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海 9
水筒の中の麦茶は想像以上に冷たく、乾いた喉の奥が微かに震えるような感じがした。
正人は細い道を先に進むたびに後ろを振り返り、私が追いつくのを待ってから、またゆっくりと歩き出す。二人並んで歩くことはしない。
私は麦茶を少しずつ飲みながら、正人に追いつこうと足早に後を追った。
それにしても、暑い。
太陽は肌を突き刺すかのように輝き、白い雲は太陽を反射させ、大きく形を広げていく。
汗が背中や耳の後ろを伝い、ゾクゾクっとした時、正人の足はピタリと止まった。
目の前には先程まで歩いていた景色とは別の、小さな商店が並ぶ町並みが広がっていた。
ほとんどの店はシャッターを下ろし、廃れているのか休みなのかは分からないが、この町では一番人が集まる場所ではないかと思うくらい建物が密集していた。
正人は商店街の横にあったフェンスで囲まれた空き地の一角を指差して言った。
「ここ…」
正人が目を向けた先には花が飾られ、錆びたフェンスと同じように、茶色い枯れた色をしていた。
「茜ちゃん」
枯れた花を手に取りながら、彼女はフェンスの中を覗き込む。
「お役所の人がね、毎月花を届けてくれるの」
「ここで誰か亡くなったの?」
私は尋ねた。
彼女が手にした花は暑さで水分が蒸発し、触れると簡単に花弁が崩れてゆく。
「お父さんとお母さんと華子」
「結子の親父さんとお袋さんと妹の華子ちゃん」
「ここで火事があった時、俺と結子は海にいたんだ」
正人はそう言いながら、花を手に取る。
その時、二人の手は静かに重なり、同じ方向を見ていた。
私はその姿に堪らず、二人から目を逸らす。
枯れた花の上にひと粒、またひと粒と水滴が落ちる。
「私のせいで、正人はずっとここから動けないの」
彼女は優しく、彼を抱きしめた。