[ショートショート]嘘と涙と
そうだね。迷惑だ。君のような汚い人が嫌いなんだ。
あれから3年経った。
それでもまだ、夢に見て、目が覚めることがある。
多分、私は忘れることはできないのだと思う。
だって、本当に汚ないやつだって、当時はわからなかったけど。
今はよくわかるから。
兄さんがなんとかっていう全国大会に出るということで、家族総出で応援に行くことになった。
家の近所にあった何とかって流派の小さな空手道場だったんだけど、兄さんはメキメキと頭角を現し、小さな地区では負けなしの存在。
興味はないし、痛そうだし。1日潰れるし。
途中で抜け出す算段を考えはじめ、ママにジュースを買ってくるといって一人になった。
ざわざわと声が響く。
家族で来ているのに、世界で独りぼっちになった気分だ。
ふいに涙がこぼれ、嗚咽が止まらなくなる。
それでも私を抱きしめてくれるパパやママはいない。
だってパパもママも、私より兄さんが好きだから。
みじめな気持ちがどんどん強くなって、立っていられなくなる。
「大・・・かい?」
「ね・・・き・・・・大丈・・?」
誰かが何か言ってる。
両肩に手を置かれ、はっと顔を上げる。
「大丈夫かい?」
と涼やかな声と、兄さんとは違う優しい笑顔がそこにあった。
「大丈夫かい?気分が悪いなら医務室までついていくよ?」
栗色のさらさらした髪が揺れる。私の手を温かな手が握ってくれた。
たった、この一瞬で恋に落ちたんだと思う。
それから、なんとか私を見て欲しいと、頑張った。
兄さんと同じく大学生。
高校生の私が、大学生を振り向かせる方法なんてわからない。
だから、同じ大学に行けるように、嫌いだった勉強も頑張った。
それもこれも振り向いてもらいたい。
ただそれだけのために。
デートというにはおこがましいけど。
日曜日には無理矢理、誘って出かけたりもした。
私の好意に気づいているのかいないのか?
決してそれに応えようとはしないし、かといって利用しようとすることもなかったけど。
完璧で、完全な、勝手な私の片思い。
負担になっていたというより、元から視線に入ってなかったんだって気が付いたのは、出会ってから半年ほどたった頃。
好きな人がいることを知った。
くしくも、バレンタイン。
私の世界からすべての色を奪うには十分で、世界を無味無臭の世界に変えた。
だから私は、一番目立たない感じのオタクっぽいクラスメートに、持っていたチョコをあげた。
誰でもよかった。
誰でもよかったけど、できるだけ自分を貶めて、もっとみじめな気持ちになって不幸まみれになれば、空手の全国大会のときのように、もう一度、私を助けてくれるのではないか?
なんて妄想してしまったんだ。
そして、その日の帰り。
好きでもない人に、バレンタインチョコを渡したことを伝えた。
もしかすると「君の気持ちに答えなくてごめん。」なんて言ってくれるかな?
って淡い期待をもって。
しかし現実は、非情。
いや。違う。
これが真実なんだ。
話しの途中で、温かく、優しかった目は急激に温度を失い、まるでゴミを見るような目になった。
「ごめん。こんな話し、迷惑だったかな?」
「そうだね。迷惑だ。君のような汚い人が嫌いなんだ。」
そのあとも色々と言われた気もしたし、何も言わせてないかもしれない。
ただ、なにも覚えていない。
私はバレンタインチョコをあげたクラスメートに連絡した。
土曜日、出かけよう?って。
きっと簡単に、私をめちゃくちゃにしてくれるだろう。
精神的にも。
肉体的にも。
惨めにしてくれるだろう。
きっと、もっと不幸な事態になれば。
きっと、もっと辛い現実になれば。
駆け付けてくれる。
だって、あの人は私のヒーローなんだから。
だからお願い。
本当に壊れる前に。
私を助けに来てください。
不幸なのは嫌です。
辛いのも、嫌です。
冷めた唇に流れた一滴の涙の温もりが
終わらない夢であること。
現実であることを私に告げていた。