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発達障害の子がそのまま生きれる尊厳社会とは?
「発達障害の子がそのまま生きられる尊厳社会」になる手順を考えていた
そしたら、気づいたの
健常者が生きにくい社会は、障害者にとって、さらに生きにくい社会だって事に・・・
だから「まず、障害のある人もない人も生きやすくなる」観点から考える必要があったね
今までは、発達障害当事者の母だった私は、そのまま生きられる尊厳社会のイメージを障害のあるなしで境界線を引いて、障害のある人の尊厳社会だけを考えていた
だから、健常者が障害者をもっと理解して、受け入れてくれたら、障害と感じない生きやすい尊厳社会になると思いこんでいたんだ
超自分勝手な思い込みを積み重ね・・・
健常者は障害者と比べたら凸凹ないんだから困らない、だから障害者を助けるべきだ!が無意識にあった
ごめんなさい、そんなわけない
今の世の中、障害があっても無くても、みんな生きにくい
我慢して合わせて、自己否定、他者否定、社会否定して
そのままの自分も隠して、人間の尊厳も黙殺しながら生きている
健常者だって得意不得意があって凸凹してるし、精一杯生きてる
私は、なんて傲慢な考え方だったんだーー猛省
障害の「ある」「なし」で分けるんじゃなくて
どちらでもない観点から尊厳社会を考えたい
だから
「発達障害の子がそのまま生きられる尊厳社会とは?」
=「障害のある人も、ない人もそのまま生きられる尊厳社会」
この観点からこのイベントを考えてみよう
誰かのために動くとき、自分が一番変化するんだな
大きな気付きだった
最後まで、読んでくれてありがとう
【TOIROチャリティーイベント】発達障害の子がそのまま生きられる尊厳社会とは?
2022/12/25(日) 13:30 ~ 2022/12/25(日) 15:30
JA長野県ビル12階 A会議室
●ウェブサイト
https://sites.google.com/view/toiro-songenshakai
●チケットページ
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/02480910cmn21.html