近刊『終末期ディスカッション』序章その3
まもなく刊行となる『終末期ディスカッション』から,序章(その3)のご紹介です。医療従事者,非医療従事者,すべての方へ。近い未来のあなた自身かもしれません。「もし自分だったら」と想像しながら読んでください。
その3
あなたの父は会社を退職してからも警備員の仕事を続けており,まだ孫たちを肩車することができるほど元気です。耳が多少遠いこと以外は,いままで病気らしい病気をしたことがありません。ご飯も必ずおかわりをします。孫たちにせがまれて,来週末にアニメ映画を一緒に見にいく約束をしています。
「そのじいじって呼び方は何とかならんかな?じじいって呼ばれているみたいで,いつまでたっても慣れないよ。昔はそんな呼び方はなかったはずだけどな…」
数日前から父は発熱と咳があり,黄色い痰がいっぱい出ると言っています。あまりにも息が苦しそうなので,一緒に救急室に行きました。
「細菌性肺炎で,かなり重症です。すぐに抗菌薬で治療しますが,1つ決めておかなければならないことがあります。もしご自分で息ができないほど悪化した場合,人工呼吸器につなぎますか?高齢の患者さんが人工呼吸器に一度つながれた場合,死ぬまで外すことができなくなるかもしれません」
あなたの父は明快な性格で,自分のことは最後まで自分で決めたいと考えています。父は答えました。
「人工呼吸器が死ぬまで外せないってことになると延命治療ですね。
それならやめてください」
「わかりました。それでは人工呼吸器を使うことはしません。心臓が止まったときは心臓マッサージもしないことにします」
あなたは少し心配になりました。とても大切なことが一瞬で決まってしまったような違和感も感じました。でも父の延命治療はしてほしくないという意思は明確ですし,口を挟むべきではないと思いました。
父が入院して3日後,病院から電話がありました。嫌な予感がしました。担当医からです。
「お父様の状態が悪いのですぐに来てください」
病室に行くと,父は顔全体を覆うような特別なマスクをつけられており,苦しそうに呼吸をしています。時々あごを上げるような,嫌な呼吸です。何かのアラーム音がずっと鳴っています。
「人工呼吸器なしではこれが限界です。残念ながらお亡くなりになると思いますので,他のご家族もお呼びください」
あなたは気が動転しながらも,他の家族を呼びました。
「じいじ‼じいじ‼」
孫たちが叫んでいます。
あなたの父はその夜に亡くなりました。
ずっと心のなかで何かがモヤモヤしています。
「あのときの父の決断は本当に正しかったのだろうか?本当に治療できなかったのだろうか?あのときの話に出た人工呼吸器は本当に“延命”だったのだろうか?」
お通夜の1週間後,孫のために父が注文していたランドセルが届きました。
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本書は,意思決定のジレンマについて,経験と知識が豊富な医師Aと,自分なりに解決方法を日々模索しながら診療を続けている医師Bという2人に登場してもらい,その対話を通して,患者とその家族が「これでよかった」と思うことができる意思決定支援をどのように行っていくかについて解説します。「患者中心の医療」のために,正しい悩み方を一緒に考えていきましょう。
則末泰博
(東京ベイ・浦安市川医療センター呼吸器内科部長/救急集中治療科集中治療部門部長)
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