抗炎症剤が新型コロナの在宅治療の命綱になる

オンライン診療で抗炎症剤のデカドロンが処方されるようになってきた。一気に悪化した時の手立てがなかった自宅療養者の救いになる。

入院できずに息をひきとるニュースが相次いでいる。救急車を呼んでも搬送できない状態になろうとは、コロナ禍以前には想像もできなかった状態が現実になっている。しかもその状態がいつ終わるともしれない状況だ。

誰もが、新型コロナにかかり、自宅療養から急激に悪化し、そのまま命を落とすという事態は何としても避けたい、と考える。そこで、ついに神奈川県が動いた。神奈川県医療危機対策本部室は8月20日、「神奈川県早期薬剤処方の指針」を発表し、抗炎症剤(免疫抑制薬)を在宅療養者に処方することに認めた。現在、WHOが効果を認める薬のうち唯一の飲み薬、デキサメタソンを成分とするデカドロンがこれに当たる。WHOが認めるそれ以外の薬は全て点滴投与であるので自宅では使えない。つまり、初期に投与する抗ウイルス効果のある抗体モノクロームカクテルは外来、ホテル療養での使用を認める地域もあるが、抗ウイルス剤のレムデシビルも、症状が進んだ時に使われる抗炎症剤のバリシチノブも入院して用いられる。神奈川県が在宅療養者に処方を認めるデキサメタソンは治療薬として世界的に最も使われ最も効果を上げてきた薬である。神奈川県は、デキサメタソンを成分とするデカドロンまたはデキサートが入手できない場合はプレドニゾロンを処方することを認め、入院と110番の通報を減らすという戦略をとったのだ。

なぜ、抗炎症剤が必要かというと、新型コロナウィルスによる肺炎はサイトカインストーム(免疫暴走)によって引き起こされるからだ。コロナウィルスが弱まっても、ウィルスによって始まった肺に起きているサイトカインストームを抑えない限り体は蝕まれていく。息苦しさ、咳や熱といった炎症状態が続く場合、サイトカインストームを抑える薬が必要というわけだ。大火災になる前に火を消す必要がある。酸素療法が注目を集めるが、酸素吸入は「呼吸努力」による肺炎の悪化を遅らせる役目はあるが、抗炎症治療ではない。高熱で具合が悪く仰向けで寝ていると背中側が重力の関係で無気肺が繰り返し起きて苦しくなり必死で呼吸する。「呼吸努力」によりはいえ悪循環で肺炎は悪化する。そのため、うつぶせ寝も推奨されている。あまり注目されていないが、集中治療室で人工呼吸器、ECMOが使用される場合、在宅で使用される量とは桁違いの抗炎症剤が投与されている。川崎市の呼吸器科いきいきクリニックの武知由佳子先生は、コロナの治療は間質性肺炎の治療と同じであり、肺の炎症が治まれば、酸素化が改善するまで抗炎症治療を行う必要があると語る。治療の鍵は抗炎症剤なのだ。

デキサメタソンが処方され、適切に経口することが出来れば、酸素治療も入院も必要なくなる。中にはデカドロンを使用してもサイトカインストームを抑え込めずに悪化する症例は入院する、という仕組みが神奈川モデルなのである。実は、このモデルは、病床逼迫を経験した大阪府が4月の終わりに始めている。大阪府はデキサメタソンのオンライン処方を認めたのである。神奈川モデルは、大阪モデルをさらに進めている。

大阪府は酸素濃度を93%以下の場合に処方するとしたが、神奈川県は酸素濃度が正常ではない(96%未満)または発熱が3日以上継続する場合と処方の条件を緩和した。

武知先生はパルスオキシメーターがない場合は、息苦しくいつも以上に呼吸回数が多い場合には、肺炎の合併が考えられると言う。今のうちから1分間の自分の呼吸回数を知っておくことは、いざという時の助けになる。

8月27日の報道によると全国で自宅療養者は11万人を超えている状態でありながら、なぜ、デキサメタソンの在宅療養者への処方が、入院が逼迫する地域に広がらないのかと考えるだろう。

通常は、感染症の治療に免疫を抑制して炎症を抑えるステロイドは避けるべきとされる。ウィルスを殺すために免疫が必要だからだ。しかし、コロナウィルスの場合は、免疫暴走(サイントカインストーム)を引き起こすのであるから、免疫抑制が必要になる。そのため、感染症であるコロナウィルスの治療に抗炎症剤のステロイドを使うというと不安を感じてしまうという空気が日本にはあるようなのだ。確かに、コロナウィルスも免疫暴走が起きなければ、免疫が重要である。そのため、デキサスメタソンは肺炎症状が出た以降に用いられる。

ステロイドというと副作用も心配になる人も多いだろう。武知先生に聞くと「推奨されるデカドロン6ミリグラムを10日程度服用することに関して、コロナで重症化することを考えれば、副作用を気にして、使わないというのは、いかがなものか。」と返ってきた。

ステロイドというとムーンフェイスが有名であるが、この程度の期間なら問題にはならない。武知先生は胃が荒れることはあるので、胃薬を一緒に処方している。その一方で、新型コロナウイルス感染症では胃腸症状を呈し、嘔気嘔吐で水分も受け付けない人もいる。その場合は、デカドロンを飲むと嘔気も改善し、食欲が出て、食事ができるようになったりする。ステロイドと言うとやめ方が難しいと思われるが、この程度なら一気にやめてもそれほど問題がないと言う。

とは言ってもデカドロンの使用に注意が必要な人もいる。武知先生によると、副作用で一番懸念されるのは、糖尿病を基礎疾患に持つ患者である。デカドロンで血糖が悪化することがあるため糖尿病以外で処方するようにと書かれている。このためデカドロンの処方は有事に限られる。しかし、糖尿病こそ、重症化への危険因子であり、入院できないからこそ、使わなければ、命の危機に瀕する。武知先生は、血糖に注意しながら、使用している、と言う。

呼吸器系の医師はステロイドの使用は日常であるが、コロナには呼吸器科以外の医師も治療に当たる。そうするとステロイドに馴染みが薄いと言う事情もある。

武知先生は、他科のコロナファイターズ医師グループの相談ネットワークの相談役をになっている。同時に、在宅では限界と判断した場合は、大病院の呼吸器科の医師に託す。私が武知先生にインタビューを申し込んだのは、120名を超える医師に対してコロナ治療の講演を行なっていたからだ。ほとんどの医師にとって新型コロナ肺炎の治療は初めてなのだ。武知先生によると、この1年半で、お互いに情報交換をして助け合う医師同士のネットワークもできてきていると言う。

武知先生は、デカドロンが適宜、処方されていれば、救える命もあったし、肺炎に苦しむ人の数を今よりも減らすことはできると考えている。その思いで、診療に走り回る中も、お話しいただき、この原稿の修正もいただきました。

著者:横江公美

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