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海  7

 「ごちそうさまでした」
 「ありがとうございます。今日はもう客、来ないだろうな」
 「そうなんですか?」
 「ああ、だって。みんな、家でゆっくりしているだろうからね」
 
 チン!という音が鳴るレジスターに、昔の映画を見ているようで思わず笑ってしまう。
 「これ、すごいだろ?俺も初めて見たときは笑ったよ」
 「初めて見るのに、懐かしい感じがしますね」
 お釣りをトレーの上に置くと、店主は窓の外の海をぼんやりと見つめながら、小さな声で言った。
 「明日も来る?」
 「今日、家に帰ります」
 「そっか。残念」
 「喫茶店の名前、素敵ですね」
 「ありがと!そのまんまで覚えやすいよな」
 店主はまた店の奥の椅子に戻ると新聞を読みはじめた。

 「本当に美味しいよね。正人のチーズケーキ」
 「結子ちゃんが考えたレシピじゃなくて?」
 「一緒に考えたの。でも、ほとんど私が考えたかもしれないな」
 そう言って笑うレジスター越しの彼女の添える指の先には、小さな写真立てが飾られてあり、海を背景に仲良く見つめ合う二人の姿があった。
 「喫茶店の名前はね、正人のお祖父さんが考えたんだって」
 波の音と、木製の看板の音が重なり、思い出の夏を演出しているかのようで映画の中にいるような、ノスタルジーを肌で感じる。

 私は喫茶店をあとにすると、目の前に広がる海を前に、持っていた灰の入った缶を開けた。

 海風が勢いよく吹き、灰は空高く一瞬にして舞い上がっていく。
 その灰が少しだけ目に入ってしまい、私は涙が溢れ出てくるのを我慢しながら、後ろを振り返る。

 (これで…いいんだよね…?)
 振り返った場所に立っていたのは、さっきまで店にいたはずの、喫茶店の店主だった。
 
 「少し時間ある?連れていきたい場所があるんだ」
 店主はそう言い、私は断る言葉が見つからなかった。






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