流産は治療できる?
流産の治療は難しい
流産の約80%は受精卵に偶発的に生じた染色体異常が原因で、その受精卵の染色体異常を治療することは不可能です(文献1)。ヒトはもともと受精卵の染色体異常が多く、どうしても避けられない流産があります。
ただ、受精卵以外の問題で流産率を上げるリスク因子を、少しでも減らすことはできます。つまり流産の治療の基本は、流産や不育症のリスク因子をひとつでも減らすことです。
ただ、不育症の多くはリスク因子がない原因不明不育症です。
これまでにたくさんの原因不明不育症に対する試験的な治療が世界中で行われてきました(表)。たとえば、血液をサラサラにする抗凝固療法として低用量アスピリン療法やヘパリン療法、免疫療法として夫リンパ球免疫療法、ステロイド療法などが行われてきました。しかし残念ながら、いずれもその治療効果は否定的です(文献2〜7)。
唯一ヒト免疫グロブリン療法が、6回以上流産既往がある方では効果が期待され(文献6)、また妊娠前から投与すると流産率を低下する可能性がありますが(文献7)、この治療は通常非常に高額で、1回の治療で通常100万円以上かかります。それを妊娠するかわからない妊娠前から投与することは、あまり現実的な治療とは思えません。
治療効果があるかないかはどうやってわかるの?
どの研究もどうして有効な治療として認められなかったのでしょうか?厳密な臨床研究である無作為化対照試験は、その治療が本当に流産予防に効果があるのかを評価するため、実際の治療薬と見た目では区別がつかない「プラセボ薬」というのを使用し、治療群とプラセボ群を比較して治療効果があるかないかを確認します。まるで人体実験ではないか!と思う人もいるかもしれませんが、こういった臨床研究があって、はじめて本当に正しい治療なのかがはっきりします。
プラセボ薬でわかること:流産にはストレスが関係している?
このプラセボ薬は、治療を行っている医師ももちろんわかりません。これらの研究で注目すべき点は、いずれもプラセボ薬を用いた方の流産率が、10~40%であまり悪くないのです(文献2〜7)。そのため統計学的に有意な差が出ないのです。
その理由として、流産は胎児の染色体異常が多く、その効果がわかりづらいこともあります。しかし、女性のストレスも関係している可能性もあります。以前も述べたとおり、ストレスは流産と強く関係します(文献8,9)。もともと不育症の方は多くが、次の妊娠への不安が非常に強く、うつ病になっている方もいます(文献10)。プラセボ効果というのですが、プラセボ薬で何か治療しているというだけで、安心感が生まれてストレスが軽減され、流産率の低下につながっている可能性があります。
原因不明不育症には「脱落膜化」に異常がある場合がある
また原因不明不育症は、不育症のリスク因子がなくても、流産のリスク因子がいくつか重なることで流産を繰り返している場合があります(「流産や不育症のリスク因子」参照)。そのため、流産のリスク因子まで検索し、きちんと治療すれば、流産を予防し出産までたどり着ける可能性が十分にあります。
しかし、原因不明不育症の中には調べることのできない因子があることもわかってきています。最近の不育症の研究では、原因不明不育症の中には、子宮内膜が着床に向けて変化する「脱落膜化」という過程に異常がある方がいることもわかってきました(文献11)。「脱落膜化」と聞くと、子宮内膜がはがれ落ちてしまうように変化すると考えられてしまうのですが、これは月経のときに内膜がはがれることから名前が由来しているだけで、妊娠においては脱落膜化が起きないと着床やその後の妊娠継続はできません。
脱落膜細胞のバイオセンサーが働かないことで不育症になる場合がある
あるオランダで行われた興味深い研究を紹介します(図)(文献12)。ヒトの子宮内膜脱落膜細胞を培養器で育てて、スリットを入れます。その間に受精卵を置いて、脱落膜細胞がどう動くかをみています。
上の段が正常に妊娠できる女性、下の段が原因不明不育症の女性の脱落膜細胞です。左から受精卵を置かなかった場合、良好な胚盤胞を置いた場合、染色体異常のある胚盤胞を置いた場合です。正常に妊娠できる女性の脱落膜細胞は受精卵を置かなかった場合と良好胚盤胞を置いた場合に、脱落膜細胞が動いているのがわかると思います(図AとB)。しかし染色体異常のある胚盤胞を置いたときに細胞が動かなくなります(図C)。つまり脱落膜細胞には、妊娠できる受精卵かどうかを判断できるバイオセンサーがあります。一方で原因不明不育症の場合、受精卵を置かなかった場合と良好胚盤胞を置いた場合は、同様に脱落膜細胞は動いていますが(図DとE)、染色体異常のある胚盤胞を置いたときでも正常に妊娠できる女性と異なり、細胞が動いています(図F)。つまり原因不明不育症の女性では、出産までたどり着けないような染色体異常のある胚を着床してしまう脱落膜細胞に問題があることがわかります。
脱落膜化異常の治療のカギはプロゲステロンにある?
研究では子宮内膜脱落膜細胞の問題がわかってきても、実際の臨床では妊娠後に胎児のいる子宮内膜を採取して検査することは絶対にできません。ただ脱落膜化に異常があると仮定して、治療することはできます。その脱落膜化を起こすホルモンが、排卵後に卵巣の黄体から出るプロゲステロン(黄体ホルモン)です。すでに行われてきた原因不明不育症に対する臨床研究の表の中で唯一解説していなかったのが、プロゲステロンです。このホルモンは、流産予防に非常に重要で、もともと切迫流産や切迫早産の治療としても昔から使われてきました。
原因不明不育症に対するプロゲステロン療法の大規模な臨床研究が、ヨーロッパの多数の国が共同して行われ、2015年に報告されました(文献13)。一度はプラセボ薬とあまり差がないという結論で、有効性がないと結論付いていました。再度解析をし直し、流産回数3回以上などの条件に絞ると明らかに妊娠成績が向上することがわかりました(文献14)。プロゲステロン製剤は、他の行われてきた臨床研究の治療法と比較して、安価でかつ副作用がほとんどありません。原因不明不育症であればプロゲステロン療法を試してみても良いかと思います。
着床前スクリーニング検査で染色体異常の受精卵を避けることができる?
はじめに、受精卵の染色体異常が流産の多くの原因で治療することは不可能、と言いました。受精卵の異常な染色体を修正することはできませんが、ヒトがもっている23対46本の染色体の数の異常がある受精卵を避ける方法はあります。それは、体外受精による着床前スクリーニング検査ですが、その詳細についてはのちほど解説します。
参考文献
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