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医療の「ニューノーマル」としてのAI、承認に求められる安全性と迅速さの両立

昨今、様々な分野において、AIを活用する動きが加速してきました。特に2020年は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下新型コロナウイルス)の流行もあり、それに対応するための画像診断支援や創薬支援など、医療分野においても、AIを用いた支援システムが実用化されています。

一方、AIを医療機器に搭載するかぎり「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法、以下薬機法)」において、規制がなされるのは言うまでもありません。

AIの持つ特性上、これまでの審査・承認プロセスに適合しにくくなる点が課題となっているのです。ここでは、AIを医療機器に搭載した場合、審査・承認プロセスにおいて、いかに安全性と迅速さの両立を図るべきかについて、考えていきます。

日本におけるAI搭載医療機器の現状

日本において初めてAIを搭載した医療機器としては、2018年12月にサイバネットシステムが開発した、大腸内視鏡診断支援ソフトウェア「EndoBRAIN(エンドブレイン)」であると言われています。(参考1)

最近のものでは、富士フイルムが提供しているAIプラットフォーム向けのアプリケーションとして、胸部CT画像から肺結節の候補を自動検出する「肺結節検出機能」と、医師が確定した肺結節の性状を分析し、医師の所見文作成を支援する「肺結節性状分析機能」の薬機法における認証を取得し、2020年6月に発売を開始しました。(参考2)

また、エムスリーが、中国のアリババクラウドと連携して開発した画像診断支援AIが、申請から1ヶ月弱という異例の速さで、2020年6月下旬に厚生労働省(以下厚労省)から製造販売承認を得たというのは、記憶に新しい話です。

新型コロナウイルスによる肺炎を、CT画像からAIが検出するというもので、医療従事者への負担軽減に大いに役立つことが期待されています(参考3)

AIが導入されることによって、少なくとも、次のようなメリットを享受できるようになり、ひいては生産性向上にもつながります。

・人の手で膨大なデータを入力しなければならなかったものが、瞬時に読み込まれるようになる。
・人の目だと見落としがちな疾患のリスクを、早期に発見できるようになる。
・これまで、時間をかけて悩まなければならなかったことが、迅速に判断を下せるようになる。

医療従事者をサポートするためにも、今後もAIの活用は、ますます必要不可欠なものとなるでしょう。

AIでも医療機器として承認を受ける必要性とは

医薬品や医療機器によって、患者を治癒に導くためには、品質・安全性・有効性が保たれていることが重要です。

薬機法の第一条にも、以下のように定義されています。
"「この法律は、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器及び再生医療等製品(以下「医薬品等」という。)の品質、有効性及び安全性の確保並びにこれらの使用による保健衛生上の危害の発生及び拡大の防止のために必要な規制を行うとともに、指定薬物の規制に関する措置を講ずるほか、医療上特にその必要性が高い医薬品、医療機器及び再生医療等製品の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより、保健衛生の向上を図ることを目的とする。」"
(参考4 より引用)

医薬品において、かつてはサリドマイド製剤やHIVに感染した血液製剤による薬害が、テレビや新聞・雑誌を賑わせた記憶のある方は、きっと多いことでしょう。

また、医療機器においても、放射線を取り扱う装置での意図しない被ばくや、MRIでの磁性体持ち込みによる吸着事故(※1)が、現在でも少なからず起こっています。

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(※1 吸着事故とは)
MRI本体は、撮影するために強力な磁場を発生させます。MRI自体が巨大な磁石であるために、鉄などの磁石につきやすいものをMRI室に持ち込むことは、大変危険です。磁場が強力なゆえに、車いすや酸素ボンベのような重量物でさえ、引き寄せてしまいます。特に酸素ボンベに関連する吸着事故としては、それを抱えた人が室内に入り込んだ際に人ごと引き寄せられた例や、MRI内に患者がいる状態で酸素ボンベが飛んできて、患者に直撃した例が過去にありました。いずれの例も死亡事故につながっています。
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薬機法で対象となる品目は、研究開発の段階から、製造の段階、流通後に至るまで、正しいプロセスを経ることによって、その安全性と有効性が初めて確保され、患者を治癒に導くことができるようになります。

もしも、これらのプロセスにおいて不適切なものがあると、その安全性と有効性は保証できなくなり、患者を治癒させるどころか、患者の命あるいは授かる子供たちの健康さえ脅かすことになるかもしれません。

薬機法で規制されている医薬品や医療機器は、患者にとってある意味「諸刃の剣」であり、そのためにも正しく規制することが必要なのです。

医療機器として扱われる以上、AIもその規制を受ける必要があります。

AIを薬機法に適用するための課題

従来のプログラムも含み、薬機法で扱われる各品目は、これまでは十分作り込みがなされた上で、市場に送り出されました。仮に、機能上において変更がある場合も、改めて審査などを行うことで対応が可能でした。

しかし、昨今のAIは、自己学習を行い、自らアップデートを繰り返すものが主流となっています。市場に送り出される時点においてもなお、開発途上の段階である点が、これまでの品目と異なるのが、AIの大きな違いです。

そのため、従来の研究開発→製造→流通後といったプロセスでの監視が難しくなります。

この分野での開発は、日進月歩であり、承認に時間をかけすぎると、承認したころにはすでに古い技術となってしまいます。

また、あまりにもリスクばかり重要視してしまい、承認をためらうと、AIを搭載した医療機器によって、医療従事者が享受すべきメリットが受けられなくなるでしょう

流通後のアップデートによる進化を、現状の仕組みでは、評価をすることができません。AIの特性に応じた、審査・承認体制の構築が求められます。

安全性・有効性を担保しつつ、柔軟かつ迅速な対応を

AIを搭載した医療機器でも、学習と性能変化のタイミング次第では、従来通りの承認プロセスが適用可能なケースがあります。

例えば、出荷時の段階で学習を終え、装置の据え付け後に、学習による性能変化が行われない場合は、従来通りの承認プロセスが適用可能です。

装置の据え付け後の性能変化に関して、ソフトウェアのアップデートで対応すれば、一般のソフトウェア同様、アップデートされたソフトウェアを承認することによって、安全性や有効性を確保することができます。

しかし、据え付け後も自己学習することによって、装置自体が性能変化する場合、予期せぬ性能の低下やふるまいを生じる恐れがあります。

例えば、PCやスマートフォンで文字を変換する際に、変換ミスまでも学習して、意図しない変換結果が出てきてしまい、変換精度が下がった経験をお持ちの方は、きっと多いことでしょう。

また、装置に搭載されているAI自体が、性能変化の結果、情報の見落としや拾いすぎによる、誤った診断を行いかねないというリスクも孕んでいます。

そのため、従来の承認プロセスでは、安全性や有効性を保証しつづけることが難しくなります。常に装置のふるまいをモニタリングして、万が一のことがあった場合、柔軟かつ迅速に対応できる体制づくりが求められることになるでしょう。

具体的には、以下のような対応が求められるのではないでしょうか。

・装置の据え付け後も、1年おきなど、できるだけ短いスパンで審査を繰り返す。
・リアルタイムでのモニタリングをもとに、必要あれば随時改善を行い、そのプロセスを報告する。
・何か異常なふるまいが見られたら、リアルタイムでメーカー、あるいは関係する機関に報告・対応できるシステムを構築する。

開発する企業や、審査・承認に関わる厚労省、その所管にある医薬品医療機器総合機構(PMDA)、そして顧客である医療機関が連携し合って、情報の共有とともに、こうした仕組みづくりに取り組んでいくことが重要となります。(参考5)

安全かつ迅速にAIを現場へ

2020年10月30日に、政府は2020年版の「過労死等防止対策白書」を閣議決定しました。その中では、運輸とともに医療で働く人たちの間で、過労死ラインを大幅に超える条件下で働く人たちの割合が、依然多いことを示しています(参考6)。

医療機器にAIを搭載することによって、装置自体が正しく機能すれば、医療従事者の負担が大幅に軽減できるようになるでしょう。

しかし、学習の過程により、誤った方向に学習することによる、予期せぬ挙動や誤診などのリスクも孕んでいることは否めません。

そのようなAIの特性を踏まえながら、いかに安全性や有効性を確保しつつ、最新の技術をできるだけ早く、医療の現場へ届けることができるための体制づくりが急がれます。

開発する企業、厚労省および医薬品医療機器総合機構(PMDA)、顧客である医療機関の密な連携が、テクノロジーのニューノーマルに対応するための、大きなカギとなることでしょう。


(参考1)サイバネットシステム株式会社、ニュース(2018年12月10日)
https://www.cybernet.jp/news/press/2018/20181210.html

(参考2)富士フイルム株式会社、ニュースリリース(2020年5月27日)
https://www.fujifilm.com/jp/ja/news/list/4963

(参考3)エムスリー株式会社、プレスリリース(2020年6月29日)
https://corporate.m3.com/press_release/2020/20200629_001616.html

(参考4)e-Gov「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和三十五年法律第百四十五号)」
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=335AC0000000145#A

(参考5)独立行政法人医薬品医療機器総合機構「AIを活用した医療診断システム・医療機器等に関する課題と提言 2017」
https://www.pmda.go.jp/files/000224080.pdf

(参考6)厚生労働省「令和2年版 過労死等防止対策白書(令和元年度年次報告)[概要]」5ページ「1(1) 労災認定事案の分析」
https://www.mhlw.go.jp/content/000689329.pdf

■著者プロフィール
平賀 知(ひらが さとる)
大学卒業後、自動車、電機メーカーを経て、プラスチック成形工に。
2011年より、医療機器販売会社で一般事務職として勤務。文章を書くことに強い関心があり、2013年ごろからクラウドソーシングサイトを利用して、文章を書き始める。
これまで、所属する武道団体の試合記事や、生活情報・趣味関連のサイトで記事を多数執筆。本業とのシナジー効果を目指すべく、目下、医療関連の記事の執筆にチャレンジ中。


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