『不当取引』を制作して 〜インタビュー チャン・ホギPDに聞く〜

放送レポート293号(2021年11月) 
放送レポート編集部&岡本有佳

薄氷を踏みしめる7ヵ月

―― 韓国の国家情報院(以下、国情院)と日本の右翼勢力のつながりについて、取材しようと考えた最初のきっかけは何でしたか?
チャン すべての始まりは一本の情報提供の電話でした。情報提供者は国情院で27年間勤務し、主に日本で工作を担当した海外工作官でした。 国情院の職員が情報を提供するのは、本当に容易なことではないし、当然滅多にないことです。ですから最初は彼の言葉を信じがたかった。それほど衝撃的なことでもありました。しかし彼の身分を確認し、彼が持ってきた根拠資料を一つひとつ検討した結果、彼の主張は大部分事実だったのです。
 最初に私の関心を引いたキーワードは「慰安婦合意」でした。情報提供者は「2015年日韓慰安婦合意」の過程で、韓国の国情院が事実上最も重要な役割を果たしたと言いましたが、問題はその過程で日本の極右勢力が大きな影響を及ぼしたということでした。国情院と日本の極右勢力との間に“コネクション”があったという事実は、大韓民国の報道人であり、韓国国民である私にとって大変ショックなことでした。だから、この事実を必ず世の中に知らせなければと決心したのです。 
 この情報提供を初めて受けたのが今年(2021年)の1月です。その直後から8月までの約7ヵ月間、私は「国情院と日本の極右勢力の関係」について取材し、その過程で、放送で公開されたような、衝撃的な「不当取引」を知ったのです。国情院は、日本の公安に自国民の動向を伝え、日本の極右人物らに国家機密を提供し、「日本国家基本問題研究所」(理事長・櫻井よしこ、以下、国基研)で客員研究員として活動する元国情院幹部には数年間にわたり工作金を支給してきました。それだけでなく日本軍「慰安婦」の歴史歪曲の核心人物である西岡力氏の出版、行事の支援までしました。私は今でもこの事実が信じられません。
―― 取材の過程で困難もあったと思いますが、取材妨害や圧力などはあったでしょうか?
チャン 情報提供者の安全と取材機密を維持するのは容易ではありませんでした。国情院は前職・現職の職員が業務中に取得した情報を外部に漏らすことを厳しく禁じています。それだけでなく、国情院が危機に陥るたびに、関連業務を担当していた国情院職員たちの疑わしい死亡事件が何度もありました。もちろん決定的な他殺の根拠は明らかになっていませんが、事件を調査したある国会議員は、死亡した国情院の職員が「自殺させられた」と発言したほど、国情院は言葉どおり“恐ろしい場所”です。
 今回の情報提供者も、やはり国情院内の狭い密室で身体を拘束された状態で3日間不当な監査を受け、精神疾患を患ったりもしました。また、解任されてからは国情院の職員たちが家の中まで無断で侵入するなど、尾行と監視に苦しめられてもきました (2020年6月1日1部「国情院と白い部屋の拷問ー工作官たちの告白」放送を参考)。それにもかかわらず、情報提供者が命がけで情報を提供したのは、世の中に必ず知らせなければならない“真実”があったからでした。
 しかし、マスコミに一度も公開されたことのない内容だったため、どこから何を取材しなければならないのか、始まりから簡単ではありませんでした。また、取材対象が国家情報機関なので、取材内容や通話内容が流出する恐れもありました。そのため、セキュリティが保障されているメッセンジャーアプリを活用し、取材源に会ったり撮影したりする際は数台の車両を動員するなど、格別な注意を払いました。個人的には、仕事帰りの地下駐車場で何度も後ろを振り返ってみたりもしました。正直、怖くなかったと言ったら、嘘になるでしょう。それほど薄氷を踏みしめるような7ヵ月でした。 
 その結果、幸い大きな事故や取材妨害はなかったと思います。ただ、国情院は、私たちの公式的な質問には答えないことで対応しましたが、見方によってはそれが最大の取材妨害だったと言えるかもしれません。しかし国情院は私たちの質問に対し「事実ではない」と答えられず「確認することはできない」とだけ答えました。私たちはこの答弁を事実上“取材内容に反駁できなかった”という意味に解釈しています。

政府や市民の反応は

―― 日本の国基研のようなところに韓国が極秘に資金提供していたとなると、韓国の国内でも大きな社会問題となると思いますが、政府の反応はどうですか?
チャン 今は大統領選が近づいており、大統領選候補の党内選挙がいつにも増して熾烈なため、その他のイシューは多くの関心を集めることが難しい時期です。しかし、国会副議長を含む多数の国会議員たちが、私たちの番組放送直後、国情院に真相究明を要求し、関連質疑が続いています。
 今回の政権が発足して国情院を強力に改革しているので、今後ある程度は真相究明がなされるだろうと期待しています。その第一段階として今年8月27 日、朴智元パクチウォン国情院長が「国情院による国民査察」と「政治介入問題」などについて国民向けの謝罪文を発表し、頭を下げて謝罪しました。今回の放送が提起した問題を含む公式的な謝罪でした。
―― 番組を放送したことで、視聴者からどんな反応がありましたか?
チャン 視聴者の方々の怒りはものすごく熱気を帯びていました。『PD手帳』のYouTubeチャンネルにアップロードした関連映像の照会数は合わせて100万回を超え、映像に付けられたコメント数だけでも合わせて1万5000件を超えました。ほとんどの人が、大きな裏切りであり相当な衝撃を受けたという内容であり、命をかけて情報提供した方に感謝の気持ちを伝えています。
 それだけでなく、国内約80の市民団体が国情院の真相究明を追及する記者会見を開いたり、声明を発表したり、国情院を抗議訪問したりもしました。その後、これらの市民団体を中心に「国情院不法査察真相究明特別法」の制定を促す動きが続いています。

番組への抗議に対する反論

―― 櫻井よしこ氏らは月刊『HANADA』などでこの番組に対して抗議を示しているようですが、日本の右翼勢力から放送局や番組に対する攻撃のようなことはありますか?
チャン 櫻井よしこ氏は、言論をとおし抗議を公開していますが、私たちに対する公式的な抗議は届いていません。
 櫻井よしこ氏と国基研の反論を聞くために数ヵ月間、多方面から努力しました。国基研を直接訪ねもし、彼らの要求どおりに質問紙をファックスで送ったり、数回電話もしました。しかし彼らはすべての返事を避けたのです。
 番組放送後、櫻井よしこ氏のホームページにある抗議文を見ると、「ライブ放送」ではないので私たちの取材を断ったと書いてありますが、これは事実ではありません。私たちは何の返事も聞いておらず、彼女がライブで話し合いたかったのなら、私たちは当然そうしたはずです。また、西岡力氏は、韓国メディアには対応しないと何度も電話を切りました。結局、彼らはいずれも自分たちに有利なメディア、自分たちが言う「嘘」を批判せずにそのまま盛り込むメディアを通じてのみ立場を明らかにするという結果になったようです。
 それでも私たちは必ず反論が必要だと判断し、櫻井よしこ氏を直接訪ね、国情院から情報を受け取ったことがあるか尋ねました。しかし彼女は即答できず、あわてて席を立つことで精一杯でした。なぜ違うと答えられなかったんでしょうか? ところが、放送後になってあれこれ言い訳を並べ立て、放送が提起した主要問題ではなく、無理な主張ばかり繰り広げている姿に、たいへん戸惑うばかりです。しかし、私は国基研がこれ以上の言い訳はできないと確信しています。実際、私たちは今この瞬間まで、公式的な反論を受け取ることはできませんでした。
 しかし私たちの放送番組が、国基研の言論プレーに悪用されるのを防止するため、主要な内容の一部についてのみ再反論します。
①櫻井よしこ氏は、情報提供者の身分を疑っているようです。典型的な「メッセージを殺すためのメッセンジャー攻撃」です。しかし、今回の放送の情報提供者は、国情院で25年以上勤め、表彰状まで受けた本当の海外工作官であり、これは国情院を通じて確認された事項です。また今回の「国情院二部作」は、代表的な情報提供者以外の多数の国情院関係者らを対象に7ヵ月間取材して制作した放送です。参考までに、国情院は放送内容に対していかなる反論も提起することができず、国情院長は謝罪しました。
②大韓民国に入国した脱北者は必ず国情院の管理を受けることになっています。したがって、一般人が大韓民国に入った脱北者を直接調べ、会う方法はありません。もちろん、すでにメディアに広く知られている有名な脱北者には連絡を取ることもできますが、国基研の関係者、特に西岡力氏が主に会っていた脱北者のほとんどが「非公開の脱北者」であり、これらの面会もやはり国情院の計らいで進められた「秘密面談」でした。そのため彼らが脱北者たちに会って情報を得たり、脱北者を招待して講演会など各種行事を開くことができたのは、すべて大韓民国国情院の支援と許可があったからだと言えます。何より、韓国で長く活動した西岡力氏には、出版、行事支援など多方面で工作金が支給されたという証言が多数ありました。
③国情院と日本極右間のコネクションについて話をする時、ホン・ヒョン氏は欠かせません。しかし、櫻井よしこ氏はホン・ヒョン氏については何の立場も明らかにできていません。国基研の客員研究員であり、常連のゲストであるホン・ヒョン氏は、私たちの番組で明らかにしたように「国情院幹部」であり、退職後も数年間にわたり国情院から工作金を受け取ってきた人物です。そんな彼を研究員にして、放送番組によく出演させていただけでも、櫻井よしこ氏は韓国の国情院の工作対象だったといえるのです。
 それだけでなく、放送では公開しませんでしたが、私たちは櫻井よしこ氏が韓国国立国防大学校を訪れ、朝鮮半島情勢について説明を受けている写真も確認しました。

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▲ 国基研関係者が韓国国立国防大学校を訪問。国防大関係者らと朝鮮半島情勢について話し合う櫻井よしこ氏一行。左側奥が「ホン・ヒョン氏(国情院元幹部)」(撮影:国基研関係者)

この当時の写真にもホン・ヒョン氏が写っていますが、彼が通訳と簡単な案内役を務めていたことが確認できます。結果的に、櫻井よしこ氏や国基研が外国の政府機関や国情院からいかなる援助も受けたことがないという主張は明白な嘘です。

正しい真実を探す放送を

―― ご承知のとおり、日本では「慰安婦」問題について歴史の歪曲的な主張が強い影響を及ぼしていて、まともな議論が困難な状況です。韓国内では「慰安婦」問題をめぐる議論はどういう状況でしょうか?
チャン 韓国国民の多くは「慰安婦の歴史」について共通の意識と情緒、つまり日本のきちんとした謝罪と真相究明、そして歴史を正す努力が必要だという考えを確固として持っています。そのため、心からの謝罪どころか、謝罪文を覆したり、歴史歪曲に明け暮れる一部の日本や韓国人に対し大きな憤りを感じているのです。したがって、被害者の立場が十分に反映されなかった「2015韓日慰安婦合意」を廃止すべきだという主張が多く聞かれます。
 ですから、今回の番組放送で、多くの人が大きな衝撃を受けました。まさに日本極右団体の論理をそのまま受け入れた国内親日人士たちが、彼らの歴史歪曲書籍を韓国語に翻訳してその対価として賞や賞金をもらっていたからでした。加えて、彼らは毎週、水曜集会で対抗集会を開き、日本軍「慰安婦」の歴史を否定したり「慰安婦」被害者たちを「売春婦」と呼ぶ妄言を吐いたりしています。韓国と日本国内の歴史を歪曲する人々がお互い励まし合い、手を取り合っている格好です。
 過去、彼らの数は非常に少なく、誰にも認められていませんでした。しかし今はその数が少し増え、コロナ時局で団体集会が困難になった隙を狙って、水曜集会を脅かす団体となりつつあります。彼らはいかなる根拠でも説得されません。信じたいことだけを信じて真実から目を背けているからです。
 このような残念な現実が作られた背景には、まさに日本の櫻井よしこ氏や西岡力氏、そして国基研といった団体があると言えるでしょう。彼らは全世界の人々を対象に日本軍「慰安婦」の歴史を歪曲し、それに喜んで同調する人々を結集させ、勢力を保っているのですから。
―― 日本軍「慰安婦」問題について、今後も取材・報道の予定はありますか。この問題の解決に向けて、日本側のメディアとしてどういう対応をすべきだと考えますか?
チャン 日本軍「慰安婦」制度の歴史は「根拠のない話」ではありません。すでに日本軍関係者たちの証言が出ていて、強制性と暴力性を立証する関連文書も発掘されている状況です。そして、存在としての歴史を証言されている被害者の女性たちが全世界に生きていらっしゃいます。しかし、一部の「専門家」「政治家」そして「言論人」という人々はその多くの根拠を無視し、非常に些細な問題に執拗に絡み合い、日本軍「慰安婦」問題全体を汚染させています。まさに手の平で空を覆うわけです。
 櫻井よしこ氏と国基研の関係者は韓日関係の未来のため「すでに解決済みの過去の問題」から脱却すべきだと主張しています。しかし、正しい未来は、正しい過去認識の上に芽生えると思います。ですから、韓国と日本の未来が建設的な方向に進むためには、過去と現在の真実を正すことが必須です。
 これはすでに数世紀の間、あらゆる残酷な葛藤を経験した世界の多くの国家の歴史が見せてくれる、あまりにも明確な真実です。言論の役割はまさにそこにあると思います。韓国と日本のまともなマスコミなら、真実の歪曲に断固として立ち向かうべきだと思います。
 今、大韓民国の地に日本軍「慰安婦」問題の歴史について証言してくださる女性たちは、14人しか残っていません。そして、その被害女性たちは依然として真相究明ときちんとした謝罪を求めています。手遅れになる前に、正しい歴史が正しく確立される日を迎えられるよう、私も継続して自分ができることをするつもりです。私にはそれが嘘に明け暮れる人々を批判し、正しい真実を探す放送を制作する道だと信じています。どうか日本でも正しい歴史を伝える人々の努力が真の光を見ることができるように願い、応援しています。(訳・岡本有佳)

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『PD手帳』チャン・ホギPD
2 0 1 1 年に放送の仕事を始め、2015年MBC時事教養プロデューサーとして入社した。『PD手帳』、『あなたが信じたフェイク』、『星の星 人間研究所』などを演出し、現在『PD手帳』を制作。アジアンTVアワードのベストドキュメンタリー賞、プルンメディア特別賞、PD協会の今月のPD賞、MBCの今年の良い番組賞、2020年今年のホイッスルメディア賞などを受賞した。

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