[ショートショート]ハチミツ味の天使
「あなたは本当によく泣くわね」
小さかった私は反抗心から、強くなりたいと習い事に行くことを母にねだった。
見知らぬ父の遺伝が強かったのか、線が細く筋肉が付きにくい体。
ずっと、鍛えてはいたけど次第に違和感を感じ始めた。
そして。
中学生になって。性の顕現が私のトリガーとなった。
息苦しいマスクをつけたような毎日。原因がわかっても解決の方法が見いだせず。相談相手も見つからないまま。
父が生きていれば少しは違ったのかもしれない。
母に心配をかけたくない気持ちと、母にしか打ち明けられないという気持ち。
せめぎあいが続き数年が経った。
「お母さんはね、子供と一緒におしゃれして、ランチして。親子なんですか?って驚かれたかったの。だから、美容に気を付けてきたわ。わかる?それをずっと、あなたは嫌がっていた。でも、愛さないはずがないわ。お父さんがなくなったあとも、お母さんは、あなたを応援してきたのはわかるよね?これってきっと奇跡なの。あなたは天使なの。天使が目覚めたの」
嬉しかった。
歪んだ愛情かもしれない。
歪んだ所有欲かもしれない。
それでも、母が私を愛して、認めてくれていることで、心が楽になった。
心が楽になると、視野が広くなる。第三者のように、リラックスして脱力すると余裕が生まれた。
そして、私はその人に出会った。
その人は私よりも年下だったけど、実に優麗だった。
所作の一つ、動作の一つが洗練され、私に対しても誰に対しても真摯に、礼儀を忘れない人だった。
「いや素晴らしかった。また君に会えることを楽しみにしているよ」
そう言ってはにかんだ笑顔をみて、仮の姿のまま私は答えた。
「ありがとう。君さえよければ友達になってほしい」
その人は快諾してくれた。
そしてまた、一つの不安を心に積もらせてしまう。
本当の私を知ったとき、その人はどんな反応をするのだろう?
すべてを受け止めてほしい希望と、嫌われるのでは?と恐怖する。悶々とした日々を過ごし続けた。
「なにを言ってるの?あなたは天使なのよ?自信を持ちなさい。ほら、みて。この服。あなたに着せてあげたいと思って買っておいたの。勝負服じゃなけいけど、これを着て、勇気をもって会いに行きなさい。そして直接話してごらんなさい。」
母が選んだ服は、私を飾り立てた。
伝えよう。どうせ、あの人に会えるのも3月まで。
「や、やぁ」
「・・・」
「私だよ。私。」
「あ?あぁ。君か。すまない。いつもと雰囲気が違うから、驚いただけだ」
「そう?どうかな?」
「いいんじゃないか?俺にはよくわからない分野だからね」
遊びに行くときは私の家に来ていたため、初めて部屋に入った。
質素で、机とベッド。ダンベルしかない部屋だった。
らしいといえば、らしい。
「・・・折り入って、頼みがあるんだ」
「君が俺にかい?」
「うん」
無意識に髪をかき上げてしまうクセ。
不安なんだ。
栗色の髪がサラサラと音をたてる。
「私を抱いてくれないか?」
「・・・」
沈黙が重たい。
水気の多い雪のように、ぼたりぼたりと心に不安を積もらせる。
「その、抱くといっても抱擁でいいんだ」
「・・・」
「その。やましい気持ちじゃないんだが、私はいつの間にか君が好きになっていたようで。でも、その・・・」
後半は声にならなくなってしまった。
あぁ。やっぱりか。
君もそうなんじゃないか?って思いながらも、もしかすると違うかもしれない。と一縷の望みをかけていたんだけど。
「ありがとう。その気持ちは非常に嬉しい。しかし俺には付き合ってる人がいるんだ。その人のためにも、君を友達以上の気持ちで抱きしめてやることはできない。ただ、友達としてなら抱きしめてやることはできる」
あぁ。出会ったときと同じで、優雅な笑顔だった。
ごめん、ありがとう。友達として、お願いしていいかな?
無言で私を抱き寄せる。
メイド服に包まれた私を抱き寄せる。
君は、私よりも年下なのに・・・
君の、分厚く引き締まった胸板に顔をうずめて抱きしめられる。
計らずして、涙がこぼれてしまった。
「なぁ、失恋しちゃったよ」
「そうか・・・」
「私じゃダメなのか?」
「そうだな・・・」
「それは・・・」
「いや、違う。さっきも言った通り、俺には心を決めた人がいる」
「お願いだ。たった一度でいい。傷ついた友人を救うための人工呼吸と思ってくれ。お願いだ。私にキスをしてくれないか?お願いだ・・・お願いだよ・・・お願いします・・・」
後半、声にならない声になり、ボロボロと後から後から涙が溢れてくる。
「すまない。慰めてやりたいが。これ以上、一緒にいたら君はエスカレートしそうだから、お引き取り願うよ」
私を抱きしめていた腕がほどける。
ぬくもりが消えてしまう。
私を抱きしめてくれた腕が胸板が永遠になくなってしまう。
メイクも顔もぐしゃぐしゃになり、私は玄関へと促される。
そう、私の恋愛は終わったんだ。
この玄関を出ると、二度と君に会うことはできないだろう。
君はこんな私を許すかもしれないが、私は君に合わせる顔がなくなってしまった。
靴を履き、私は君に向き直る。
「取り乱して、すまなかった」
「・・・ああ」
「君はもう少し、砕けた言葉を使うといい。今のままだと王子様すぎる」
「・・・そうか」
「まだ、高校生なんだ。もっとゲームでもやってみたらどうだ?」
「・・・わかった」
この会話で、少し、君は私を許したのかもしれない。
腕を伸ばせば届く距離に入った私を警戒せずに温かく見守っている。
だから。
私は力の限りを込めて、君の頭をつかみ
君の唇を貪った。
さようなら、愛しい人。
甘いはちみつのような時間をありがとう。