「音楽なんてキライだ!」第7話 背中が伝えるメッセージ
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声楽のレッスンに通い、一年半が過ぎたころには、「ガニュメート」という曲に挑戦していた。当時の私にとっては経験不足でもあるし、ある意味、無謀とも言える曲だったようにも思う。
なぜなら、まだ楽譜だってしっかり読めているわけではなく、先生の伴奏に合わせて感覚で音をつかんで歌っている箇所もあるくらいだったからだ。それでも先生は、その曲を当時の私の課題曲に選んでくれていた。
曲を歌い終えたときに、先生がコメントをくれるのだけど、その当時の第一声は「ブレスはいいのよね~」と言ってくれることがよくあった。
先生によると、一流の人でもブレスをしっかりするためには10年くらいかかる人もいるらしい。日々取り入れていた呼吸法が、ごく自然に歌うときにも活かされていたのかもしれない。
毎回のようにそのコメントを聞くたびに、私は心の中で苦笑いをしていた。このコメントの裏には、「音程や歌の技術がもっとあれば、いいんだけどなぁ」という先生の気持ちが隠されているように思えたのだ。
それでも、そのころには少しずつ音痴は解消されていたと思う。
グランドピアノから伝わってくる音が、私の内側にあった音の感覚を少しずつ目覚めさせてくれているように感じることも多かった。
そのいっぽうで、私は内側で浮き上がる漠然とした「怖さ」というか、音楽への苦手意識みたいなものと毎回のレッスンのたびに向き合っていた。
日々くり返されるこれらの作用が合わさることによって、音を認識することに対して私の内側でふさいでいた膜のようなものが、少しずつはがれていっているように私は感じていた。
あるとき先生は、歌の途中でこんなビジョンが見えたと感想を伝えてくれた。「井上さんが、崖(がけ)を勢いよく登ってるような感じなのよね」と言って、手で崖を登るしぐさをしながら、見えたビジョンの説明をしてくれた。
確かにその通りだった。崖の下なんて見る余裕はなくて、ただ頂上を目指して登りきる。少しくらい踏み外したってかまわないから、上まで登り切ってしまえ、と。ガニュメートは、私にとってそれくらいの曲だった。
この曲を歌っていると、高揚感に満たされていく感覚を得ることが多かった。宇宙というか、自然の大きな力の中に飛び込んでいく、そんな意志を明確に天に向かって叫んでいるような高揚感をよく感じていたのだ。
楽曲の中で「その意志」を表現する場面では、曲調のボルテージも一気に上がる。だから、そこにいったときに自分の意識を定めるのでは遅くて、たどり着く少し前から自分の中に中心の軸みたいなものを作っておいて、そこに声を乗せていく感覚で歌っていた。
声楽のレッスンを通して、音楽に対しての苦手意識と向き合ういっぽうで、たまにふと思うこともあった。
子どものころからうまく歌えていない自分にコンプレックスを抱くことが多かったけど、考えてみれば自分以外の家族はみんな歌が上手だった。
母はもう40年近く詩吟をしていて人に教えられるくらいになっていた。詩吟は、漢詩や和歌に節(ふし)をつけて歌うもので、私が子どものころ、母はよくキッチンで詩吟を歌っていた。
そして、父も定年後から母と一緒に詩吟をするようになっていたから、カラオケで歌謡曲を歌うときは伸びのいい声を出して歌えていた。
また姉は、子どものころからピアノを習っていて、中学、高校と吹奏楽部に入っていたから音楽は得意だった。
そういえばこんなことがあった。私が小学2年生のころだったか、姉が習っているピアノの教室に一緒に行ったときのこと。
ピアノの先生が弾いてみる? みたいなことを私に言ったのだろう。当時の私は「ピアノは男がやるもんじゃない!!」と言って、泣きながらその場を飛び出してしまったのだ。
そして兄は、子どものころから音感がよかった。姉の結婚式のときには、みんなの前で歌を披露したくらいだ。
だから、自分だけ歌をうまく歌えないのはおかしい。いや、きっと歌えるはずなんだ、と。そう思うようにもなっていたのだ。
そして、声楽を習い始めて2年が過ぎたころから、私の心に変化が現れ始めていた。クラシックの歌を十分に歌うことができたから、自分の中では満足した感覚をもつようになっていて、声楽のレッスンをそろそろ終えてもいいだろうと、思うようになっていた。
またもう一つ、大きな理由もあった。自分が作った歌を歌いたいという気持ちが、内側から強く出てきていたからだった。
新たな扉
私は40才になったころから少しずつ詩を書くようになっていた。詩といっても、考えて言葉を書くのではなく、自分の内側から浮かび上がる言葉をそのまま書き連ねていくような感じである。
大切なポイントは、まずは静かな湖面のように自分の内側を平静に保つこと。そして、自分の内側におのずと浮かび上がってくる言葉を待って、それを書き留めていくことだ。そのためにも「ハートの呼吸法」をよく使った。
この呼吸法は、私自身が研究を重ねて確立した手法で、実際に多くの人に伝えてきた。
ハートとは愛そのものであって、誰もが生まれながらに内側に持っているもの。そのハートに意識を合わせて呼吸法をしていく。この呼吸法をしていくと、おのずと心身が整えられるから、自分や周りの人にとってふさわしい言葉が自分の内側から浮かびやすくなる。
そして、私がこの手法と整体を組み合わせて作り出した技法が「メディスンマッサージ」である。
整体をしているときに、自分のハートに意識を合わせていると、受け手にとって最適な言葉(メッセージ)が伝わってくる。人の状況によってさまざまだが、身体を通して伝わってくるメッセージは、かなりピンポイントだ。
何人もの人にこのメディスンマッサージをして、受け手にメッセージを伝えてきたが、メッセージの正確さにおどろく人も多かった。
そして、このメディスンマッサージの手法を伝えるための講習をしているとき、私は、天と地がひっくり返るほどの体験をすることになったのだ。
一通りの技術を講習で伝え終えると、私は受講生の練習台になることがよくある。生徒の方が実際に整体をしているときに受け取ったメッセージを相手に伝えられるかどうか、確認をするためだ。
ある生徒の方がうつぶせになっている私の背中に手を当て、伝わってくる情報を捉えている。そして、思わぬ一言が聞こえてきた。
「作曲をする才能があります」
反射的に私は、起き上がって聞き返した。
「作曲なんて無理でしょう⁉」
自分が伝えている手法には自信がある。だからこそ、受け取った内容は相手に対し貴重なメッセージになるから、しっかり伝えるよう受講生には案内してきた。
それにもかかわらず、当時の私にとっては、「作曲ができる」なんて簡単に受け入れられるメッセージではなかったのだ。
生徒の方が私に伝えてくれたメッセージには続きがあって、「楽譜を持って輪になってみんなで楽しそうに歌っているビジョンも見えてきた」と教えてくれた。
しばらくの間、私は考えあぐねていたが、やはりピアノを買ったほうがいいかと、そんな思いも湧き起こるようになっていた。
実際のメディスンマッサージはこんな感じです。
メディスンマッサージコースの案内
メディスンマッサージを受けたい方は以下のページをご覧ください。
(ページの中程にメディスンマッサージの案内があります)