働き方ノート Vol.9 屋代香絵先生
画像診断医、予備校講師、警察署協議会委員、ツイッタラー
四足の草鞋を履いています。
■仕事編
・放射線診断を選んだ理由
学生時代は産婦人科が大好きで、医学部6年生の夏休み頃までは産婦人科医になるつもりでした。今もその風習があるかは不明ですが、慶應では各科目でテスト対策資料(デュプロ)をつくる風習がありました。私は産婦人科の執筆&編集者になり、入局先も産婦人科1本で考えていました。しかし各科の勧誘を受ける頃に「女性が医師・子育て・家事を両立するなら、0か1になる忙しい科より、0.5で長く続けられる科を選んだほうが」とアドバイスされました。
その頃、放射線診断科の杉野吉則講師(当時)の講義で、胃悪性リンパ腫と胃癌の上部消化管バリウム検査が提示されました。自分にはタコとカニほどの歴然とした違いに見えたのに、友人達にはピンとこなかったようでした。これが、もしかして自分に画像診断が向いているのかな?と思い始めたきっかけです。さらに、10年もすれば自宅で遠隔読影もできるかも、と思い、放射線診断を選びました。
卒後は10年以上、大学病院の医局に所属して常勤で勤務し、産後は非常勤になりました。実際に働いていても、確かに仕事・家事・育児を両立しやすい科だと感じます。私の専門の消化管画像診断は専門家が減り、絶滅危惧種と言われる分野で寂しいですが、逆に専門家の少なさから、ここ数年、厚労省難治性疾患政策研究事業の研究員として声がかかり、国家賠償請求訴訟の行政側の医学意見書も依頼されています。非常勤になった割には、専門性の高い仕事を任されることが多く、やりがいを感じております。
・目には見えない壁
それでも拭えない不全感はあります。男女平等が叫ばれていても、現実問題、子育てと家事の殆どは女性が行っている家庭が多く、多くの男性は、結婚し子供を持ってもキャリアの中断を起こさずに済むことは羨ましいです。もちろん、女性で常勤を続ける先生もいらっしゃいますが、家事育児を完全外注するか、実家のサポートがないと難しいのが現実です。また非常勤や時短勤務では、他科との合同カンファに出席しにくく、遠隔読影が主体だとカルテすら参照しにくいのも辛いところです。また遠隔読影だと「病院廊下で他科の先生から診断が当たったよと褒められる」ような正のフィードバックが発生せず、受動的なフィードバックは全部「負」。メンタルが少しずつ削れます。
逆に言うと、ここは遠隔読影システムの改善点かもしれません。SNSみたいに、読影レポートに依頼医が「いいね」が押せたら……。遠隔読影の会社の方、いかがでしょう(笑)。
出産後は泊りがけの学会や勉強会に行きづらくて悲しかったですが、不幸中の幸いで、コロナ禍でネット開催が増え、参加しやすくなりました。早期胃癌研究会も最近はコンスタントに参加でき、やはり消化管は楽しいなあと、家でニマニマしています。ええ、変な人です。
医師国家試験予備校メックの講師として
自分は幼稚園から高校までエスカレーター式の学校で育ち、小学校5~6年頃から高校まで、同級生の勉強の補佐を教師に頼まれていました。その時の同級生による評判が良かったので、医学部に入学してすぐに塾講師をはじめました。同期入社は私以外が全員雇い止めされた厳しい会社でしたが、最後まで生き残れて、自信に繋がりました。
さらに、大学時代の産婦人科デュプロの評判も良く、友人から予備校講師かつ精神科のG先生に紹介され、参考書のゴーストライターの仕事を始めました。そのご縁で、医師国家試験予備校業界に入りました。こうして、医学部卒業と同時に二足の草鞋がスタートしました。
実はG先生は色々とやらかして業界から去り、自分は全部の予備校を転々としたあと、最終的には大学の恩師である解剖学教室の塩沢先生(講師名:一茶先生)のお誘いで、MECに移籍しました。そこから20年近くお世話になっています。幸い、講義の質を評価され、産前は、京都大学や慶應義塾大学をはじめ、最大で全国81医学部中、産婦人科対策講座だけでも63医学部(78%)が受講していました。他の講座と合わせると、1学年7000人程度が受講していたため、教え子は卒後25年で延べ10万人近くなります。
予備校業界は、学生との交流や自分の「噛み砕き力」が活かせるのが楽しいですね。学生からの「そういうことか!」や満面の笑顔が本当に好きです。生き残りが厳しい業界ですし、小心者の自分は毎年の契約更新のたびにビクビクしていますが、長年、楽しくお仕事をさせていただいています。
でも、子供を産んで泊りがけの仕事ができず、最前線から退きました。今は画像診断講座が中心となり、産婦人科を後進に譲ったのは、ちょっと寂しいです。
ある一日のスケジュール
5:30 起床。ベッド内でメール、LINE、SNS、スケジュールの確認。
6:00 長男と次男のお弁当作り。家族の朝食準備。
6:30 次男を起こし、一緒に朝食を食べた後、朝の支度を手伝う。
7:40 次男の見送り後、長男起床+朝食。
8:20 長男見送り。自分の身支度。
9:20 出勤。
10:00 大船中央病院で小腸造影開始
12:30 小腸造影+検診読影終了。売店で購入した食事を病院中庭で食べる。
13:15 退勤。
14:00 帰宅。家の片付け。
16:00 長男帰宅。おやつ。
19:30 次男のお迎えと食材の買い出し。 20:15 夕食準備。
21:00 夕食。
22:00 次男を寝かしつけた後、遠隔読影開始。
24:00 遠隔読影終了。就寝。
・TwitterなどSNS発信者として
今でこそ、Twitterでフォロワー2万7千人超という分不相応な(笑)アカウントの中の人をやっていますが、元々は「Twitterなんてバカ発見器」と思い(ごめんなさい)、絶対にやらない!と心に決めていました。しかし2020年初頭から日本もコロナ禍に見舞われ考えが変わりました。
当初、病院職員に箝口令が敷かれ、医師同士の情報交換すら制限されました。そんななかでも画像の特徴を掴みたくて、自験例や論文などでCT画像を読み漁りました。すると、発症初期には丸いGGOが比較的特異的であること、また夫の知人が院内感染した状況を伝え聞くに、空気感染を考慮しないと辻褄があわず、CT画像もそれを反映していると気がつきました。でも当時、日本放射線専門医会は「Covid-19肺炎に特徴的な画像はない」と声明を出し、WHOの公式見解も空気感染を否定していました。これはまずいぞ、と…。実は当時、自分たちの身が心配であった以上に(ご本人にはお伝えしてませんが)お世話になった杉野師匠の身に危険が及ぶことが怖くて、とにかく日本の院内感染を防ぎたい、1人でも亡くなる人を減らしたい、と激しく突き動かされました。またPCR検査も偽陰性があり、当初は検査の供給も不十分でした。日本は病院所有のCT台数が多い特殊事情もあり、CTを活用すればPCRの不足分を補え、早期発見+早期隔離に役立つと考えました。
そこで、情報交換の制限下でもCovid-19のCT画像の特徴と感染経路を周知するには、Twitterの匿名アカウントから周知するのが最適と考え、読影室でマリモマリモと騒ぐ私に夫からマリモサインで売り出せ(笑)と言われたものあって、マリモサインとしてTweetしました。すると本当に幸運なことに、当時から実名の大型医師アカウントであった帝京大学ちば総合医療センターリウマチ内科の萩野昇先生@Noboru_Haginoの目に留まり、拡散され、一気に周知が進みました。そして2020年秋に雑誌インナービジョンで萩野先生とCovid-19に関する総説を共著したのを機に、Twitterでも実名を明かしました。
ほかにも、効果的な感染防御の周知のため「換気を喚起」を合言葉に活動し、コロナ不安に乗じたエセ科学の種明かしにも力を入れました。たとえば、2020年夏にはTwitterを見ているうちに興行界に集中してクラスターが多発していることに気づき、これは流石におかしいぞ、とTweetしたところ、フォロワーさんから「抗体検査を陰性証明に用いることに文化庁が補助金を出している」との情報を頂きました。この件について私がまたTwitterで騒いだ(笑)ところ、それを見た政治家が動いて抗体検査への補助金が停止になり、興行界でのクラスターの頻発も収まりました。また「空間除菌でウイルス感染は防げない」という啓発にも力を入れました。いらすとやさんの素材を用いてわかりやすい紙芝居風のPDFを作ったところ、非常に反響が大きく、大学の情報リテラシー教材としても利用していただいていています。またY社とT薬品のコラボによる中学校体育館用のの有人大型二酸化塩素噴霧器の開発設置も事前に防ぐことにも繋がりました。
2021年にはワクチン接種が開始されました。そこで、Twitterで現場の不満を拾い上げては、ツテを頼って然るべき筋へ話を繋げて、その解決に努めました。そのなかで、アナフィラキシーへの対応に不慣れな担当者が多いことや、当日初めて顔合わせして仕事をするパターンが多いため、救急対応に苦慮するケースが多いことにも気づきました。
自分はヨード造影剤でアナフィラキシー初期対応に慣れていたので、その経験を活かして簡易チャートを作成しました。このチャートは知人の尽力により日本救急医学会の承認も得られ、公式なアナフィラキシー対応チャートとして採用して頂けました。その後、自分もワクチンの問診業務に行くようになり、そこで聞く接種者からのモデルナの副反応の訴えの多さと重さが気になりました。そんな中で、夏(守秘義務のため詳細は書けませんが)、自験例から接種後の若年男性の心筋炎で重篤例もあることを知り、さらに、モデルナがファイザーよりハイリスクである「可能性」にも気づきました。当時は、若年男性の心筋炎は知られていても、ワクチンごとの心筋炎発症率の違いは知られていなかった頃ですし、身近では若年男性へもモデルナ接種がどんどんと進んでいて、このままではマズイと、本当に肝が冷えました。
そこで、まずはフェイスブック(FB)にて医師限定で警鐘を鳴らしました。さらに、厚労省の友人にも相談し、調査と対処をお願いしました。すると即日、厚労省内の担当部署へ連絡して頂けました。また、次の回のワクチン分科会資料には、モデルナとファイザーの心筋炎発症率を比較したデータが出ました。予想通り、モデルナのリスクが高いと示唆されるデータでしたので、すぐに私も慎重に言葉を選びながらTwitterで一般向けへの周知を開始。10月15日には公式に若年男性へのモデルナ回避をすすめるアナウンスがなされたため、その周知に努めました。
重大な懸念を感じてから約2ヶ月、1人でも悲しい転機を減らしたいと、ありとあらゆる手を尽くしました。結果、諸外国より早いタイミングでの注意喚起に繋げられたので、本当に良かったと安堵しています。
SNSを始めて、医師同士、卒業大学や科を超えた交流が増え、基礎系研究者や異業種の方との交流も広がりました。自分は無位無官のパート医であるにも関わらず、Twitterのおかげで各分野の最前線の方々と真剣にCovid-19対策の議論ができたことは、本当にかけがえのない経験でした。 FBではCovid-19関連で大小2つのグループに所属しています。特に小規模グループでは政策決定に影響を及ぼす方から意見を求められ、自分の考えがダイレクトに反映されたことも有り、とてもやりがいがありました。
反面でSNSには怖い人がいるのも事実です。1年半ほど変な人にネットストーキングされ続けていますし、地雷を踏めばすぐ炎上します(苦笑)。正直、金銭的には(稀に企業案件が入ったり、フォロワーさんからプレゼントをいただく以外は)メリットがないし、時間も失います。でも、SNSをやっていなければモデルナのリスクについての周知も遅れていたし、換気の喚起も含めて微力ながら各方面で防疫の役にも立てたと思うので、コロナ対策に関して言えば、勇気を出して漕ぎ出して良かったと思います。
・警察署協議会委員として
お恥ずかしながら、私は警察の方々にある事件の被害者としてお世話になったことがあり、そのご恩返しができるならとお受けいたしました。委員には市内の各業種の人が集まるので、緊急事態宣言などの政府のCovid-19対策が市民にどのような影響を与えているかも聞けました。また署内でワクチンに関する講演もご依頼頂きました。なにより、警察の方との交流がしやすくなったこと自体、心強く感じています。
屋代先生に聞きたい!
・お仕事をするうえでのこだわり
医師も予備校講師も、コミュニケーションにこだわっています。自分自身が細かいことでクヨクヨし、逆に人の笑顔を見たり、温かい声を聞くだけで楽になるので、自分が笑顔や温かい声を提供し「会って3秒で心を開いてもらう」ことを目標にしています。予備校講師を始めた頃は、鏡の前で笑顔の練習をし、どの筋肉を使うとどう見えるのか何度もフィードバックし、伝えたい表情が作れるよう練習しました。また自分の声の録音・再生を繰り返し、声の抑揚や声色をフィードバックし、発声にも工夫をしました。こうした地道な練習が、臨床にも講師にも活かせていると感じています。
画像診断は、「画像の向こう側に患者さんの人生がある」「レポートを読むのは人間である」ことを常に意識して読影してきました。私達が「見る」のは画像ですが、「診る」のは、その元になった患者ですし、依頼医が読みにくいレポートでは伝えたいことも伝わりません。同じことがSNSにも言えて、スマホ画面の向こうに人の心があることを忘れて、通りすがりに暴言を投げる人が少なくありません。でも相手は人間、強い言葉を使えば相手の態度は硬化し、心を閉ざします。ですから自分は、読影・SNS共に「画面の向こうは人」を常に意識して、相手が受け入れやすいアウトプットするように心がけています。
最後に。Twitterは140字縛りなので、伝えたいことを誤解なく、手短に伝える訓練になります。画像診断レポートにもその技術は活かせます。海外の論文や珍しい画像の紹介を行うアカウントもあります。定義の変更などの周知もあり、結構勉強になります。なお2020年第56回日本医学放射線学会秋季臨床大会では、準ベストリツイート大賞を頂きました。大会長の青木先生、ありがとうございました。副賞の日本酒は美味しく頂きました♥
とはいえ、くり返しになりますがSNSは良い面ばかりではなく、残念ながら悪い面も多いです。
最近、Twitterで自分自身がネットリンチにあったり、Twitterを舞台にした詐欺もみかけて、その解決に尽力しました。SNS犯罪が減らせたらいいのに、と痛切に感じています。
こんな感じで危険も多いSNSですが、自分にとっては世界を広げる重要なプラットフォームになりました。今後コロナが落ち着いたらSNSとの関わりもまた変化すると思いますが、どうなっていくのかは自分でも全く読めずにいます。