見出し画像

秘密の花園 改訂版 第三話


「マコ、おはよう。体調はどう?今日は出掛けられる?」
 顔を隠すように俯き、後ろに回した手で背中にあった枕を持ち上げながら姿勢を整えるとマコはふっと息を吐いた。
 トリはベッドの横の小さなテーブルの上に庭で摘んできた花を花瓶に入れてそっと置いてから、マコの近くに静かに腰を下ろした。
 「きれい、いつもありがとう」
 マコは花を見て言った。
「その指、どうしたの?」
 ベッドから身を乗り出し、トリのふくらんだ指の先をマコは手のひらで軽く包み込むように触った。
「この傷は?」
 指先には直線の薄い傷跡がある。
「あ、これ。薔薇の花を触ったら棘が刺さったの」
「痛かったでしょう?」
「まあね、一人なのについ声が出て誰か見てないかって恥ずかしくなったけど…まわりに人なんて、誰もいなかったよ」
 そう言ってトリは笑った。
 マコは頷きながら、しばらくトリの指を優しくさすっていたが、不思議なことにトリの指の傷が真ん中から次第にスッと消えていくのが見えた。
「マコ、いいよ。このくらいの傷。二三日したら消えちゃうんだから。何もしなくて大丈夫だよ」
 トリの声が聞こえたのか分からないが、マコはその瞬間に突然、花瓶の中から薔薇を一輪取り出すと、徐ろに茎を掴んで棘を自分の手のひらに刺し、叫んだ。トリは慌てて、彼女の手から薔薇の花を振り払う。
「マコ!」
 薔薇の花びらは辺りに散り、マコは自分の手を見つめながら泣き出してしまった。
 トリはマコのそばに近づき、頭を撫で、その小さな身体を優しく抱きしめながら言った。
「大丈夫、大丈夫だよ、マコ」
 マコは震えていた。
「何も感じない、痛いのって何、ねえ痛くないのよ」
 取り乱したマコのまわりで薔薇は強い匂いを放ち、トリは否応なしに顔を歪めた。
 窓からは午前中のやわらかい陽が射し込んでいる。
 新しい一日のはじまりに見えたその光も、その先にある何か、例えば壁から現れた恐ろしい化け物に二人が飲み込まれてしまいそうで、トリは居ても立ってもいられなくなり、「どうか彼女が消えてなくなりませんように」とマコを自分の体のほうに引き寄せ、今度は力強く抱きしめた。




いいなと思ったら応援しよう!