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「氷山に咲く大輪の花」第13話 本当は歌いたかったんだ!

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そして、数か月が過ぎたころ、私はMさんに感謝の言葉を伝えた。あのときMさんに、もう殺されることはないから大丈夫だよ、と言ってもらえたから、歌うときの怖さが少しずつ薄れてきたんだよ、と。
すると、Mさんは少しびっくりした顔をして、私そんなこと言ったっけ? と言葉を返してきた。まるで自分で言ったことを忘れてしまっているかのようだった。

不思議な感じがするかもしれないけど、たまにこういうことが起こる。私自身にとって必要なことが、Mさんを通して伝わってきたのだろう。
大切なのは、私自身が自分のトラウマと向き合って、歌うことへの怖さや苦手意識を少しずつ克服してきたことだった。そのことを察知した私は、それ以上、Mさんとの会話を続けなかった。

日常とは本当におもしろいものだ。自分にとって必要なときに誰かが大切なことを伝えてくれる。それを素直に受け取れないこともあるけど、あとになってそれに気づくこともできる。大切なのは、そういった言葉をキャッチしたときに、ふり返ってみることなのだろう。
こんなふうに自分の内側で反応するのはなぜだろう? あの人が言った言葉が心の中で引っかかるのはなぜだろう? と。
答えがすぐに出てこないこともある。でも、その答えにたどり着きたいから、私は自分に問いかけることを大切にしている。そうすると、おのずと現実の中で良い変化が表れてくるし、答えとなるものがすっと内側で腑に落ちることもある。

人前で歌い続けた2年間。人生の中でこれほどのチャレンジをした期間は、そんなにはない。まるで崖を登りきるまで、後戻りすることなく前に進み続けたような感じだった
そして新たな門出に向かう時が来た。今まで、苦手なものを克服できるように時間と労力をかけてきたけど、音楽にはそれほど力を入れなくてもよいと思えるところまで来たのだった。

そう思えたのもYさんとの再会があったからだ。数年間会うことはなかったけど、あることがきっかけで、Yさんは毎回歌のワークショップに参加してくれるようになった。
そして、ある年の12月。Yさんは、銀座のホールで一緒に歌いませんか? と私を誘ってくれた。青天の霹靂(へきれき)とはまさにこのことかと思えるほど、私にとってはびっくりするくらいのことだった。
わざわざ銀座まで行かなくても、という思いもあったけれど、やってみたい気持ちのほうが大きかったから、そのお誘いを受けることにした。

ライブは、数組の人たちが20分の枠を使い、どのような演目をしてもいいことになっていた。当日まで一か月半を切っていたけど、Yさんは事前にいつもの音楽室を予約してくれていて、二人で週に一回ほど練習をして当日を迎えることができた。
私が歌う歌は、もちろん「ゆるし、そして祈り」。それが自然の流れでもあったし、それしかない! という感じでもあった。そしてYさんは、自分のふるさとにまつわる歌を歌うことになった。それでも、当日の20分という枠を考えると時間が余るため、相談した結果、私が新しい詩を書き、Yさんがそれを朗読することになった。
ちょうどそのころ、私の家によく遊びに来ていた20代前半の男性がいたのだけど、彼はカメラやスマホを使った撮影の仕方に詳しかったから、彼に当日のライブの様子を撮影してもらうことになった。

当日のライブは無事に終わり、後日、彼が編集してくれた映像を見ることができた。自分が歌っている姿を客観的に見てみると、まだまだ自信なさげでもあった。しかし、観客の人たちは、ほぼ知らない人ばかり。よくあの場で歌えたなという思いと、人前で歌う快感みたいなものをほんの少し体感することができて、私はかなり満足していた。

自分が歌い手だった記憶は、とうの昔の過去世に置いてきたはずだった。しかし、私自身の内側は忘れていなかった。
これはある映画を家で観ていたときのこと。私はその映画を通して、また一つ、歌うことに対しての、自分の本当の気持ちを知ることができた。
映画は、年を重ねた夫婦の話である。先立った奥さんが参加していた合唱のサークルに、頑固だった夫も参加するようになって、全員である大会に出場することになった。
合唱をまとめる若い先生は、奥さんに先立たれた夫の歌の才能を見いだして、数曲のうちの一曲は、彼がソロで歌うように計画していた。
そして大会の当日になり、ステージの上で男性が独り、スポットライトを浴びている場面になる。緊張しているのか、彼はなかなか歌いはじめることができずにいたが、静まり返った会場の中に、彼の歌声が響き始めた。
その瞬間だった。映画を見ていた私は突然、号泣しだしたのだ。鼻水はとめどなく流れ、胸の内側からは明らかに、「歌いたかったよう……。歌いたかったよう」と声が聞こえる。現在の自分と、内側にいる昔の自分が同時にむせび泣いているかのようだった。
映画の物語が進行していくうちに、自分の潜在意識にあった癒やされていない感情がどっとあふれてきたのだ。
これが真実だった。ものごころがついたときには、今世の私はすでに音痴だったけど、内側の本当の私は、心底歌を歌いたがっていたのだ。
何気なく観た映画ではあったけど、歌うことに対してあんなにも生々しい感情が潜在意識にあったなんて。自分の奥底の気持ちを知ることができて本当によかった。
だからこそ、銀座のホールで歌ったあの体験は、私の内側に取り残されていた気持ちを癒やしてくれる大きな体験となったのだろう。

その年の春になると、おのずと今までの動きに変化が表れた。歌のワークショップで使っていた会場が簡単に借りられなくなってしまった。また、他の会場を探したが、会場を移してまでワークショップを続けていく意義をなかなか見いだせなくなっていたのだ。
こうして、人前で歌うことに関しての私の活動は、一通りの流れを経て、幕を閉じることになった。
これも自分の中でもう十分だと思えるくらいに、人前で歌うということを体験しきったからなのだろう。もし、この体験をしていなければ、私はずっと心のどこかで、歌で自分を表現することに対し、やり残した未練みたいなものを持ち続けていたかもしれない。




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