ハンター・バイデンの快進撃 バイデン家怒涛の一日を追う
2023年12月13日午前9時頃(米東部時間)、米CNNは突如、米議会議事堂の前から中継を開始。そこではハンター・バイデンが報道陣の前に立ち、“ゲリラ的”とも言える予告なしの会見を行っていました。
質疑応答などはなく、事前に準備された原稿を読み上げるだけのものでしたが、ハンターがこのような形でカメラの前に出てくるのは初めてのはず。あまりの不意打ちに私は度肝を抜かれ、米各局のニュースキャスターたちも同じように「サプライズ」としてこの会見を伝えていました。
この日はもともと、米議会下院の監視委員会がハンターを召喚する日に指定していたのですが、2週間前にハンターが公開形式の証言を希望。これに対して委員会側はあくまで「非公開で」として両者一歩も引かずの応酬が続き、当日の行方が不透明になっていました。さらに、今週半ばにはバイデン大統領に対する弾劾調査の正式承認決議案の採決もあると事前に予告されており、12月13日はバイデン家の「Xデー」とも言えそうな日だったことは確かです。でもまさかその日の皮切りにハンター直々のこのようなパフォーマンスを持ってくるとは、バイデン家一同からの「バイデンなめんなよ」という強いメッセージをひしひしと感じました。
ということで、ほぼバイデンがニュースを席巻したそんな一日を振り返ってみたいと思います。
バイデン親子がニュースジャックした日
朝:ハンターの衝撃会見
会見でハンターが述べた内容の要点は以下です。(「自分」というのはハンターのこと)
自分が過ちを犯し、与えられたチャンスや恩恵を台無しにしてきたのは事実。その責任は自分にあり、償っていくつもり
自分への捜査開始から6年間、下院委員会のメンバーを含む「MAGA Republican(トランプ派の共和党員)」たちは自分のプライバシーを侵害し、家族や友人たちを攻撃し続けてきた。自分の依存症との闘いをバカにもしてきた
依存症の最中の自分は、非常に無責任な金銭管理をしてしまったが、それを弾劾調査の理由にするのはばかげたこと
父は自分のビジネスに一切関わっていないし、そんな疑惑を裏付ける証拠は出てこない。なぜなら、実際に関わっていないから
ジェームズ・コマー、ジム・ジョーダン、ジェイソン・スミス(いずれもハンターの捜査にあたる下院各委員会の委員長)やその一味は、事実を曲げ、証拠から都合のいい部分だけを取り出し、テキストを都合よく解釈し、自分の友人やビジネスパートナーの証言を切り貼りし、自分から盗み出した情報を誤って伝えている
自分は公開形式でなら証言録取でも公聴会でも応じる用意がある
会見の最後、ハンターは「すべての戦略が国民に明け透けになるオープンな手続きを共和党が嫌がるということは、彼らの調査に正当性がないということ」と主張。決定的な事実がはっきりするのを恐れているということ」と指摘し、「何を怖がっている?僕はここにいる。準備はできている」と結びました。
これまで保守系メディアなどから、「本当に父親に迷惑をかけたくなければ、まず“父親は自分のビジネスと無関係”ときちんと言うべき」などと言われていましたが、今回の会見でハンターはまさにそれを実行しています。
最後の「アーティストとして」というのは、ハンターが現在画家として活動していることを踏まえちょっとしたユーモアをねじ込んだ形です。保守系メディアは全体的に洒落た言い回しに仕立てた声明を「“もちろん、アーティストとしても”って何だよ」などと揚げ足取りしたりしていましたが、同じ内容で過去にハンターが出したどんな声明文よりも強烈なインパクトをもってメッセージを伝えた点は、認めざるを得なかったのではないでしょうか。
カリフォルニア在住のハンターが召喚当日にわざわざワシントンDCの議会議事堂前まで出向いていながら、「非公開なら証言を断固拒否する」と言えば、「公開ならば受ける」という意気込みが本物だということを示すのにこの上なく効果的です。そしてもちろん、同日に下院で弾劾調査決議案の採決が行われることも見越して、その妥当性そのものを問うという、ダブルパンチを食らわせた格好になりました。
昼:下院共和党が反撃するも不発に
共和党側も黙ってはいません。会見を受けて、ハンターの疑惑を調査する下院監視委員会のコマー委員長、下院司法委員会のジョーダン委員長は直ちに反撃。公式声明で「ハンター・バイデンを、議会侮辱罪に問う手続きを進める」としました。
議会の委員会からの召喚(subpoena)は強制なので、本来の決まりでは証言に出向かなければ「違反行為」をしたことになってしまいます。ただ実際問題召喚に応じないというケースは政界に食い込んだ人物であればあるほど少なくないようで、何を隠そうジョーダン委員長自身も、トランプ氏の米議会議事堂襲撃事件絡みで召喚を受けながら、無視しています。
そんな背景もあって、保守系も含めメディアの見解は軒並み、この「議会侮辱罪に問う手続き」がハンターに大きなダメージを与える可能性は低そう、というものでした。
夕:バイデン大統領の弾劾調査承認決議案、下院で可決
そして夕方6時前、下院は公算どおり、バイデン大統領の弾劾調査を正式に承認する決議案を、賛成221・反対212の過半数で可決しました。現在の議席数自体が共和党221、民主党212(ニューヨーク州の嘘つき議員ジョージ・サントスの追放があったので1人欠員中)という構成で、党の立ち位置がそのまま票に反映された形です。
この決議案は弾劾訴追そのものではなく、「弾劾調査」という段階。これを可決することで、バイデン一家をめぐる疑惑について下院の各委員会は「調査のため」という名目で議会に召喚したり証拠提出を強制させたりというときに、より強い権限でできるようになります。
内実として、共和党の穏健派の中には乗り気でなくても「弾劾調査くらいなら、まあいいか」という感覚で、賛成票を投じて党のメンツを立てた議員が相当数いるようです。このため、調査の末に弾劾訴追に動いたとして、実際に可決する可能性は、「よほど現状を根本から覆すほど、バイデン氏本人がハンターのビジネスに関わったという動かぬ証拠が出ない限りない低いだろう」(CNN)との見方が大半です。
大統領弾劾のプロセスは、①下院で弾劾調査→②下院で弾劾訴追決議案可決(下院過半数の票が必要)→③上院の弾劾裁判で有罪(上院3分の2の票が必要)→④大統領罷免、という流れです。過去、③まで行った大統領がトランプ氏、ビル・クリントン氏、アンドリュー・ジョンソン(第16代大統領)の3人で、④まで行った人はゼロです。バイデン氏の場合は民主党多数の上院で③をクリアすることはあり得ず、どんなに頑張っても③でつまづくという所まで。大方の予想では、②すらクリアできないだろうという状況です。
12月13日、バイデン家の話題で持ちきりの1日でしたが、要するに今後バイデン家調査絡みのニュースで世間がザワつく頻度がちょっと増えるかもしれないというだけで、事態が急展開することはなさそう、ということです。
ハンターが会見で見せた、戦う姿勢と破壊力
事態は変わらずとも、今回の収穫は何と言ってもハンター本人が表に出てきて行った会見でしょう。
その中で、こんなくだりがありました。
“Where's Hunter?”というフレーズは、トランプ氏が前回の大統領選でハンターの依存症問題やウクライナでのビジネスをバイデン氏の攻撃材料に利用し始めた頃、繰り返し使っていたもの。当時は一般人のハンター本人が釈明するということがほとんどなかったので防戦一方でしたが、2021年、ハンターが自伝「Beautiful Things」を出版し自分を洗いざらいさらけ出したあたりから、「もう逃げ隠れしない」という意思表示として“Where's Hunter?”に呼応し"I'm right here"と言うようになりました。以来この掛け合いそのものが、トランプvsバイデンの戦いの代名詞のように持ち出されることもあります。
今回の会見は、「ハンター弁護チーム」の攻撃姿勢を改めて示したものと言えます。
現在ハンターの代理人弁護士を務めるアビー・ロウェル氏の戦略は、一貫してアグレッシブです。7月に検察との司法取引が破談になって以来、次々と法的措置を取って反撃に出ています。
9月、IRS・内国歳入庁を提訴。機密保持を十分にせず確定申告の情報を不当に開示したと主張
9月、ルディ・ジュリアーニ氏とその弁護士、ロバート・コステロ氏を提訴。ラップトップ問題に関連したハッキング及び不当な情報拡散行為で、プライバシーを侵害されたと主張
10月、銃の不法購入で起訴された件で、無罪を主張
11月、Overstock.com元CEO、パトリック・バーン氏(トランプ支持者)を提訴。「イラン政府に父バイデン氏をダシにした贈収賄を持ちかけた」などと事実無根で悪意ある情報を流され、名誉を傷つけられたと主張
12月11日、銃の不法購入で起訴された件で、起訴取り消しを要求。適用した法律がそもそも違憲だと主張
今回の会見もロウェル弁護士の進言で、おそらく原稿の文面作成にも大きく関わった(もしくは彼が書いた)でしょうが、今のところロウェル氏の読みどおりのペースで事態が進んでいるように見受けられます。会見のサプライズ感も絶妙でしたし、本人がはっきり否定するのを待たれていた空気感が強まったところでバイデン氏とのビジネスでの関わりを自らの言葉で直接真っ向否定したタイミングも完璧でした。
バイデン氏が「本当に」ハンターのビジネスに関わっていないのかどうかは今の時点で分かりませんが、今回ハンターが反撃姿勢を世間にしっかり明示したこと、とりわけ、「公開証言なら受ける」という主張がハッタリではなく本気と示したことで、下院共和党が防戦に追いやられています。確たる証拠が出てこない限り、下院共和党としては、今まで黙っていても味方についていた「バイデンなんとなく悪いことしてそう」程度の認識の世論を維持するのは、今後厳しくなるかもしれません。
余談ですが、トランプ氏の現個人弁護士のルディ・ジュリアーニ氏とは親子共々とにかく折り合いが悪いようです。父バイデン氏の回顧録「Promise Me, Dad」でも殉職した警察官の葬儀にオバマ氏が出席できず代わりに出席したバイデン氏に「どうでもいい人物でも、送るだけマシか」と、大統領本人が来なかったことの嫌味を言われたエピソードをつづっていますし、ハンターも過去のメディアのインタビューで「自分の落ち度は、ルディ・ジュリアーニみたいな人が言う事実無根の陰謀論を、世間の相当数が真に受けるという事実を見くびっていたことだ」と言っています。下手すると名誉毀損といちゃもんをつけられて訴えられそうですが、幸いジュリアーニのレーダーには引っかからなかったようですね。