Rain
たった1回の、ほんの数十分のキスとセックスで舞い上がってたあの日のあたしはきっと誰よりも可愛くて幸せだった。
もう一週間も連絡を取ってないのに、かける言葉も会う口実も見つけられないあたしはきっともうあなたのことを好きじゃない。
ずっとあなたにはあたしだけの男でいてほしかったのに、そうじゃなかったから。
目の下の笑い皺が深くなるほどにっこり笑って話しかけるのも、いつも一緒に歌う曲も、お酒を飲んで一緒に帰るのも、きっとあたしだけじゃなかった。
だってあなた格好いいもの。そりゃそうよね。
あたしじゃなくてもよかったのよね。
わかってたけどね。
それでも泣けなくて、わがままにもなれないあたしはやっぱりあなただけの女にはなれないのかしら。
もしあたしが泣いてしがみついたら、付き合ってよって詰め寄ってたら、あなたはどうした?
なんてこと考えても意味ないのにね。
始まってすらないのに終わってしまったこの恋はどこに片付けたらいい?
ただの一度も好きって言わなかったあなたはこの先誰と笑いあって生きていくの?
あたしはあたしが大事だけど、同じくらい、いやそれ以上にあなたが大事で、あなたにもそう思っててほしかったの。
求められたかった。この人はあたしが好きなんだって自信が欲しかった。あたしだけが特別って思わせてほしかった。
そのためならなんでもするのに。
つまんない飲み会でも、全然好きじゃない映画でも、眠たい夜でも、あなたになら喜んで付き合うのに。
あなたに会うためだけに服を選んで髪を巻いて化粧して、走って行くのに。
あたしなら、あなたを裏切ったりしないのに。
あなたにはあたしがわからなかったのね。
あたしがあなたをわからないみたいに。
一人でご飯を食べるのが寂しい夜や、眠るときに隣に寄り添う誰かを欲するときに、いてほしいのはあたしじゃなかったのね。
ていうか、誰でも良かったんでしょう。
あたしがあなたに惚れたのが負け。
嫌われたくない思ってしまった方の負け。
あたしはまだ若いから、これから誰とでも付き合えるしどんなことでもできる。
どこにでも行けるけど、あたしはあなたの隣にいたかったんだよ。
本当に、ちゃんと、あなたが好きだったのよ。
でもあたしだけを見てくれない男なんてあたしの人生にいらないから、そんな男にあたしはもったいないから、縋ったりなんかしない。
あなたのことをずっとうっすら好きなままで他の男に笑いかけて生きてくわ。
それを未練って言うなら、あたしは未練まみれの可哀想で可愛らしいままでいい。
あなたを好きになったことは決して間違いじゃない。後悔なんてしない。
でもほんのちょっと悔しい。
あたしの魅力にあなたが気付かなかったことも、好きな人にすら自分をすべてさらけ出せなかったプライドの高さも。
最後に一度だけ食事に行きましょう。
今まであなたに見せたどんな顔より可愛いあたしを見せつけてあげる。そんでもって一生忘れられない女になってやる。
人ってね、手に入れてしまったものより手に入らなかったもののほうが覚えてるものなの。
だからお互いに手に入れられないままでさよならするの。そして一生あたしを覚えていて。
そういう呪いをかけさせて。
いつまでも止まない夏の終わりの雨のようにあなたにあたしからの愛が降り注ぎますように。