脚本家であり小説家、エッセイストの向田邦子
11月28日は、脚本家であり小説家、エッセイストだった向田邦子が生まれた日。
(1929年11月28日-1981年8月22日)
1929年、東京府荏原郡世田ヶ谷町若林(現・東京都世田谷区若林)に生まれる。
父親は叩き上げのサラリーマン、第一徴兵保険(東邦生命保険。現、ジブラルタ生命保険)に務め、後に役員になった。
東京都立目黒高等女学校、実践女子専門学校(現・実践女子大学)国語科卒業。
新卒で財政文化社に入社し、社長秘書として勤める。その後 雄鶏社に転職し、「映画ストーリー」編集部に配属され、映画雑誌編集者として過ごす。
そのころ市川三郎の元で脚本を学び、シナリオライターを目指した。
雄鶏社を退社した後は脚本家、エッセイスト、小説家として活躍する。
ホームドラマ作品の脚本家として現在も知名度は高く、『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『阿修羅のごとく』といった人気作品を数多く送り出した。1970年代には倉本聰・山田太一と並んで「シナリオライター御三家」と呼ばれた。
女性の社会進出がまだこれからという時代に、編集者から活動を始め、やがて多数のラジオ番組を構成、作家となり約1,000本のテレビドラマの脚本を手がけ、ヒットドラマの旗手となった。さらにエッセイを書き、数作の短編小説で直木賞を受賞。
残された多くの言葉や物語は、時を経ても色褪せることなく人々の心に響き続けています。そして、おしゃれを楽しみ、美味しいものに目がなく、旅が好きだったそう。猫を愛し、蒐集した美術や骨董を日常で使う美意識の人。常に仕事に追われ、それでも夜中まで遊んで、朝まで仕事して、そして誰にも言わない秘めた恋もしていた、多面性をもつ人。
今だに世代を超えて共感され、憧れの対象であり続けています。
大好きなオードリー・ヘップバーン、グレース・ケリーと同い年というのも何か不思議な縁を感じます。
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