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『カンデル神経科学 第2版』 前書きから 〜目次紹介

 『カンデル神経科学 第2版』(原著第6版)には、編者である Sarah H. Mack 氏の追悼文(献辞)が記載されています。彼女はグラフィックアーティストとして、原著第3版から本書の図版の制作に携わり、原著第4版からは、アートエディターとして図版の制作を監督してきましたが、原著第6版の作業を終えた 2020 年秋に、残念ながらこの世を去りました。

 原著第4版で、本書はカラー化されました。献辞によると、そのタイミングで、すべての図版がデザインし直され、わかりやすさと美しさの両方を追求した、統一感のある図版に作り替えられたとのこと。そして、それ以降の版でも、この図版デザインの方針は踏襲されました。

 この文章を読んだときに、ああ、そうかと納得したことがありました。私たちが今回の原著第6版を初めて手にしたとき、パラパラとページをめくった第一印象は、「あまり内容は変化していないのかしら……」だったからです。でも、それは、違っていました。新しい図も修正された図も、イラストとしての統一感が保たれて作られていたので違和感がなく、変化がないという印象を与えたにすぎないことがわかりました。改めてよく見ると、前版と今回の版では図版ばかりでなく、文章が細部に至るまで変更され、情報のアップデートが怠りなくて、驚いたものです。

 通常、書籍を改訂する際には、改訂したことを目立たせるために、ページのデザインや図の印刷色を大きく変えたりします。でも原著はそのような小手先でのアピールは控え、改訂するにしても、デザイン方針は一貫させています。日本語版の『カンデル神経科学』も、改訂にあたって、そのデザイン方針を踏襲することにしました。

 さて、前置きはこのくらいにして、本書の概略目次と、本書の特長を一部ご紹介しましょう。

 章の並びが最も大きく変更されたのが、Part IとPart IXです。ここでは、主にこの2つのPartについて、序文の文章を引用して、簡単に紹介しましょう。まず、Part Iは、本書全体の導入のパートです。これまで3つの章で構成されていたものが、6つの章になりました。

その中で、まったく新しい章として登場した1つが、第5章 行動をつかさどる神経回路の計算論的基盤です。序文の言葉を借りると、この第5章では、どのようにニューロンが神経回路に関与し,特定の演算処理が実行され,適切な行動が引き起こされるのかについての原理が紹介されます。

 つづく、第6章は イメージングと行動。以前の第20章「認知の機能的イメージング」の図を引き継いでいる部分もありますが、テーマが変わり、著者も新しくなり、全文が一新されました。

 Part IXでは、それまで本書のいろいろなPartに分散されていた、疾患に関する8つの章がこのPart IXにまとめられました。そうした背景には、最近の遺伝学的研究により、それまで別物と考えられてきたさまざまな神経変性疾患や精神疾患、神経発達障害の原因の根底には、ある種の共通した原理が働いていると認識されるようになってきたことがあります。関連させて学ぶときに便利なように、1つにまとめられました。

 今回、まったく新しい章として新設されたのは、第5章のほかに、Part Vの第39章 ブレイン・マシン・インターフェースです。患者の脳に電極を埋め込み、電気生理学的な記録を行うと同時に局所的な神経刺激も可能にする技術、BMIについてまとめられている章です。先端的研究の現在位置が一章にまとめられています。さらに、第56章 意思決定と意識も新設された章です。この難しいテーマの解析が、初めて1つの章としてまとめられました。どのような実験方法によって、どのような側面から研究が行われているのかが紹介されています。

概略目次
Part I 概 論

第1章 脳と行動
第2章 遺伝子と行動
第3章 神経細胞,神経回路と行動
第4章 神経回路と行動をつなぐ神経解剖学的基盤
第5章 行動をつかさどる神経回路の計算論的基盤
第6章 イメージングと行動
Part II 神経系の細胞生物学と分子生物学
第7章 神経系の細胞
第8章 イオンチャネル
第9章 神経細胞の膜電位と受動的電気特性
第10章 シグナルの伝播:活動電位
Part III シナプス伝達
第11章 シナプス伝達概論
第12章 チャネルの直接的開口を介したシナプス伝達:神経-筋間シナプス
第13章 中枢神経系におけるシナプス統合
第14章 シナプス伝達および神経活動の修飾:セカンドメッセンジャー
第15章 伝達物質放出
第16章 神経伝達物質
Part IV 知 覚
第17章 感覚の符号化
第18章 体性感覚系の受容器
第19章 触覚
第20章 痛み
第21章 視覚情報処理の創造的な性質
第22章 低次視覚情報処理:網膜
第23章 中間段階の視覚処理と視覚要素
第24章 高次視覚情報処理:視覚から認知へ
第25章 注意と動作のための視覚情報処理
第26章 蝸牛による聴覚情報処理
第27章 前庭系
第28章 中枢神経系による聴覚情報処理
第29章 においと味:化学感
Part V 運 動
第30章 感覚運動制御の原理
第31章 運動単位と筋活動
第32章 脊髄における感覚運動統合
第33章 歩行運動
第34章 随意運動:運動野
第35章 視線の制御
第36章 姿勢
第37章 小脳
第38章 大脳基底核
第39章 ブレイン・マシン・インターフェース
Part VI 情動,動機づけ,ホメオスタシスの生物学
第40章 脳幹
第41章 視床下部:生存のための自律神経,ホルモン,行動の統制
第42章 情動
第43章 動機づけ,報酬,嗜癖状態
第44章 睡眠と覚醒
Part VII 神経発生と行動の発現
第45章 神経系のパターン形成
第46章 神経細胞の分化と生存
第47章 軸索の伸長とガイダンス
第48章 シナプスの形成と除去
第49章 経験とシナプス結合の精緻化
第50章 損傷を受けた脳の修復
第51章 神経系の性分化
Part VIII 学習,記憶,言語,認知
第52章 学習と記憶
第53章 潜在記憶を貯蔵する細胞機構と個性の生物学的基盤
第54章 海馬と顕在記憶貯蔵の神経学的基盤
第55章 言語
第56章 意思決定と意識
Part IX 神経系の疾患
第57章 末梢神経と運動単位の疾患
第58章 てんかん発作とてんかん
第59章 意識的・無意識的な精神過程の障害
第60章 統合失調症における思考と意思の障害
第61章 気分障害と不安障害
第62章 社会的認知に影響を与える障害:自閉スペクトラム症
第63章 神経変性疾患の遺伝的なメカニズム
第64章 脳の老化

2022.8.15