音楽を思い出す -中村佳穂『ひとりくない』25.2.27
彫刻家が石の中に眠る形を彫り出すように、普段は気付けないが実はそこかしこに存在する音楽を中村佳穂は形にする。彼女を通して、私は空気に漂う音楽を認識することができる。
ブルーノートで彼女を初めて見たとき、中村佳穂は音楽だと思った。音楽が人の形をしている!と。
でも、それは少し違うのかもしれない、が今日の感想だった。彼女は音楽とわたしの間の媒介者だ。鳥にしか見えない四原色や、コウモリにしか聞こえない超音波のように、普段は感じられない音楽を、彼女というフィルターを通したときだけ触れるようになる。ブルーノートでも、思えば他愛のない豆腐の話や、タップシューズの奏でた一音を糸口にして、普段は見えないくらい細くうすく周囲の空気に編みこまれている音楽を、目の前で引っ張り出してわたしに見せてくれたのだった。
あれ以降、わたしが彼女の音楽を聴くときは、すなわち音楽を思い出すときになった。「そうだ、音楽とはこれだった。本当はいつもそこかしこにあったはずだ。前も見たのにどうして忘れていたんだろう。」と。
音楽は、ずっとわたしの周りで鳴っている。今はまだ、体に音楽の残渣が残っているから少しきこえる。
この感覚をずっと残しておきたい。今日や、明日や、全てを忘れてしまいそうになる未来のために。