たまねぎを炒めながら。
この楽しみを奪ったものは?
私が奪われたと思っていただけ?
おうちでゆっくり時間をかけて。
片手間でいい、ジャムを煮るとか玉ねぎを飴色に炒めるとか。
そういう時間と空間が私は好きだ。
能力はいらない。
手間もいらない。
ゆったりした時間と気持ち。
たちこめるおいしそうな色と香り。
ご飯を食べて家賃を払って生きていけるギリギリの給料をもらうために、私を1ミリも幸せにしない(むしろ不幸にする)仕事に1日8時間週5日捧げ、時短や効率を考えるばかりのせわしない日々。
体力のない私はそこに充実感を感じるわけもなく、ただ疲弊していった。
「ふつう」からの離脱。
後ろめたい気もちもなくはない。
でもそれ以上に、「ふつうでない」自分を慈しむ時間をいただけたことに感謝している。
どんな人も奴隷のように働かせられるべきじゃない。
幸せの感覚は一つじゃない。
どんな人もあり方は自由。
体や心で感じることは頭で考えるより上等だ。
幸せは全部感じることから始まっている。
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