研究者のためのプレスリリース入門 〜文章編
はじめに
プレスリリースを初めて書いた研究者の原稿は、たいてい論文や学会発表の要旨のようなものになっています。研究者は日常的に専門用語を使用しているので、その言葉がどれだけ一般用語から乖離しているか理解できていません。極端な単純化で嘘になってはいけませんが、プレスリリースは、一般に用いられている言葉で、できるだけ簡潔に、かつ、わかりやすく論理だった文章で書く必要があります。
平易な言葉を使う
一番のポイントは、専門用語を避けることです。例えば、筆者の専門領域である生命科学分野では遺伝子「発現」という言葉がよく使われています。しかし、この言葉の一般の意味は、「表面に現れ出ること」です。一般の方は、「遺伝子発現」=「遺伝子がmRNAに転写されること(またはタンパク質に翻訳されること)」とイメージできません(ここにも「転写」や「翻訳」という専門用語が出てきますね)。なので、「遺伝子が発現する」→「遺伝子がオンになる(働きはじめる)」、「発現が上昇する(低下する)」→「働きが強くなる(弱くなる)」というように、平易な言葉にする必要があります。
また、医学・医療分野でも、専門用語によって医療従事者と患者のコミュニケーションに齟齬が生じていることが問題となっています。例えば、「予後が良い・悪い」という表現は医療従事者間では頻繁に使われていますが、一般の人にとっては日常的に使う言葉ではありません(「予後」とは「今後の病状についての医学的な見通し」という意味)。そのため、国立国語研究所「病院の言葉」委員会から「病院の言葉」を分かりやすくする提案がされています。いまだと、AIに「一般の方が理解できるように、専門用語を平易な表現に修正して」とお願いすれば、ある程度適切に修正してくれます。
研究者が研究において日常的に使っている言葉のほとんどは、一般の方には理解できないと思って間違いありません。
できるだけ短文・単文で書く
二番目のポイントは、できるだけ簡潔な文章にすることです。ひとつの文章中に、主語・述語のペアが一つだけの文章を単文、複数回表れる文章を重文・複文と言います。わかりにくい重文・複文の文章は、法律の条文やお役所の文章に見られます。厳密に定義するあまりに、非常にわかりにくくなってしまっている典型例です。一つの文をできるだけ簡潔にすることが重要です。大事なことなので二回言いました。初めは、主語と述語を意識して短文で書き、その後、文章のテンポを調整しながら、文を繋いでいくとよいでしょう。ただし、3つ以上の文を繋げてはいけません。原則として、繋ぐ文章は2つまでです。
また、修飾句の長さや語順にも配慮しましょう。以下、わかりにくい文章についての、本多勝一<新版>日本語の作文技術 (朝日文庫)での例です。
この文章は、語順を変えるだけで、もっとわかりやすい文章になります。
日本語では、主語を省略することも多いので、油断すると非常にわかりにくい文章に簡単になってしまいます。学生の卒論等を添削された指導者は実感できると思います。以下に、わかりやすい文章の書き方、悪文の避け方についての良書を紹介しておきます。
パラグラフライティングを意識する
最後のポイントは、パラグラフライティングです。ただ、論文を書くときほど厳密に意識する必要はありません。筆者は、一つの段落ではひとつのトピックを取り扱い、段落あたり「起・承・結」の三部構成を意識して、文章を作成することが多いです。文学作品ではないので、「転」は入れてはいけません。「起」と「結」の部分は、それぞれ1〜2文で、「承」の部分は1〜4文で構成すると、一段落あたり最短で3文、最長で8文となります。
パラグラフライティングは、本来、論理的で、説得力があり、わかりやすい文章を書くための技法です。論文でもプレスリリースでも、基本は同じです。よい論文が書ける研究者は、よいプレスリリースがすぐに書けるようになるはずです。
付記:接続助詞「が」は、逆接のみで使う
「〜であるが、」や「〜だが、」という接続助詞「が」は、通常、逆接の意味で使いますが、順接の意味で使うこともあります。文法的に間違いとは言えないのですが、接続助詞「が」は逆接のみで使うようにしましょう。下記ウェブページに、詳細がよくまとめられています。ご参照ください。
おわりに:文章生成AIの使用について
筆者は、プレスリリースの作成にChatGTPなどの文章生成AIを用いることは、ほとんどありません。たいてい、言い過ぎかポイントがズレたものが出力されてくるからです。しかし、プレスリリースのわかりやすさの評価や文章推敲にはAIを使うこともあります。
また現在、世に出回っているプレスリリース用文章生成AIは、科学研究成果のプレスリリース作成には不向きです。いずれ、科学研究成果発表用プレスリリース生成AIが出てくるかもしれませんが、ニッチな領域なので商用サービスとして成立するかは、わかりません。最近は、自分用にカスタマイズした文章生成AI簡単に作成できるので、誰も作ってくれないのであれば、自分で作成してしまおうかなと考えています。