【過去生ストーリー(小説)】 (~佐知の物語編~①)
昔むかしあるところに、佐知という女性がおりました。
その家は代々王家に仕える家臣の家柄で、一族の中には王様のお妃となられた方もおられる由緒ある名家でございました。佐知はその名家の分家の家に長女として生まれたのでございました。
佐知は生まれたときから肌の色が雪のように白く、顔立ちの整った、たいそう美しい娘でございました。その瞳はまるで水晶玉のようにきらきらと輝き、黒く見えるその瞳の色は、お日さまの下では、めずらしい薄茶色に見え、佐知にじっと見つめられた人はその神秘的な瞳に思わす息を飲み言葉を失ったものでございました。
佐知のお父上様やお母上様は「この娘は何か他の子供とは違う」と佐知のもつ特別な魅力に早くから気づいておりました。
佐知は幼いころから生き物や草花の気持ちがわかる子供でございました。
「はは様(母上様)、この花々たちが水を欲しがっております」と佐知がいうのでその通りに水をやってみますと、しおれかけていた植物は元気によみがえり再びみずみずしい花を咲かせてくれました。隣の家の草木が咲く時期を終えすっかり枯れてしまっても、佐知のところの草木や花たちはまだ活き活きと花を咲かせているという事がよくありました。あの家の土地にはどんな秘密があるのだろうかと周囲の人は頭をひねりたいそう不思議がっていたものでございました。
さて、同世代の子供達がそろそろ、今でいうところの「あいうえお・・」を習い、物の名前を口にしたり、片言でしゃべり始める年の頃、佐知はもう周りの大人たちと日常的な会話ができるところまで言葉がしゃべれるようになっておりました。身分の高い名家の生まれの佐知の父親は、教養と品格を備えた人格者であったのに加え、職業や身分に関係なくどんな人々とも平らかに接する気さくなお人柄の持ち主でもございました。病気の家族をかかえ貧しさに困っている人がいれば食べ物や薬を分け与え、仕事をなくして生活に困っている人には仕事を世話したりと、すすんで人を助け、またそれを恩にきせずに「天が望むままに、できる立場の者ができる事をしたまで」と、いつも笑って話しておられる方でございました。表裏のない気持ちの良いその人柄を慕って、毎日さまざまな身分の客人が佐知の父へ会いに来ておりました。
佐知の父は難しい仕事の話が済むと佐知を部屋に連れてこさせ、佐知を膝の上にのせると、客人たちとくだけた世間話や雑談を楽しんだものでした。子供好きの客人などは幼い佐知の話し相手までしてくれるので、兄弟のいない佐知には、このやさしい父親と客人たちと笑いながら過ごす時間が何よりの楽しい時間でございました。こうして佐知は大人たちの会話を傍で見聞きしながら自然と言葉を覚え話せるようになっていったのでございます。
佐知は、自分のまだ知らない世の中の様子を教えてくれる大人たちが大好きでした。職業や身分によって異なる人々のくらしぶりや、彼らの家族の様子を興味深く聞き入ったり、ある時は山を越えた隣村で今年は果物の出来がとてもよかった話や、最近西国から街にやってきた芸人団が、たいそうおもしろく大人気だという話。またある時は、この先にやってくるであろう台風の被害を最小限にする工夫の話など。どの人の話も世の中をまだ知らない佐知にとっては、新鮮な驚きと発見の連続で、「はは様(母上様)の読んでくださる絵本を聞くより、ずっと面白いお話がきけるわ」と佐知はいつも目を輝かせて聞きいっておりました。
そんな日々を何年か続けておりますうちに、佐知はある事にきがつきました。それは1人1人容姿や人柄が違うように、「物事の考え方も1人1人違っている」という事でございました。例えば女性の生き方一つにしてみても、農家では女性は「頼りになる働き手」であり、身体が丈夫で、子供を何人も産み育てられる肉体と、重い物も持てる力持ちであればあるほど喜ばれるのに対して、貴族の家庭では女性は、スラリと細身の外見が衣装映えすると好まれ、髪の毛や顔立ちといった見た目の華やかさや、立ち振る舞いの優雅さ、歌声や踊りの美しさなどが、その人の価値を決めていました。
ある人が「それが世間の常識ですよ」と言う事も、別の者に聞いてみると「そんな事はありません。私の考えはまったく違います」といった具合に、1人1人みな異なる考え方や「常識」を持って生きているのだという事を誰に教えてもらう事もなく自然と理解し受け入れている子供でございました。「人は違っているのがあたりまえ」それゆえ佐知はますます、新しい人との出会いを楽しみに思い、この人の見えている世界はどんな世界なのだろうか。いったいどんな考え方をもって生きているのだろうかと、人と話しをする事に、ますます興味を持っていったのでございました。
「とと様(父上様)はは様(母上様)、世の中とは、人とは、ほんに面白いものでございますね」
この頃の佐知の口癖でございました。
様々な生業の人の日々の暮らし、生き様を聞かせてもらえることを、佐知は自分の世界を広げてくれるありがたい事と感じておりました。それはまるで1人1人の方の一生の人生の自叙伝を読ませていただくような本当に特別な事であり、佐知は人様の人生体験・経験話を、失敗も成功も、なんでもいつもありがたい気持ちで聞かせてもらっておりました。
そんな佐知の純粋な好奇心と周囲への感謝の心は大人の側にも伝わっており、年齢・性別・身分を問わず、多くの大人が佐知と気持ちよく会話をしてくださいました。
親戚縁者をはじめ、お寺様や、手習いのお師匠様、屋敷に出入りしている、油屋や酒屋、味噌屋の配達人から、野菜や干物を売りにくる行商人、と様々な大人たちの方も、この不思議な少女にもっと聞いてもらいたいと、話し相手をすすんで引き受けてくれたのでございました。
しかし、佐知に対して好意的な反応ばかりではございませんでした。
親戚の中では、彼女の聡明さを「子供らしくなくて可愛げがない」「女に賢さは必要ない」と遠巻きにいぶかしく思う大人もいれば、彼女の美しさに「この容姿があれば、王族へ嫁ぐ事も夢ではない。そうすれば一門の名声がさらにあがるであろう」と彼女を利用し権力を得ようと、野心を持つ親戚もおりました。
しかし、名家の一門の出身ではございましたが、分家である佐知の父上様は、そもそも権力欲というものに興味が無く、政治的な事に娘を利用する気もさらさらございませんでした。「佐知、あなたは心のままに生きたらよいのですよ。」父上様はいつも佐知にそうおっしゃっていました。
初めて会う大人にも物怖じせず、にこにこと話しかけながら近づいてくる不思議な娘に最初はとまどい、中には煩わしく思っていた大人も、2度3度と会うごとに佐知の聡明さと素直な人柄に次第に魅了されてゆきました。
佐知が10歳の頃には、背丈もすっかり伸びて、手足もすらりとし、すっかり娘らしく成長しておりました。大きな瞳に長いまつ毛、形のよい鼻筋に小ぶりな口元が色白の顔に美しく整い、まだあどけなさの残る少女の顔はまるで女神様のような清らかな美しさがございました。
佐知の背丈は同じ年の子供よりもかなり高めでございました。佐知を始めて目にした人の多くは、佐知を14.15歳の娘とよく勘違いしたものでした。
真っすぐ腰まで伸びた髪は、潤いのあるつややかな光沢をまとい、手で触ってみるとまるで絹糸のようにサラサラと指からこぼれ落ちてゆく程、手触り良く、結いまとめているときは黒髪のように見えましたが、すっかりほどいてお日様の下で見てみると、その色は瞳と同様に栗色に輝き、まるで異国の人の髪色のようでございました。女性は普段は髪を結ってくるくると固くまとめあげて暮らしていたこの時代、佐知の本当の髪の色に気付いている人は、佐知のはは様と一部の女中くらいでございました。
そんな風に見た目は大人びて見えても中身は10歳の娘でございます。素直で純粋な性格は豊かな感情表現にも表れ、小さなダンゴムシがまるまっている姿を初めて目にした時は、自分も目をまんまるくて驚き、ずっこけた笑い話を聞かされれば、感情豊かにコロコロと笑い転げる、そんなあどけない美しい少女に周囲はすっかり魅了され「この子の傍にいるだけであんなに悩んでいた事が小さな事に思えてくる。この子を見ているだけで不思議と元気をもらえる。」と皆が口々に話しておりました。当の本人はそんな事は全く気にもとめず、自分の好奇心のままにのびのびと暮らしておりました。
さて、そんな佐知が12歳の時、初めて恋をしました。
相手は村の中心から少し離れたところにあるお寺のご住職で名は信如、歳は38歳。
厚い信仰心で仏に仕える、温厚で穏やかな人柄の好青年でございました。村の子供達に無償で読み書きの手習いを教えており、子供達から「信如先生」と呼ばれ慕われている方でございました。
信如が住職を務めるこのお寺は佐知の母上様の古いご友人のお墓がございました。母上様に連れられてお参りに同行したのが、信如と佐知との最初の出会いでございました。
佐知の母上様が信如へご挨拶をしている間、佐知は庭に咲く植物たちといつものように会話をしておりました。
「お花さん美しく咲いてくれてどうもありとう。あなたの花びらの色とってもキレイね」
そんな庭にいる佐知の様子をみて、信如は「草木を慈しむ、やさしいお心を持つ娘様でございますね」とにこやかに母上様に話されておりました。
佐知の母上様はお経を唱える事ができましたので、いつもお寺に来ると、別室で1人故人のご冥福を祈りお経を唱えておりました。佐知はその1時間程の間、信如から書の手習いを受けておりました。
「「長」という漢字の書き順は縦から書き始めるのですよ」
「信如先生、なぜ横線からではないのですか?」
「実際に書いてみられるとわかりますよ」
「信如先生、縦線を書いたあと、横線を続けて4本書く方が筆の運びが自然で書きやすかったです」
「漢字の書き順には一筆(ひとふで)書いた時の筆の自然な動きからきています。正しい順番で書く事によって、字も美しくかけるのですよ」
「よくわかりました。ありがとうございました」
「信如先生、お庭のお花たちが、「いつも信如先生がお水を撒いてくださるのでありがたい」って話してくれました」
「そうですか。佐知さん、教えてくれてどうもありがとう」
佐知は、穏やかで優しい、物知りな信如先生が大好きでございました。
佐知が13歳になったある日、突然佐知の家を悲劇が襲ったのでございました。
(過去生ストーリー ~佐知の物語~②へ続く)
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