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結局やり抜く力と知能はどちらが重要なのか?

かれこれ1ヶ月半ほど前。
私のTwitterタイムラインに興味深い論文が流れてきました。

Grit(グリット)といえば数年前に

「やり抜く力」

という本が出て以来流行っている非認知能力のひとつです。

雑にザクっと要約すると【成功するために大切なのは、優れた資質よりも「情熱」と「粘り強さ」、すなわち「グリット(GRIT)」=「やり抜く力」なのです】と主張する本で、学力重視の教育に一石を投じ、日本でもベストセラーになりました。

その流れに「ちょっと待ったー!みんなグリットばっかり取り上げすぎじゃない?」と待ったをかけたのが、こちらの論文です。

タイトル:In a Representative Sample Grit Has a Negligible Effect on Educational and Economic Success Compared to Intelligence

著者:Chen Zissman and Yoav Ganzach
掲載:Social Psychological and Personality Science
発表:2020年

日本語にすると「代表的なサンプルにおいて、グリットが教育的・経済的成功に与える影響は、知能に比べてごくわずかである」という衝撃的なタイトルです。

「えぇー?!やっぱり知能が大事なの?グリットは必要ない?」と感じてしまいそうなので、簡単に結論と感じたことをまとめます。

*研究手法

この論文で使用したデータは、米国労働省の労働統計局が主催する大規模な全国代表的縦断プロジェクトである「全米青少年縦断調査(NLSY97)」の1997年のコホートから抽出したもので、1980年から1984年に生まれた8,984人の米国の青少年を対象としています。
1997年に12〜17歳だった人が対象で、これまでに17回調査され、現在は隔年でインタビューが実施されているそうです。第17ラウンドの全体的な継続率は79%となっています。(8,984人の79%=7,097人が直近の回答者だと思います)

知性の測定は1999年、グリットの測定は2013年、成功の測定は2015年に実施されたものです。
したがって、知能は調査対象者が15歳から19歳のときに、グリットは29歳から34歳のときに、教育的な成功および経済的な成功は31歳から36歳のときに測定されました。

*分析方法

グリット、知能、ビッグファイブ性格特性(主要5因子)を比較

追記:知能の測定方法→米国陸軍が使用している標準的な知能測定法であるArmed Forces Qualifying Test(AFQT)の被験者のテストスコアから算出。AFQTは1999年に実施され、7,098人の被験者が受験しました。NLSYにおけるAFQTのスコアは、算術推論、段落理解、単語知識、数学知識の4つのテストの標準化されたスコアの合計であり、一般人口に対するパーセンタイルスコアとして表されています。

アウトプットについて
教育的成功の尺度→学校GPAと学位取得
経済的成功の尺度→雇用市場での成功(給与)

参考:ビッグファイブ性格特性
人の個性を5つの因子によって分類するというもの
①外向性(社交性) Extroversion
②開放性 Openness
③協調性 Agreeableness
④誠実性 Conscientiousness
⑤情緒安定性 Emotion stability


*結果と考察


この研究では、アメリカ人の代表的なサンプルにおいて、教育的成功のために知能はグリットの48〜90倍効果があり、経済的成功のために知能はグリットの13倍効果があると結論付けています。そして、グリットの効果よりも誠実性の効果の方が大きい(ただし2倍)としています。

先行研究と比較してこの研究でみられたグリットの効果が弱いのは、この研究のサンプルが先行研究で用いられたタイプのある特定の母集団におけるサンプルではなく、代表サンプルであることが主な原因であると考えられています。

グリッドの先行研究では、社会的経済的が均質な母集団(テクノロジー企業の従業員や陸軍士官学校の幹部候補生など)が選ばれていました。

社会的経済的背景(SEB)と知能には強い関係があることから(Strenze, 2007)、おそらくこれらのサンプルの人々は知能的にもあまり差がない集団であったため、グリットの効果が知能の効果よりも強いことが判明したのではないか?とこの論文では推察しています。

最後のまとめとして「この結果は代表的なサンプルにおいて、グリットが成功を予測する上で無視できる効果を持つことを示唆しているにもかかわらず、この無視できる効果は、必ずしもグリットが常に使えないことを意味するものではない。私たちの結果が示すように、同質的なサンプルにおけるグリットの効果は、代表的なサンプルにおける効果よりも高い傾向がある。」と述べています。

つまり、経済的社会的背景が近い同質性の高い集団においては、グリットが差別化に有効であるということです。

「グリットの概念に関心のある研究者は、グリットが有用となる条件を特定することに今後の研究の焦点を当てることができるだろう。」と論文は締め括られています。

*コメント
冒頭の「で、結局、知能とグリットどっちが重要なの?」という疑問に対して、この研究だけでは結論が出ないということがわかりました。(なんじゃーい!)

基本的には知能が重要だし、top of topを目指すならグリットも必要。そして誠実性もお忘れなく!

この一言に尽きるのではないかというのが正直なところです。

さて、この論文で用いられたデータのおもしろいところは、知能とグリットの測定時期がズレているというところだと思います。

知能は調査対象者が15歳から19歳のときに、グリットは29歳から34歳のときに測定されています。

つまり、今回のデータで言えるのは、「ある時点での知能は将来のグリットを決めることと相関関係がない」ということです。

15〜19歳の間に知能を獲得するために、さらにその前の時点でのグリットは考慮されていません。他のビッグファイブ性格特性においても同様です。そこに相関関係がある可能性は否定されていません。

そういう点で、グリットと他の非認知能力、知能の関係性をさらに研究する必要性だけが明らかになったと言えるのかなと思います。

この調査結果1つで何か政策が変わるような大きなインパクトはなさそうですが、非認知能力のなかでもグリットだけが注目されていた近年の状況を冷静に振り返る良い機会にはなったと思います。
1つの非認知能力にフォーカスするのはやめましょうという示唆は得られたのかなと感じました。

※もし他の解釈や私はこう考えたということがあれば、ぜひコメント残していただけると嬉しいです。

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