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「マット・ゲーツを司法長官候補に選出」の衝撃 トランプの真意を考察してみた 【トランプ政権人事】

次期政権人事を着々と進めているトランプ氏。ここ数日でクエスチョンの多い人選がちらほら見受けられましたが、「司法長官にマット・ゲーツ下院議員」というニュースは、それまでのクエスチョンさえどうでも良くなるほどの衝撃でした。

案の定、この人選には「批判が噴出」とか「共和党内にも激震」とかいう話になっています。しかも不可解なことに、発表当日にゲーツは下院議員を辞任し議会を去りました。このマット・ゲーツ前下院議員(フロリダ州選出、4期目、42歳)という人、そもそも何が問題なのか。ひとまず、私が思い出せることを書き出してみます。

  1. 2021年3月に”性的人身売買“に関わった疑惑が浮上。司法省の捜査対象になる

  2. 疑惑について、司法省は捜査を終了したが、議会倫理委員会の調査は継続中(今週中に報告書を出す見込み)

  3. 疑惑の捜査の過程で、自分の彼女のヌード写真などを自慢気に見せるなどの変態行為を、よりによって議会の審議中にしていたことが発覚

  4. 過激派で陰謀論者のマージョリー・テイラー・グリーン下院議員と組んで極端な主張や発言を拡散

  5. グリーン議員も属する共和党下院の強硬派派閥「フリーダムコーカス」に所属

  6. 2023年の下院議長選出時、順当に行けば下院共和党ナンバー2だったケビン・マッカーシーにすんなり決まっていたところ、「フリーダムコーカス」メンバーで結託して妨害。投票で立候補もしていない議員の名前を書くなど小学生レベルの嫌がらせをした。結局マッカーシーの下院議長選出までに15回の投票を要した。

  7. とにかくトランプに心酔。

目立ったところでこんな感じでしょうか。

司法長官に相応しくないと言われる主な理由はやはり1。「司法省の捜査対象になった人物をその司法省のトップに据えようとは、何のジョークだ」というわけです。2も同様に衝撃で「モラルが一層求められる司法機関のトップに、倫理委員会の調査を受けている最中の人物を据えようとは、何のジョークだ」というわけです。

では、その元凶となった“性的人身売買疑惑”をもう少し掘り下げてみます。

“性的人身売買”というといかにも大掛かりな組織犯罪を思い浮かべてしまいがちですが、ゲーツのケースを端的に言うと「知人に紹介された女の子と旅行に行ってその費用を全部自分が払った」という話なので、日本でいう援助交際とまあ近いでしょう。とは言え問題なのは「女の子」が当時17歳で未成年だったらしいこと、「旅行」が州をまたぐものだったこと、性行為をめぐる金銭のやり取りもあったこと、と、これらが揃うと(特に未成年という点は一発で)「お付き合い」では済まず、FBIの出てくる立派な「犯罪」です。ちなみにゲーツ本人は、女の子は18歳以上だったと主張。「17歳の女の子とセックスしたのは自分が17歳だった時だけだ」と言っています。旅行の費用を自分で負担したのも純粋な親切心から、と説明しています。

最終的に司法省は、「一部の証人の証言が信頼できない」という理由で、ゲーツを起訴することなく捜査を終了しました。その信頼できない証人の一人がどうやら「女の子」本人のようで、おそらく本当は未成年ではなかったか、18歳以上だと偽ってゲーツと関係を持ったかのどちらかでしょう。年齢なんて出生届で速攻分かりそうなものですが、まあセンシティブな内容なので表面化されないのは仕方ないとして。いずれにしても、ゲーツは実際にやった犯罪を揉み消せるほどの大物ではないので、おそらく報じられていた疑惑が程度の差はあれ“盛られていた”のは、間違いないのだろうと思います。

ただ連邦犯罪からは免れたものの、下院倫理委員会の調査は続行中。ゲーツの行動は犯罪ではないが著しく道徳に反していたと烙印を押されるかもしれません。議員であれば下院の3分の2の賛成で彼を罷免することもあり得たのですが、本人がそれを待たずに辞任したのでその筋はなくなり(辞任はそのためだったんですかね…)、あとはそれを元に上院がどう判断するかという話になります。

正直私的には、上に挙げた3の時点で司法長官とかあり得ないだろと思うのですが、まあそれはさておき…

司法長官に就任するには議会上院の過半数の承認が必要なので、それをクリアできなければトランプのプランは御破算です。真偽はともかくこれだけの疑惑がある過激派寄りの人物なので、共和党が多数派になったとは言え上院が承認するのは難しいのでは…という見方が、今は優勢のようです。

ただそんなことはトランプ側も百も承知で指名したはずです。現にトランプは「recess appointment」という、上院が休業中の場合は承認プロセスを経ずに閣僚を指名できる大統領の権利を主張し、強引に押し進めようとしているようです。とは言ってもこれには上下両院の合意が必要で、しかもrecess appointmentで就任した閣僚も議会会期末までという期限付きでなので、いずれは承認プロセスを経なくてはなりません。なので、これからトランプ政権発足までの猶予の間、議会との交渉と、「ゲーツは疑惑のスケープゴートだった」という線での主張を同時進行で展開していくのではと思います。

そもそもなぜゲーツでなければならなかったのか。ここで一つ、思い当たることがあります。

トランプの長男、トランプジュニア氏が自分の生い立ちを語った2017年のニューヨーク・タイムズの記事に、こんな一文がありました。

「うち(トランプ家)では、戦わなければご飯も食べられなかった。欲しいものは戦って勝ち取れというのが大前提だった」

今年7月に暗殺未遂に遭い、血を流しながら拳を振り上げ観衆を鼓舞したトランプが放った言葉は「Fight」。

トランプがホストを務めた「ジ・アプレンティス」(起業家のオーディション的なリアリティ番組)をたまたま見た時、明白にトランプのお気に入りだった女性参加者が失敗の理由を「言い訳はしません、私の責任です」と言った時、トランプが「自分のために戦わない人間はいらない。You’re fired」と突きつけたことに驚きましたが、今思えばこの「戦う」ということは、トランプが何より大事にしている信条なのでしょう。

順当に、真っ当に、正直に生きる人間よりも、自分が追い落とされても這い上がってくるような(他人が決めた法やモラルに反していたとしても)、戦う人間を評価する。こういうことのような気がします。

ではマット・ゲーツがそのお眼鏡にかなったのかと言うと、必ずしもそうではないと私は思います。現段階ではどちらかと言うと、試されているのではないでしょうか。

まず良くも悪くもインパクトの強い人物(ただし、自分を凌がない程度に)を重視するトランプなので、クリーンで適正の高い人物よりも、クセも主張も強いゲーツの方がうってつけです。しかも民主党政権下の司法省に捜査を受けた彼が司法長官(ちなみに弁護士資格は持っている)なんて、これ以上の話題性はありません。

普通なら、話題性だけで指名しても、司法長官として結果を出してもらわなければ自分の信頼にも関わる…となるのですが、トランプに限ってはそうはなりません。トランプの肝入りで政権入りしたものの途中で躓き、はいさようなら、となった閣僚は第一次トランプ政権にいくらでもいました。ジェフ・セッションズ元司法長官(ロシア疑惑の扱いでトランプに失望され失脚)、ジェームズ・コミー元FBI長官(ヒラリー・クリントン捜査関連で絶賛されたのに、突然「いい仕事をしなかったから」と解任される)、マイケル・フリン元大統領補佐官(ロシア疑惑関連で起訴され退任。有罪となったものの、彼の場合失脚後も恩赦してもらってるので、見放されてはいないのかも…)あたりがいい例です。

マット・ゲーツの場合も、トランプ信者だし、戦う気概もありそうだし、「本気でやばい奴なら上院が必死で止める。やらせてダメなら勝手に失脚する。牙を剥いたらクビにすればいい」という感覚のお試し人事なのではないかと思います。

一方、ゲーツはこれで失敗したら確実にトランプからも見放され、そうなると政界で拾ってくれるところはおそらくありません。案外、司法長官なんかに指名されて、崖っぷちに立たされているのはゲーツ本人なのではないでしょうか。

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