「氷山に咲く大輪の花」第8話 決意表明
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実際にはその一か月くらい前に、ひとつの詩を書き上げていた。
なんとなく言葉が内側に湧いてきている感じがして、とりあえずペンと紙を用意すると、スラスラと内側から言葉が出てきて、ほんの数分でその詩はできあがった。
そんなこともあり、私はピアノを習い始めようか少しの間迷っていたけど、思い切ってレッスンに通い始めていたのだ。
ピアノを習い始めたものの、まだ自分の家にはピアノがなかった。続けられるかわからなかったから、ピアノはまだ買っていなかったのだ。
生徒の方から言ってもらった言葉は、そんな矢先のしり込みする自分を押し上げるかのようなメッセージとなった。
実際には、前に進むことへの不安というか、止めようとする心の動きがあって、なかなか決心がつかなかったのだと思う。
ピアノを習っても自分の家で練習をしないと上達はしない。買ってしまうと後戻りできないような気がしていたけど、思い切ってピアノの先生がすすめてくれた楽器店に行ってピアノを買うことにした。
決意表明
声楽のレッスンでは、とにかく音程を合わせながら発声をすることや、クラシックを歌うことがメインだったけど、ピアノのレッスンでは、音楽の基礎から学ぶことになった。
最初は、初心者用の教本に四分音符や十六分音符、休符記号などをていねいに書き込んでいった。
先生は、音楽の基本となることをまずは簡単に説明してくれた。ピアノの鍵盤(けんばん)は基本的に88個あるけど、自然界の音をすべて含んでいるわけではなく、自然の中で奏でられているものが音楽になっているということなど。
先生が話してくれる内容は、基本的な情報であるけれど、そのときどきの私にとっては、まさにそれが知りたかったと感じる内容であることが多かった。
また別の教本を使って、ピアノを弾く技術を少しずつ学んでいった。はじめのころは、右手と左手を使い分けることになかなか慣れず、うまく弾けるようになるなんて少しも思えなかった。
それでも、地道に基礎的な練習を重ねていくと、半年前にできなかったことが着実にできるようになっていくのだ。
思い返してみれば、大学生のころにピアノを弾いてみたいと何度か思っていた。小さな夢だけど、それを叶えることもできていたから、ピアノのレッスンに通えていること自体がうれしかった。
少しずつ技術が上達してくると、課題曲もそれに合わせてレベルアップしていく。新しい課題曲を選ぶとき、まずは先生がいくつかの曲を試しに弾いてくれて、そして私自身が気に入った曲を選んでいた。直感で気に入った曲を選ぶのだけど、先生が弾いてくれる曲を聴いているその時間も好きだった。ピアノの鍵盤を弾く先生の指の運びはまさに芸術的で、つい見いってしまうことが多かった。
そしてこれは、ある程度ピアノを弾けるようになってきたころのこと。
「ひろきさん、これは絶対に曲をつけなきゃだめだよ」
私の自宅で呼吸法の講習を受け終わったYさんは、私のピアノの前で正座して私と対面している。Yさんの顔は真剣だ。
「いや~、そんなこと言っても、できませんよ。やったことないですし」と、私が話をそらそうとすると、Yさんの目はさらに強さを増し、もう逃(のが)れられないような状況になってきた。
二人の膝と膝の間には、詩が書かれた紙が一枚置いてある。Yさんもピアノの先生をしていたから、私は気になっていたあの詩を見せてみたのだ。
彼女の顔からは「もう逃しませんよ」というような迫力を感じた。自分に作曲ができるなんて、露(つゆ)ほどにも思えなかったけど、「わかりました」と、私は観念するほかなかった。それくらいにあのときのYさんには、何か強い力が乗り移っていたようにも感じた。
Yさんが帰った後、私はおもむろにピアノに向かった。詩に曲をつける方法なんてまったくわからなかったけど、詩の言葉に合う鍵盤を一つひとつ探しながら確かめるように音を出していくと、「この音だ」というように、一つひとつの言葉にフィットする音を捉えることができた。
そして、言葉に対応する音符を一つずつ五線紙に書いていった。
わたしたちはあい
胸がくるおしいほどの戦いも
愛とゆるしでひもとかれ
ネガティブもふきとぶ
心のもちよう
五線紙に音符と言葉を並べただけで、楽譜と言えるものではなかったけれど、最初の部分が歌になった。
あんなにしり込みしていたのがうそのようだ。何とも言えない心の軽さを感じて、報告がてらに鉛筆書きのオタマジャクシが並んだ楽譜を、スマートフォンで写真を撮ってYさんにメールした。
私のあまりに喜んでいる様子が伝わったのか、Yさんは、はじめて何かができるようになった小学生をほめるかのように、優しい返信をくれた。
わたしはあい それは祈り
錬金(れんきん)として はるばる向こうから
やってくるのでなく
あなたの左側が ととのえられて
発動されるもの
わたしはあい
ひとつところから
わすれがたき祈り
ほころびなおす
残りの歌詞にも順調に音符をつけることができた。そして、くり返し歌っているうちに、おのずと歌としての形ができ上がっていった。
しかし、歌ができ上がったにもかかわらず、そこから先へは、なかなか進めなかった。何をどうしたらいいのかもわからない。Yさんとはそのあと自然と会う回数が減っていき、また、レッスンを受けていたピアノの先生に相談したくても、なんとなく勇気が出ないまま時が過ぎていった。
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