろう。だから、笑顔を振りまき私に対して愛想を言ったのだろう。
「いかがですか、ここの生活は慣れましたか。私は日本女性が、こんな田舎の小さな町で生活をされるとは思いませんでした。ましてこの温泉地は何もない山奥の中にあります。 あなたは凄い方のようですね」
遠まわしな、奥歯に物が挟まったような物言いが気に障った。
「そうですか、私はそんなに凄い女でしょうか?まだ、この島の環境には慣れませんから、いつ日本へ戻ってしまうか自分でもわかりません。あなたにはこのホテルの事についてお聞きしたい事もありますので、次回は是非、宜しくご指導下さいね」
と、私自身も彼の顔色を伺いながらお返しした。その光景を思い出すと、まさに「狐と狸」の化かし合いだった。しかし、彼は大変おとなしい人物と感じた私は、この人はとても社長を騙す事など無理だと思った。
ところが、私の考えは甘かったようだ。彼は自分の口から少しずつ以前の事を話し始めて三十分くらい経った時、ロビーの通路から小刻みに歩く人影が見えた。「あぁ、来ないでほしい!あの歩き方は孫悟空に違いない」と一瞬息が詰った。やはり龍氏だった。
「こんにちは、鄭さん!お久しぶりです。お元気ですか」
彼はふざけた調子で挨拶をした。その時の鄭氏は、やはり気分が悪くなったのか不機嫌そうな顔つきに変わった。
「あなたは、まだこのホテルで働いていらっしゃったのですね。てっきり辞めて海口市へ戻ったと思っていましたよ」
という皮肉が龍氏にもわかったようだった。
「僕がいない方が都合いいですか」
と、龍氏も負けてはいなかった。そして、鄭氏からはこんな言葉が出てきた。
「私は、このリゾートホテルが出来る前から開発のために努力をしてきました。しかし、あなたの社長からは誤解をされて残念でなりません。私は本当に頑張って来たのですが、認めてもらえなかったため辞めたのです。そのうち、あなた方も私と同じ立場になられると思いますよ」
彼は、きっと弁解をしたかったのだろう。私はとりあえず彼の言い分を聞く事にした。ところが、龍氏も黙って聞く事が出来ず、突然変な事を口走った。
「鄭さん、あなたが辞めてから僕は本当に苦労をしていますよ!どうしてなのかは鄭さんが一番わかっているでしょう」
と言い出したのだ。そんな龍氏を見て私は眼から火が出そうだった。
「この猿は喧嘩をしかけている」と、とっさに思った私は話題を変えようと頑張ってみたが、間に合わなかった。鄭氏も馬鹿ではないので、龍氏に対する言葉が強い口調になった。
「龍さん、あなたは、この少数民族の村人を怒らせたらどうなるのか知っていますか。私に何が言いたいのですか。言いたい事があれば、はっきり言って下さい。でも、その後あなたはどうなってもいいのですか」
まるで暴力団の強迫のようだった。私は二人の会話に終止符を打たなければいけないと考え、
「せっかくご挨拶を言いに来られたのに申し訳ございません。龍さんも興奮をしないで下さい」
と言うしかなかった。鄭氏は不機嫌そうに見えたが、
「私は、とりあえず失礼します。また、お会いしましょう」という一言を残して隣のホテルへと戻って行った。