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海 11

 当時、ちいさな田舎町で起きた火事のニュースはあっという間に全国に広まった。
 彼の隣で話を聞いていた私も夕暮れ時に放送されていたテレビのニュースで繰り返し流れていた残酷な事件の背景について、わりと鮮明に思い出すことが出来る。まだ子供だった私は大人たちが話しているその姿を遠くから眺めていた。そして今、そのニュースの現場が目の前にある空き地だと知った時、予期せぬこととはいえ、不思議と私は彼の話を事実として受け止めることができた。それはきっと、彼女からの手紙があったからだと思う。
 
 "昨夜未明、夫婦と少女の遺体が発見された。少女と男性の首には絞められた跡があったことが判明。警察は事故と事件の両面で捜査を進めている"

 「火事の後、結子は誰とも話さなくなったし、あの家に越してからはほとんど誰とも会わなくなったんだ」
 



 「結子ちゃん」
 「なあに?茜ちゃん」
 「結子ちゃんが一人で暮らしていた時のこと、詳しく聞かせてほしいなって思って」
 彼女は一瞬、悲しそうな表情を見せたが次に優しくはにかみながら、こう言った。
 「普通に暮らしていただけだよ」
 そしてそう呟いた彼女は嬉しそうに続ける。
 「明日また、遊びに来てくれる?」
 それが自然なことだと思った私は、迷うことなく彼女の家に戻ることを決めた。
 役所に電話をかけ、彼女の家に忘れ物をしてしまったと告げると、何人かの話し声が聞こえたあと、家まで連れて行ってくれた安川さんの声が電話口から聞こえてきた。安川さんは淡々とした口調で、
 「それでは明日ですね」 
 と言い、また車を出すと言う。親切な人だ。たぶん唯一の知り合いだと思ってくれたのだろう。しばらくの間、私は彼女の家で暮らすことになった。
 その後、正人と並んで手のひらを合わせ、少し話しをしてから駅へと向かった。
 (今日はどこか別の場所へ泊まって明日結子ちゃんの家に行く。それからまた後のことはその時に考えよう)

 彼に結子ちゃんの姿を見せてあげられないのは残念ではあるけれど、二人の距離は当時の姿のまま変わっていないように見えた。
 そう思うときっとこの人は大丈夫なのだろう。結子ちゃんは彼のそばに今もこうして寄り添っている。
 そして結子ちゃんのことを想っているのは彼の方も同じなんだということが私をそこに案内してくれたことからも十分に伝わってきた。


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