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自分の記憶改ざん問題

某科学雑紙を読んだところ、どうやら自分の記憶というのも、怪しいというのが分かってきたらしいとのこと。

偽りの記憶 = false memoryと呼ぶらしい。

しかも、事実と異なるのに、やけに鮮明に覚えている。

実際の出来事の後、何度も脳の前頭前野で想起することで起こるらしい。

記憶は結構、エラーを起こす。

でも、完璧でないからこそ、忘却するからこそ、脳は容量オーバーになることなく生きていくことができる。


どんなくだらない記憶だって、自分にとっては大切だし、記憶に残るくらいだから確実に今の自分を作ってきた一部だと考えている。

それなのに、その記憶はあろうことか自分自身によって塗り替えられている可能性がある。

これは衝撃だった。拠り所を、完全に失っているじゃないか。

ぼやけた記憶なら諦めもつくものの、こんなに鮮明なのに、事実と異なるなんて。

完璧でないから頭がいっぱいになることなく過ごすことができる、というのが事実だとしたって、私は欲張りだから、いろんなことをそのまま覚えておきたい。

なんでもどんどんしまっておいて、いつでも反芻できるようにしたい。

しかもこれ、例えば何かを共有する人と記憶が違って、お互い不信感が募る、なんて実害もありそう。


前に「言語化の罠」というエッセイ?を書いたけれど、私の場合、言語化の時点でするするといろんなことが抜けていっている感覚がある。

記憶も怪しい、言語化してもすり抜けてしまう。

でも、その時のこと、そのまま取り出したい。

じゃあ、どうしたらいいんだ!

無意識なだけに記憶のエラーをなくすのはきっと無理。

そうしたら、言語化の精度を上げていくしかない。

これは、結構大問題な気がするのですが、皆さんはどう考えるでしょうか。


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猫助
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