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この体と心で生きていく

「見た目は子供!頭脳は大人!」

娘は中学2年生、小学校卒業当時学校で受けた発達検査の結果は8ヶ月相当。国民的アニメの超有名な台詞のその真逆を地でいく娘は医療的ケアの必要な重症心身障害児だ。赤ちゃんの頃に持病の悪化急変で心肺停止に陥り後遺症で脳に大きなダメージを負い、障害と生きていくことになった。


理不尽にも限度というものがあるだろう?

難しい病気を抱えて生まれてすぐにNICUに入院し外の世界を知らないまま、辛い治療や何度もの手術を乗り越えてきた娘にまだこんなことがふりかかるのかと、神様なんていやしないくそったれ、と悪態をついた。


生まれた時に数ヶ月で命を落とすかもしれないと言われ、そして一度消えかけた命、いくつも手術痕のある体とズタズタの脳細胞を携え文字通り傷だらけで1歳を過ぎた頃やっと私たちのもとへ帰ってきてくれた愛しい娘は、もうすぐ14歳になる。


一般的には中2といえば、反抗期、思春期、からだも心も少しずつ大人に近づいていき、大人と子供の狭間で揺れ動く、眩しいお年頃。

でも、うるせえクソババァ!だの、私の服お父さんのパンツと一緒に洗濯せんといて!だの、歩くことも話すこともできない娘は、言わない。言えない。

そのかわりだろうか、起きたら外すことができるはずの呼吸器を、朝揺すっても何しても起きない為に外すことができずに一日中眠りこけて学校を休んだり、てんかん発作が増えたり、お年頃らしくおでこにニキビがぽつりとできたりしている。


娘は抱っこが好きだ。触れ合うことが大好きだ。

抱きしめれば、娘の隣に寝転んでおでことおでこをそっとくっつければ、手を握れば、にこにこ笑う。

世の中のオカン達が各家庭で中2の我が子をつかまえていきなり抱きしめてみたならば、きっと拒否されるに違いない。今の子達には反抗期がないとかいう話も聞くけれど、中2当時の私ならきっと、間違いなく拒否した。

「やめてよ!しつこいねん!」

…言った。何かにつけてこの言葉を、確かに言った。お父さん、お母さん、その節はごめんやで。反抗期やってん、思春期やってん、私。


そう、中2を抱っこする事は多分、一般的には、あまりないだろう。

ただ、体が不自由で言葉を持たない娘にはとても大切なコミュニケーションのひとつだ。そしてそれは、私にとっても大切なものなのだ。


でも、娘を発達段階相当の8ヶ月の赤ちゃん扱いしているのかというと、そういうわけでもなく。じゃあ14歳扱いして連立方程式や古文漢文や原子や分子について勉強させるかというとそうでもなく。では、わかっていないから話しかけないのかというと、そういうわけでもない。


私はとにかく娘によく話しかける。

「おはよう」

「さあ着替えよか」

「抱っこする?」

「さ、学校いこか!」

「わー、今日は雨降るかもやって!傘いると思う?」

「今日も学校楽しかった?友達みんな来てた?」


残念ながら返事が返ってきた事はないけれど、何か言いたそうに口を大きく開けてみたり、笑顔を返したりしてくれる。娘があまり触れられるのが好きではない鼻を触ったりすると、あまり動かせないはずの手を器用に驚く程的確に操り、そこそこの強パンチが飛んできたりする。

「痛い痛いやめて」

「こらこら痛いって…ちょっと、やめんかい…やめなさい!」

そうなるともうただの親子喧嘩である。

きっと人は「好き」のパワー同じくらい、「いや!」のパワーもすごいのだと、娘を見ていると、思う。


そして1日の終わりには

「おやすみ。今日もたのしかったね!またあしたね。」

とほっぺにキスをして、いつも娘は嬉しそうに笑う。その姿を見て

「もう中2やのになぁ」

とクスクスと夫は笑う。そして、そういう夫も。


随分暑くなってきて、先日娘は夏物のワンピースに今年初めて袖を通した。ワンピースはピンクの水玉模様で、その中に逃げたきんぎょが隠れている。自宅でのテレワークの合間の夫が、娘のワンピースのどこかにいるきんぎょを

「どこにいるんやったっけ?」

と探しまわり、見つける前にハッとしたように娘にこう言った。

「ごめんごめんウザいな…もう中2やもんな…」


娘は相変わらずにこにこ嬉しそうにしていたけれど、夫は

「おとうさんのパンツと一緒にあたしのワンピース洗わないで!」

と言われてはたまらない、と早めに退散し仕事に戻った。


思春期って難しくて、ややこしくて、眩しい。


そんな眩しい年頃の娘のみている世界はどんなだろうか?娘はどう感じているだろうか?辛くないだろうか、これまで幸せだっただろうか?今、ちゃんと幸せだろうか?ずっと、今も、知りたいと、わかりたいと思っている。

言葉を持たない娘の本当の気持ちは誰にもわからない、確かめようもない。

それでも知りたくてわかりたくて今日も娘にそっと触れて、愛しているよと伝えたくて、娘を抱きしめる。


あと何度かほっぺにおやすみのキスをしたら、娘は14歳になる。体も、心も。

(おやすみのキスはもう少しだけ、続けてもいい?)

いただいたサポートは娘の今に、未来に、同じように病気や障害を抱えて生きる子達の為に、大切に使わせていただきます。 そして娘の専属運転手の私の眠気覚ましのコンビニコーヒーを、稀にカフェラテにさせてください…