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トランプ政権移行で米国ビザ論争が加速〜結局、法の理解と身だしなみなんです。

いよいよ週明けに第二次トランプ政権が発足します。その移民政策をめぐり、昨年暮れからH-1Bビザが注目を集めるようになりました。不法移民の話はしょっちゅう出てきますが、合法的滞在許可であるビザはアメリカ人にとって自分たちにまず関係のないものなので、米国内で話題になるのは珍しいです。

話題に上がったきっかけは、トランプがインド生まれのベンチャーキャピタリスト、スリラム・クリシュナンをAI政策顧問にの起用したのを発端に、「(インド人取得者の多い)H-1Bビザの発給を制限すべき」と主張したトランプ派の典型的「MAGA」活動家と、H-1Bビザを擁護したイーロン・マスクの対立が起きたことでした。

ちなみにH-1Bビザとは、就労ビザのうち、高度な専門職に就く外国人に対して発給されるビザ。一部で「IT系技術者向け」限定ビザのような言い方をしているところもありますが、本来「専門的な技術を要する」仕事であれば業種に定義はないはずです。インド系IT人材の申請数が桁違いに多いために、結果的に取得者もそこに偏る現状はあると思いますが。

イーロン自身も元はH-1Bビザ所持者です。それを念頭に「スペースXやテスラやその他多くの企業を興しアメリカを発展させたのはH-1Bのおかげだ」と言っています。

図らずもH-1Bビザを軸に旧MAGA vs ネオMAGAの相違が露呈し、何やら前回のトランプ政権とはまた一味違った混乱を予見させました。

ところで肝心のトランプ自身の考えはどうなんだという話ですが、現時点ではイーロンに同調しているようです。ニューヨーク・ポストの取材では「私は以前からビザには好意的だった」「自分も何度となくH-1Bを(従業員の雇用に)使ってきた」と明言。その後も同じような内容の記事をSNSでリポストしたりしています。何を隠そうメラニア夫人も元はH-1Bビザを取ってアメリカで働き始めた人ですし、まあこれは想定内です。

H-1Bビザだけでなく、O(俗に言う“アーティスト”ビザ)、L(駐在ビザ)、J(研修ビザ)などの就労ビザは日本人にも大いに馴染みのあるものなので、今回のトランプの発言に安堵した人もいるかもしれません。ただ、だからといってビザが取りやすくなるかもと期待するのは時期尚早です。

そこで、私自身トランプ政権下でビザを取った時の感触も含め、今後どう変わり得るかを考えてみました。

トランプ政権下ではビザが取りやすくなる?取りにくくなる?

前トランプ政権の時にも言われていたのが、

「トランプは移民の追放を訴えている。だから、次期政権ではきっとアメリカのビザが取りにくくなる」

という主張。それに対し、

「トランプが取り締まりを強化するのは不法移民であって、ビザを取って入国する合法的な移民はむしろ歓迎している。特にほとんどの日本人は正当に入国しているので、大丈夫」

という反論もよく聞きます。

これ、私個人はどちらも間違ってるけど間違ってない、と思います。

どちらにしろ心に留めておくべきなのは、ビザの審査や発給をするのは担当省庁の職員であって、ドナルド・トランプではないということです。大企業の末端の社員が社長のビジョンを必ずしも共有していないのと同じでトランプが何と言おうとビザ審査に当たる現場職員に意図が伝わっていないと結果に反映されません。

これは裏を返せば、イチ職員の采配次第で発給をコントロールできてしまう、ということでもあります。差別主義な職員がいて何かしら理由をつけて必要以上にビザを却下する、ということはあり得ない話ではないです。ビザ面接で審査官の心象を損ねて落とされるという実例も、過去にあったとか無かったとか…。

まあこの辺りは考え出すとキリがないので考えない方がいいのですが、要は、ビザの発給はトランプ云々よりも現場の職員が何を基準に審査しているかによる、ということです。そして、基本的に現場の職員は現行の法律に基づいたビザのルールに従って審査します(当たり前ですが)。

ということは法律が変わらない限り、審査や発給の基準は大きくは変わらないはずです。

法律を変えるには、議会の承認を得るのが絶対条件です。上下両院それぞれが審議して、採決して、それぞれで過半数の賛成が得られればようやく大統領の署名を経て成立、という話なので、普通は一朝一夕にできるものではありません。

ここで、「大統領令があるじゃないか」という声が上がるかもしれません。確かに大統領令は、大統領の意向一つで即日執行できるものです。実際トランプ政権一期目の始め、「イスラム圏からの入国を禁止する」と大統領令が出たことで、その日から全米の空港の入管職員は中東などからの渡航客を入国させるにさせられず、現場が大パニックに陥ったことがありました。

ただ、大統領令は法改正とは違いあくまで緊急事態に対応するなど明確な目的で、法律や憲法の範囲内で出すもので、大統領の一存で好き勝手できるというものでもありません。そこを大統領のやりたい放題で無理やり法律と明らかに矛盾する大統領令を出せば、今度は司法が動きます。イスラム圏入国禁止令のときも、「人権侵害」ということで翌日には連邦裁判所が効力停止に持ち込み、長い法廷闘争になっていました。

ではビザで大統領令を出すとして、例えばH-1Bビザは毎年6万5000人分、プラス修士号以上の人用に別枠で2万人分という発給上限があります。この枠をH-1B擁護派のトランプ大統領が「増やしたい」、あるいは気が変わったトランプ大統領が「減らしたい」と言い出したとしても、枠は連邦法で決まっているので、議会を通さない限り発給の増減すら大統領だけではコントロールできないわけです。もし大統領令でビザ発給を止めるとかになると、ほぼ確実に司法から待ったがかかります。

ちなみに上記のイスラム圏入国禁止令には、それ以前から常にイスラム過激派テロの脅威がくすぶっていた背景があるので、友好国の日本が同じような形でにわかに入国制限の対象になることはかなり考えにくいです。(考えられるとしたら、日本製鉄のUSスチール買収がなぜかゴリ押しで成立してしまい、トランプが破れかぶれの報復に出るとかいうシナリオくらい…?)

そんなわけで、トランプ政権になったからといって「移民に厳しいトランプ」が「ビザ引き締めに走る」と右往左往するのは過剰反応かな、と私は思います。

では、ビザを取って正当に入国する分には大丈夫と安心し切って良いかと言うと、これはこれで疑問です。

上述したように、大統領令には法を超える力はなくても一時的に国を引っ掻き回すだけの影響力はあります。即効性もあります。なので厄介です。

ビサの発給ルール自体はコントロールできなくても、国家非常事態を理由に「ビザの審査プロセスを当面見合わせる」などと言われたら、留学や現地就職や駐在が決まっている人にとって結果は一緒です。実際コロナ禍の時にはそのような大統領令が出され、ビザ取得当事者で煽りを受けた人も少なからずいると思います。

ただこれに関しては本当に紛れもない世界的非常事態であり、各国各地で様々な前代未聞の措置が取られたわけで、トランプでなければそんな対応はしなかったと言えるかどうかは微妙です。

大統領令そのものより、むしろリアルに影響しそうなのが、トランプの言動がもたらす周囲の過剰反応です。

以前移民法を扱う弁護士さんから聞いた話ですが「ビザの審査が目立って厳しくなったと感じたのはむしろオバマ政権の頃。2017年にトランプ政権になったときは、厳しいというより『なぜに??』という不可解な理由でのビザ却下が増えた印象」とのこと。これは、トランプ政権の政策というよりも、トランプが無謀な大統領令を突発的に出したり、決まってもいない政策方針をSNSでフライング発信したりするために、現場の職員が判断に困ったことの方が大きい気がします。もっと言うと、「落としときゃ間違いないかな」的な“トランプ忖度”があったかもしれません(あくまで勝手な想像ですのであしからず)。

ビザ審査現場の考え方がそもそもブレブレなのであれば、却下されるのはもはや事故みたいなものですが、前回のトランプ政権では結果として却下率が上がったのは確かのようです。なのでやはりトランプ政権下ではより警戒が必要、というのも当たってはいます。

では本題の、トランプ政権になったらビザが取りにくくなるか取りやすくなるか、という話ですが「予測しようがない」に尽きます(こんなオチですみません)。

ただ言えるのは、トランプ政権が法改正という恒久的な形でビザのルールを変える可能性は低いということ。そして大統領令を出すにしても、当面の焦点は関税引き上げと不法移民対策でしょうから、合法のしかも一時的な入国許可であるビザにまで手をつける余裕はないでしょう。

なので、もし近々具体的なビザを取る計画がある人はドナルド・トランプの意向を探るよりまず職員に疑念の余地を与えない対策として、現行のルールをくまなく読み込んだ方がいいです。

本当は移民法に詳しい弁護士さんに相談できれば一番良いですがそうでなければ、公式なビザ発給条件を把握すること。ソースは米移民局、米国務省、米大使館などが良いですが、より突っ込んだ政府のルールブックとして「Code of Federal Regulations」という法律執行マニュアルがあるので、こちらを読んで自分のビザ準備に抜かりがないか見てみるのがおすすめです。該当箇所を探すには例えばH-1B申請者なら「Code of Federal RegulationsでH-1Bビザに関するページを教えて」とChatGPTに聞けば分かるはずです。勉強しておくことで、特に面接があるビザの場合は面接官に突っ込まれた場合の対策がある程度できるようになります。(こうやって準備しておくと全く突っ込まれなかったりするのが世の常です)

そしてもう一つ、特に面接があるビザの場合、無難できちんとした格好で行くこと。ビザ面接も結局は印象勝負だったりもするので、身だしなみをしっかりして「真剣に向き合っています」という意思表示をするのは案外大事だったりします。

あくまで個人の勘ぐりですが、スーツやジャケットで行った人と、パーカーやスウェットやビーサン(さすがにいないか?)で行った人の却下率を比べたら、結構差が出るのではないかと思っているのですが、そんな統計はないので真相は分かりません。

おまけ:トランプが、「アメリカの学位を取っていれば自動的にグリーンカードを与える」と言った。実現の可能性は?

けっこう前ですが、トランプが「アメリカの学位を取った人全員、自動的にグリーンカード(永住権)を与えるべき」という提唱をしたのは事実です。アメリカの大学を出た人には願ってもない話です。

でも今のところは言ってるだけです。

これこそ連邦法で決まっているので大統領の一存ではどうにもできないことの典型ですし、法改正にしても大統領令にしても、基本的にはそれを行うだけの理由づけが必要です。ビザの発給制限などは、テロリストを入国させてしまう危険性や、パンデミック中なら公衆衛生目的などまだ納得の行き得る理由があるのですが、学位取得者全員にグリーンカードを付与することのメリット、あるいは付与しないことのデメリットが、果たして法改正に値するほどあるのか。普通にアメリカ目線で考えて、まずないです。

ただ、トランプが本気でその方向で法改正するのであれば、上下両院で共和党が多数の今がチャンスとも言えます。共和党議員全員を「トランプが言うならしょうがないか」と抱き込むことができれば、大した理由がなくても法案を通すことはできます。でも共和党はもともと移民受け入れに消極的なので、まず不可能でしょう。

そもそもトランプがこんなことを言い出したのは、おそらく合法的な入国の門戸を広げる姿勢を見せることで、不法入国の抑止力になると狙ってのことではないかと思います。文面どおりに学位を取った留学生全員にグリーンカードなんて与えていたら、膨大な数になって余計にアメリカ人の雇用を圧迫するでしょうし、何よりアメリカで学位を取ったテロリストも過去にいます。こう考えただけでもアメリカ全体にとってあまりにリスクが高いです。

と言うわけで、トランプの甘い囁きにあまり淡い期待を抱かないようにしましょう。

***私は法の専門家ではありませんので、すべて取り止めのない個人の見解としてとらえていただけると幸いです。

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