土砂降りと晴れ女
夕方、激しい雷とともに雨が降り始めた。デイサービスから帰宅した娘が送迎車から降りて家に入った途端に。ギリギリセーフ。
不思議と娘を連れていて大雨でどうにもならなかった経験はあまりない。
私が思うに、娘は晴れ女なんじゃないか。
いや、雨は降るんやけど。今日なんか、土砂降りやったけども。
☔️
車椅子に乗りお供に医療機器も一緒に荷台に乗せている娘の雨の日のおでかけはなかなかに大変だ。濡れないように車椅子ごと大きなレインカバーがかけられる。
「カバーかけるよー!」
声をかけバサッと透明なカバーがかけられると娘はそれを手でぎゅうぎゅう押す。取って、と言っているのか、はたまたこれおもしろい、と言っているのか?聞いてみても答えはない。透明なカバーの中からみる景色はどんな風に見えているだろうか。
我が家の車は福祉車両とよばれる車で、後ろに伸縮するスロープがついていて、娘はそこから車椅子ごと車に乗り込む。
電動のウィンチで重たい車椅子がスロープをゆっくり上がっていき、娘が乗り込んだ後固定のためのベルトをフックで引っ掛けたりシートベルトをつけたりする。
雨の日はそうこうしているうちにビショビショになってしまう。私が。それを去年Twitterでぼやいたところカッパ買いなよ…とありがたいアドバイスをいただき、すぐ買った。カッパ。私の雨の日の防御力が上がった。
それ以来カッパの下は無事ですありがとうTwitter。(尚、もっと早く気付けよ、買えよ、というツッコミは受け付けます)
もう慣れたもので作業自体はサクサク進む。マンションの駐車場で毎日朝夕ガタガタやっていると近所の人達の目にもつくようで、
「おお…!車そんな風になってるんやなぁ!かっこええなぁ…!」
車の仕組みに興味津々の人
「毎日大変やなぁ」
労いの声をかけてくれる人
「わーママびっちゃびちゃやんか!!」
引くくらいずぶ濡れの私を心配して傘を差し出してくれる人
「なんか手伝うことないかー?荷物持つで!」
お手伝いを申し出てくれる人など、声をかけてくれる人もいる。
何年か前、娘を車に乗せ自宅駐車場に到着したタイミングで急なひどい夕立に遭った時のことだ。
生憎傘もカッパも雨具の一切を持っておらず、夕立だから暫く待てば止むだろう、と車の中で少し待つことにした。
「すごい雨やなぁ…」
打ち付ける雨で窓の外はよく見えず、雨音も相まって外の様子はよくわからなかった。
暫くすると誰かが窓をノックした。窓越しでは誰かわからず窓を開けると
「雨すごいから降りられへのちゃう!?傘持って迎えにきたよー!」
あ、同じマンションのいつも挨拶するあの人だ、とわかった。
「ええ…!わざわざこんな大雨の中!?ありがとうございます!なんでわかったんですか…!」
それまで挨拶を交わすくらいでゆっくりお話もしたこともなかったのに。
「たまたま車が入ってくるの見えたんやけど、なかなか降りてこーへんから困ってるんちゃうかと思って。ほら降りよ降りよ!手伝うし!」
当たり前のような顔をして、荷物持つわ!とか傘さすわ!とか言いながら私たちを助けてくれたおかげであれよあれよというまに娘は車から降ろされ、大して濡れもせずあっという間にマンションの中にもどることができた。
「濡れなくてよかったねー!またねー!」
にこにこ笑って颯爽と自分の家に戻って行ったその人は、それからもことあるごとに娘と私に声をかけてくれて助けてくれて、今もそれは続いている。
春からの自粛生活中には
「おやつ玄関先にひっかけといたから!」
「家にいる?ケーキ好き?」
「バームクーヘン食べる?」
などのLINEを入れては玄関先に嬉しい差し入れを置いて度々私を泣かせてくれて、今は一体どうやって恩返ししようかと考えているところだ。
あの日大雨の中助けてもらってから、しばらくして私は娘の車椅子ごとガバッとかぶせられるタイプのレインカバーを手に入れた。娘の防御力が上がった。
☂️
そしてまたある時、病院の駐車場で雨が降る中娘を車から降ろす準備をしていると
「大丈夫ですか!」
聞き覚えのない声に振り返ると思った通り見知らぬ人が自分の傘を私に差し出していて、ちょっとまってよ、それじゃあ自分が濡れてしまうではないか。
私はカッパを着ていたし、娘はバギーごとレインカバーにすっぽり守られているし、ありがとうございます大丈夫です、あなたこそ濡れてしまうからどうぞ傘を自分にさしてください、とお礼を言ってお見送りした。
その優しい人はこちらを気にして何度か振り返りながら去っていった。
🌈
娘は晴れ女だ。いや、
「天気がギリギリ持つ女」
もしくは
「どしゃぶりの雨が降ってるのに車の乗り降り時はなぜか止む女」
もしくは
「どこからともなく傘を持った人が現れる女」
の方がしっくり来る。
とか言いながら、どうにもならないくらいのバケツをひっくり返したような大雨に当たったこともあると思う。多分。あまり覚えていないけど。
助けてもらったこと、手を差し伸べてもらったこと、傘をさしてもらった優しい記憶が土砂降りでずぶ濡れの悲しい記憶を上書きしてくれる。
娘には病気もある。障害もある。大変なこともある。雨の日もある。
それでもなんとかなると思えるのは、傘を差してくれる人がいてくれることを知っているから。私がそうしてもらったように、娘がそうしてもらったように、私も誰かに傘を差したい。濡れたら暖かいタオルで包みこもう。
土砂降りも、止まない雨も、大丈夫。
娘は晴れ女だ。これからもきっと大丈夫。
いただいたサポートは娘の今に、未来に、同じように病気や障害を抱えて生きる子達の為に、大切に使わせていただきます。 そして娘の専属運転手の私の眠気覚ましのコンビニコーヒーを、稀にカフェラテにさせてください…