⑦留置場の中で
『お前よ、警察官ってのは本当なのか?』
クックッと笑いながら、ラジオと呼ばれる中年の男が聞いた。
私語は厳禁と刑事さんに言われているので答えられません。
呟くように答えると、ラジオはまたクックッと笑った。
『なんだそりゃ。お前のことは噂が回ってきたからみんな知ってるぞ。女のために警察を裏切ったポリなんだろ?隠すなよ、なあ?』
タバコと酒で焼けた大きな声は留置場の檻の中に響き渡り、俺は顔がジンジンと赤くなるのを感じた。
『そりゃ恥ずかしいわな。まあ、取調べが終わるまでは仲良くやろうや。タバコでも吸えよ。おい、新入りに35番1本やってくれ。』
ラジオは留置場の看守をしている警察官に声をかけた。
20代前半の若い男子大学生みたいな警察官がヘラヘラしながら檻のカギを開けて室内に入ってくる。
『35番はセブンスターですね。ラジオさんからのおごりですか?』と看守が小さな箱からタバコを1本取り出しラジオに手渡した。
ラジオはタバコを受け取ると、小さな紙にサインして看守に返し
『ここはタバコを吸えても酒は飲めねえだろ?せめてもの祝杯代わりだよ。こいつもおめえと同じポリなんだから、仲間同士もっと気を遣ってやれや』
とお笑い芸人のような口調で言い返す。看守は人差し指を口の前に置き、神妙な顔をして『シーッ』と言った。
その看守のわざとらしい神妙な顔がいかにもふざけているようで腹が立ち、俺は殴りつけそうになった。
『おい、タバコはリラックスするからよ。とりあえず一服して落ち着けよ。』
ラジオは急に優しい口調になると、俺にタバコを差し出した。そして俺がタバコを口に咥えると、看守はタバコに火をつけて『ごゆっくり』とラジオに目配せして檻から出ていった。
俺はタバコの煙を思い切り、肺の中まで吸い込んだ。
夢じゃない。夢じゃないのか。
口から吐き出した灰色の煙は留置場の檻の中をイルカのように目的もなくフワフワと漂った。
『いろいろあるわな。人生ってな。女とか金が絡んだら男はダメになる。警察官でも裁判官でもみんなそうなんだよ。それをやっちまってバレるか、それかやっちまったけどバレずに運よく生きてるか。男なんてどっちかしかいないんだよな。』
ラジオは低い声になり、ゆっくりと悟ったように語った。
『俺はな、何して捕まったのか教えてやろうか。俺は爆弾作ってたのがバレて捕まったんだよ。』
ラジオは体操座りになり、足を抱えながら宙を見て話していた。何かを思い出すかのように、後悔するでもなく、ただ淡々と語っていた。
『嘘みてーだろ?爆弾作りってな。でもこれが本当でよ。爆弾なんてのは簡単につくれてな。要するに空気を圧縮すりゃいいんだから、材料なんて何でも良くてよ。この材料選びが楽しくて、色んな薬物を探しているうちにスゲー威力の爆弾を作れる製造方法を見つけたんだよ。』
爆弾?本当に?
俺が興味を持つとラジオは言った。
『刑事も何で俺がそこまで科学的なことを詳しいのか聞きてえみたいでよ。バックに何かいるんじゃねーかみたいに毎日馬鹿みたいに繰り返して聞かれるけど、俺はひとりで見つけたんだよ。例えばな、漂白剤あんだろ?』
漂白剤って台所の?
『馬鹿かお前。台所のなんて薄いだろうが。あ、馬鹿とかいっちゃだめだな。ごめんね。漂白剤のきっついやつあんだろ?』
そこまで言ったとき、側にいた看守がラジオ言った。
『もうそこらへんでその話題、やめましょか。』
ラジオはクックッと笑い、親指を看守に指差しながら
『へいへい。大変失礼いたしました。』
といたずらそうに言った。
爆弾か。いいな。吹き飛ばして欲しいよ。俺も、クミに出会った頃の思い出も。
俺はタバコを煙をゆっくりと吸い込み、ニコチンを脳みその毛細血管の一本一本まで染み渡るように味わった。
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