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3-06「収集家たち」

7人の読書好きによる、連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。
前回はRen Hommaの「汚れ」でした。


【杣道に関して】
https://note.com/somamichi_center/n/nade6c4e8b18e

【前回までの杣道】
3-04「辺疆」/葉思堯

3-05「汚れ」/Ren Homma

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皿が好きで、気に入ったものがあるとよほど高価でもない限りまあまずは買ってきてしまうために家のなかには大量の陶器があるけれども本人は一切料理をしない独り身なので、年の暮れや結婚式帰りなどで菓子類のもらいものがあった場合だけ皿を皿として使うことになるのだが、そのような貴重な機会にあって膨大なコレクションのなかからたった一枚の皿を選出することははなはだ困難でおもしろく、ここに最善を賭ける厄介さに熱をあげるあまりに、菓子のはいった贈答品の箱を手渡されるたび、内容物のおおきさ、形状、色合いなどに思いを巡らせ、緊張して生唾をのむという性質のある友人がある。

皿といえば骨董品としてありがたがられたり、あるいは考古学や美術の品物として陳列されることさえあるのでこの友人の趣味についてはあまり不思議なものとも思われないかもしれないが、それでも身近な知り合いがひそやかな趣味として料理もしないのに皿ばかり愛でているというのは、はじめて聞いたときには少しく驚いてしまったものだけれども、連想ゲームのようにして「それを言うんならさ」と直後に伝えられた一件、すなわち、演奏を聴くことが好きなわけではまったくなくて、ただ眺めるためだけに楽器を収集する人たちの噂話を聞き及ぶにあたってはより一層奇異な印象を受けたものだ。

彼らは収集した楽器を演奏しないばかりか、その道具から一切の音——ここでいう音とは、楽器製作者の期待した音色のみならず、指ではじくとか机にあたるとかでおこってしまう「コツン」といったちょっとの音も含まれる——が出ないよう慎重に取り扱うことを鉄の掟とする収集原理主義者たちで、素朴に発想するならば音を出さなければ楽器の良しあしどころか状態の把握すらできないのではないかという疑問もわくけれども、いわく、音を出すためにつくられた形を目や手だけで味わって、そこに秘められた、鳴らされる可能性のあるすべての音へと思いを馳せることこそがなによりの「音楽」の経験であるうえに、音曲に資する道具として製作されたものと音を介さず親しむことでのみ到達できる境地があるという話で、であるからには、実際の調弦が狂っていたとしてもかまわず、むしろ調弦が狂っているかもしれない可能性が含まれているほうがかえって味わいが深まるとの由である。

さる高名な楽器職人や楽器工房より生み出され、演奏家はじめ大半の——耳で聴くことで音楽を楽しむ——人々が、その品質への賛辞を惜しまない逸品のなかには、豪華な家が二軒、三軒と建てられるほどの価値のあてられるものもあるが、音を出さないことこそが至高の楽しみ方であると信じてやまない収集家たちにとってもそれら名器の名声と珍重さは魅力的にうつるらしく、誉れ高い音色を封印することでかえって永遠にしてしまいたい欲求があまりに蠱惑的であるため彼らもオークションに参加することになるのだが、彼らの手に入ってしまったら最後、名器の音色は生殺しにされてしまうわけで、それをよしとしない演奏家たち以下耳で味わう楽しみ方で音楽と親しむ人々も名品が収集家に奪われぬよう入札については並々ならぬ熱意を傾けることとなり、これが落札価格を吊り上げる大きな一因であると分析するむきもあるのではあるが複雑な契約のすえに会場にあらわれる代理人を雇っている本当の黒幕が誰であるのか徹底的に調べ上げることは困難で、収集原理主義者たちの手先を排除しきれないのが実情であるらしい。

コレクションの保管場所に選ぶ空間が数人の収集家によって共有されている理由として資金の分担は口実にされがちとはいえ、本当の目的は決して楽器から音をたてぬようお互いを監視牽制しあっていることにあるというが、これは明らかにある原則、すなわち禁忌事項のもたらす抑圧はなににも代え難い恍惚の瞬間——ルールを破る快感——を誘導するという、あの古くからの生理的な原則が例外なく発動しているために違いなく、要するに彼らを彼らたらしめている最重要な条件が強い抑圧となるために所有する楽器をこっそりと鳴らすことによって得られる快感はとてつもないに相違ないのであり、いかに表向きは取り繕っていてもこらえきれずその音を鳴らしてしまう危険性は非常に高く、掟が守られるよう、そして、一人だけが抜け駆けして禁を破ることのないよう見張りあうため、まさにそのためにこそ小集団が組織されていると考えられるのだがここには実はひとつの抜け穴がある。

数年に一度だけなのか、はたまた毎月の恒例行事か、それは小集団ごとに違うのだろうけれど、ともかくこの集団を構成するメンバーたちを秘密の絆でかたく束ねる夜に、彼らは口裏をあわせ共謀し、禁忌を破り、厳密に定められた演奏を行って、最上級とされる楽器からこぼれる最上級の音色に触れ、この上ない歓喜に身をよじり感情を迸らせ、と同時に彼らのうちでは最も重い罪の共犯関係を取り結ぶことによって格別の親密さが後ろ暗く補強されるのでもあるが、禁じられた演奏を体験した指や耳であることを外面的な観察で見抜くことなど不可能だし証拠を示せる者はないのに、隠れて吸ったタバコのにおいがうつってはいないかと心配して幾度も指のにおいを嗅いでばかりいるために近づかずともその動作で喫煙を疑えてしまうのと同様、小心者はその夜以降の自身の日々の振る舞いに自信がなくなり生活に支障をきたす場合もあると噂は伝えてはいるのだが、さて果たして彼らの罪が暴かれた場合、いったいどのような罰が用意されているのだろうか。

「そこなんだよなあ」と口にしたぎりなんの言葉も続けてはもらえなかったのは、罰についての噂話がないことを告げているのか、はたまたさらなる秘密が隠れているのか、そのどちらでもないのか、どちらでもあるのか。

収集家たちにとっての一番の理想とは、その音色がこの上ない最上の、完全にして究極のものであると約束された、演奏することで自壊してしまう逸品である。

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次週は3/21(日)更新予定。担当者は屋上屋稔さんです。お楽しみに!

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