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歪んだキスも純愛になったと思いたい

印象に残っているキスを尋ねられたら、あなたは何を、誰を思い出すだろうか。
聞いていると、それがファーストキスであれば甘酸っぱく、口元がゆるむ。配偶者であれば年月の積み重ねを感じ、ゆるむのは目尻だろうか。
ふと記憶を辿り、私はそのどちらでもないことに、少しだけショックを受けた。
私の印象に残っているキスは、17歳の頃。
相手は小中高が同じだったけれどそこまで接点もなかった、19歳の大学生だった。

それは、友達の好きな人だった。
友達が告白して、振られた1週間後だっただろうか。
冬休みで県外から帰省していた彼(A先輩)に、ゆっくり話してみないかと誘われた。
接点がメル友、家が近い、ぐらいしかないため些か不思議に思いつつも、友達のことが脳裏に浮かんだ。
何故か私を無視する友達。私がA先輩と遊んだと知れば、悔しがるだろうか?
私の名誉のために言っておくが、友達がふられた理由に、私は微塵たりとも関係ない。
A先輩に好きな人がいたからだ。私たちの部活の先輩で、A先輩の同級生。
私は彼らの恋愛劇に、端役ですら登場していない。
虚栄心の強い友達が、私を無視する友達が、少し眉をしかめればいいのにな、という黒い心から了承した。

A先輩からしたいことはあるかと聞かれ、お酒が飲みたいと答えた。相手が大学生であれば、お酒を飲むことを咎めないだろうと思ってのことだった。

初めてお酒を飲んだのは、数カ月前の夏だった。
大学生の元彼に「ジュースみたいなものだよ」と言われて、氷○のぶどう味を飲んだ。
その時に色々と…まぁ初めてのことが色々とあったことは、話が逸れるので割愛とする。
ただ、私はお酒を飲むとキスをしたくなるタイプなのだと認知した。

なので、「酒いいじゃん!」と言われた時に、「もしかしたら、キス魔の可能性があるので、ご迷惑をおかけするかもしれません」と返事をした。
とはいえ、付き合ってもいない男性にキスをするのかと言われれば、しないであろうという自信と道徳観念はしっかりあった。

当日。
2人で地元のスーパーに行き、お酒を選んだ。
果汁が80%以上ある、まさにジュースのようなお酒を勧められた。それと氷○の梅味を選んだ。
先輩がレジに並び、私はその様子を見ながら年齢確認をされないかドキドキしていた。スムーズに会計が終わりスーパーから出て、「意外と大丈夫なんですね」と言うと、「あんまり確認されんよ」と返された。今は年齢確認必須なので、時代もあったのだと思う。
小学校時代の話をしながら歩いて坂を下り、A先輩の家に着く。時刻は昼過ぎ、陽の光は柔らかく部屋を照らしていた。家族は仕事で誰もいなかった。だからこそ、未成年が飲酒できるのであろうが。

プシュッと気持ちの良い音をたて、2人とも缶をあける。果汁の多いチューハイは、アルコールの匂いはしなかった。乾杯、と言われ、缶同士のカツンというお世辞にも良い音とは言えない感触が手に伝わる。
A先輩はソファに座り、私はソファに背もたれるようにして床に座っていた。隣に座るよう促されたが、パーソナルスペースが広い私は、人が隣に座るのは少し苦痛だった。
アニメばかりが流れるチャンネルを流し見しながら、学校、大学、友達の話等の他愛もない話をしていた。
「俺16:00からのハンター○ンター見たいから予約していい?」
と聞かれ、もちろんと返答をし、2人で2缶目をあけた。
A先輩は高校の頃からバンドをやっていて、ギターを常に身近に置いていた。ソファの横にあるアコースティックギターに目がいき、特に興味もなかったが、弾いてとお願いした。
しばらく弾き語りをしている様子を、手の動きが面白くて、じーっと見ていた。
当時は知らなかったが、お酒に弱い体にはすでに十分なアルコールがまわっていたようで、顔はあつく、目が開ききらない感覚があった。
ぼーっとする。

「あの、恥ずかしいんだけど」
突然照れ笑いのように言われ、なに?と聞く。
「顔をずっと見られるのは、ちょっと…」
手を見ていたと思っていたが、歌っている唇も動いているからか、顔を見ていたらしい。もしくは眼鏡の奥の目か。
酔っているか尋ねられるが、笑ってしまう。酔うとは、このよく分からない楽しい感じのことだろうか?
「だいぶきてんね。目すわってるよ。」
少し笑われ、間をおいて言葉が紡がれる。

「………キス魔にはならないの?」

一瞬戸惑う。
なにを言っているのだろう、この人は。
そんな言い方したら、キスされたいみたいじゃないか。
多少の義務感で、キスした方が良いのかなぁと考える。今なら、なんだその義務感はと思うが、酒に酔うとはそういうことなんだろう。
ただし、唇にする気は一切なかった。
付き合っていない人にする意味が分からない。
正座を崩した状態だったのを、四つん這いになり、先輩の足元に移動する。
「ねぇ、歌ってて?見ませんから」
下から見上げてお願いする。
先輩は「えぇ」と戸惑いながら、ギターを鳴らし歌い始める。何を歌っていたのかは覚えていない。ごめんね、こっち見ないでいてくれたら、何でも良かったんだ。ちょっとだけ、恥ずかしいから。

弦を弾いていた右手に、顔を近づける。
手の動きが止まる。
視線を感じる。
もう、弾いていてって言ったのに。
その右手に、ちゅっと唇をあてた。
自分より低い体温を感じる。
気持ちいい。
先輩の手は動かない。
もう一度、手の甲へ唇をよせる。
男の人の手だ。
次は手の甲の血管へ。
私の唇の方が柔らかく、弾力はよく分からない。
体温がただただ気持ち良い。
数回繰り返し、指先にもキスをする。
舐めたい衝動に駆られるが、我慢する。
ずっと視線を感じる。
俯いていてキスしているため、髪の毛が横からするりと流れ落ちる。視線が少し遮られ、ほっとする。
そろそろやめようかな…と思った時。
流れ落ちた髪の毛を先輩の左手がすき、耳にかけられた。
右耳に先輩の手が当たり、声にならないような吐息がもれる。やばいと思い、首を傾げ、手から逃げる。
その左手の指をつかみ、目を瞑り手の平にもキスをする。
そして、先輩の目を見ながら、もう一度手の平へ。
手にしか口づけない私に、先輩は笑った。

左手の人差し指を顎に置かれ、くぃ、と上を向かされる。
顔を近づけられながら、「漫画みたいだな」とぼんやり思った。
眼鏡のレンズを介し、目が合う。
何故だかしょうがない、と思い唇をよけ、ほっぺにキスをした。
A先輩が、ふっとまた笑う。
焦れているのを感じる。
私はもう、笑えない。
頭の中で、もういっか、と声がした。
再度顎を指であげられ、避けるのをやめると、唇にキスされた。
私自身が道徳心を持っていても、相手がキスを望んでいるパターンを考えていなかった。
また唇に軽くキスされる。
そして先輩はギターを横に置き、私に向き直るとまたキスをする。
終わらせる気はないらしい。
先輩、何を考えているのでしょうか?
何度も、何度も、軽く触れるキス。
あなたがふった女の友達ですよ。
あなたが恋した女の後輩ですよ。
あなたの友達の、元カノですよ。
なんでこんなに優しく、キスされているんだろう。
何回、何十回と繰り返されるキスに、心が擽ったくなる。
こんなに大事にされているようなキスは、初めてかもしれない。
宝物にするような優しいキスに、満たされる感覚がある。
しかしそれと同時に、まどろっこしさも感じる。
それで満足ですか?

キスされる時に、先輩の唇をぺろりと舐めた。
一瞬かたまる先輩。
至近距離で目が合う。
あくまで言葉は出さず、嫌ならひいて?と目で訴える。
おずおずと、少し開いた唇がくっつき、舌が私の唇を舐める。
それに舌先で応えるように絡ませる。
それだけで、むさぼるように、舌が口の中に入ってくる。
私の口の中は自分で分かる程熱かった。先輩の口も舌も私より体温が低く、気持ちよさを感じる。
舌をいじられると気持ち良くて、くぐもった声が出る。
奥に、横に、舌でなぞられる。
ふと離れ、「梅の味」と笑われる。
自分だって、アルコールの味のくせに。
何も言えないまますぐに口を塞がれる。

もう触れるだけのキスではない。
ソファに座っていると、床にいる私は少し低いのか、キスをしたまま腰に手を回され引き上げられる。
膝立ちになると、それでも少し先輩の方が高いが、高さも体も近くなる。
ぐっと舌をいれられた時、カチャ、と眼鏡のブリッジ部分が私の鼻の付け根にあたった。
顔を離すと、先輩が笑い、眼鏡を外した。
眼鏡を片手で外し折りたたむ慣れた様子に、やっぱり眼鏡は良いなぁ、なんて思う。
ちらりと時計を見ると、16時前だった。もう30分以上キスをしている。
現実に戻りかけた私の頬と腰に手をあてられ、引き寄せられる。
驚いて「わわ」と声を出すが、顔を向き合わせられる。
どんどん強引になっていくキスに、思わず先輩のシャツを握る。
もれる声が増える。
なにをしているんだろう、私。
彼氏でもない人と、こんなキスをして。
頭によぎる思いは、いれられる舌で押し出されるように消えていく。
耳に、キルアの声が聞こえてくる。
ハンター○ンター始まってるじゃん…先輩、見なくて良いのかな?なんて冷静な声も頭に響く。
しかしどんなに顔を離しても、何度も何度も唇を、舌を、重ねられる。
唇がふやけないかな、なんて考える。
お酒とは違う意味で、頭がぼーっとしてくる。
時々指で優しくなぞられる耳に、体がはねる。
冬なのに、体が熱い。
シャツを握る手に力をこめると、より強く抱き寄せられる。
先輩が床におりてきて、両足の間に私をいれて腰と首に手を回される。
絶え間ないキスで力は抜け、こんなにしっかり掴まえられたら、離れられない。
これ、感じるなって言う方が無理じゃない?下着が汚れる…
高校生の自分にとっては、それが邪なようで、ひどく恥ずかしくなった。
こんなに舌も唾液も絡ませたキスが気持ち良いだなんて、やらしい。
ただ、部屋を照らしていた陽の光がだいぶ傾き、部屋が薄暗くなってきていたことが気になった。
段々お酒が抜けクリアになってきた頭で、先輩の体を両手で押し戻した。
先輩はそれに気づき、「顔色戻ったね」と笑い、キスは終わった。

時計は17時過ぎを示していた。
「あれ、ハンター○ンターも終わってたね」
という先輩の言葉から、この人は私よりも夢中だったのかと、なんとも言えない感情になった。
先輩が床に座ってからは私は正座をしていたため、足が痺れており、ぷるぷると立ち上がる。
「大丈夫?ごめんね?」と支えてもらい、恥ずかしくて笑った。

2人で何事もなかったかのようにそそくさと片付けをし、帰り支度をする。
相手の親には鉢合わせしたくなかった。

玄関を出ると、西日に目を細める。
先輩は、「バイクで送れなくてごめんね」と言い、飲酒運転になるじゃないですかと笑う。
門を出る時、「あ、そうだ」とゆっくりと振り返った。
西日を背に、ゆっくりゆっくり、振り返る。
私は逆光になり、妖しく見えることを知っている。
少しの気恥ずかしさから微笑む。

「ねぇ、A先輩。」
ゆっくり首を傾げる。
「彼女は私じゃダメですか?」

「い、いいんじゃないでしょうか…はい」
先輩の方が恥ずかしそうに目線を下にずらし、答えを得る。

おとしたのか、
おとされたのか。

人生最初で最後の告白は、好きじゃない人にしたものだった。



後日談。
食堂で、「彼氏できた」と仲の良い友達に話す。
相手を聞かれ答えると、驚き、直後、私の後ろへ目線をうつす。
A先輩にふられた友達がおり、睨まれた。
少しの優越感と、大きな罪悪感。
こうして私は最悪の形で、友達の恋愛劇に躍り出て、強制的に幕を閉じさせたのだ。
私は、「今日部活行く?」と笑いかけた。

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