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メディカル・イングリッシュの達人への道 - 論文編:査読突破術



【第一話】査読結果は突然に

たかしは焦っていた。日々の慌ただしい診療の合間をぬい、寝る間も惜しんで時間を捻出し、指導医や先輩の先生方に教えを請いつつ、ようやく英語の原稿を書き上げて、海外の医学誌に投稿した論文の査読結果が戻ってきたのである。オンラインで投稿し、ステータスが、「Under Review(査読中)」になってから、数ヵ月が経ち、ずいぶん長引いているなと思っていたところだ。
 
とうとう、その日が来た。「Decision(査読結果)」というタイトルのメールが届いのだ。(英語だったので)あやうく見逃すところだった。医師国家試験の合格発表以来の緊張感を味わいながら、恐る恐るメールを開いてみると、こんな文章が目に飛び込んだ。
 
Your manuscript has been reviewed by the editor and Reviewers. We cannot accept the manuscript in the current form, and recommend some revisions. We are happy to reconsider the revised manuscript.
(あなたの論文は編集長と査読者のレビューを受けました。現在の原稿では受理できず、いくつかの修正を行うことを推奨します。修正された原稿を再考させていただきます。)
 
メールはその後も長々と続き、「Reviewers’ comments(査読者のコメント)」というタイトルに続いて、「レビューアー①」、「レビューアー②」、「レビューアー③」のコメントがそれぞれ記載されている。全部で20項目近くあるだろうか。途方もなく、たくさんあるように見える。
 
編集長からのメッセージの続きには、こうある。
 
If you decide to revise the manuscript, please prepare point-by-point responses to each of the Reviewers’ comments and revise the manuscript accordingly.
(原稿を修正する場合は、査読者の各コメントに対する回答を項目ごとに作成するとともに、それに従って原稿を修正してください。)
 
つまり、ここにある査読者からのコメントに返答して原稿をリバイスし、再投稿すれば、採択について再度検討してくれる、ということらしい。まずは、一発リジェクトでなくて、ほっとする。「point-by-point」ということは、1つ1つのコメントに回答せよということか。これは大仕事だな…。
 
さらに次の文章が目に入った。
Your revision is due by 10 Oct 202X.
 
再投稿の期限は、今年の10月10日となっている。つまり、約3ヵ月後だ。今の自分の状況(昼間は勤務医として診療を行っているので、基本的に平日夜と週末しか自由な時間はない)を考えると、とても十分な期間だとは思えない。
 
なにしろ論文が完成するまでに、かれこれ1年近くかかっているのだ。英語で論文を書くなどということは初めての経験だったし、まず日本語で大枠をまとめて、四苦八苦しながら英文原稿にしたのである。英語は学生時代からあまり得意ではなかったので、おそらく最初の原稿はひどい出来だったと思う。英文校正の業者を通じてネイティブスピーカーにもチェックしてもらったが、赤字だらけだった(とはいえ、意図しない方向に英語が訂正されていて、再度修正しなおす作業も大変だったのだが)。これまでの苦労を思うと、もう自分がもっている力は出し切った感がある。このうえ、さらに、これだけの指摘に対応しなければならないというのか…。
 
それに、投稿した原稿から変更するとなると、共著者として名前を連ねている先生たちからも、あらためて同意を得なければならない。これがまた厄介で、忙しい先生方ばかりだから、回覧に時間がかかるのだ。もしもリバイス原稿や回答が十分でないと指摘されたりしたら、雑誌に提出する前に対応する必要があるだろう。あれこれ考慮すると、自分がもてる時間は、実質2ヵ月(あるいはもっと短い)というところか。軽くめまいがしてきた。
 
しかし、とにかく、どんな指摘がされているのか、コメントを読んでみることにしよう。
まずはレビューアー①からだ。
 
Overall interesting work. I have a few comments.
(全体的に興味深い研究である。いくつかコメントがある。)
 
まずは好意的なコメントで、嬉しくなる。しかし、細かい指摘が続いている。たとえば、「表に記載されている症例の背景について、詳細を記載せよ」というようなことだ。これはデータを見直せば、対応できるかもしれない。その他の質問や指摘も、時間はかかるだろうが、なんとか対応できそうだ。よしよし。
 
しかし、次のレビューアー②のコメントを見て、唖然とした。
 
The small and retrospective nature of this study makes it challenging to publish in its current form, as there is already robust data in the literature in this field. Regrettably, I could not discover any novel findings in this manuscript.
(小規模なレトロスペクティブ研究であり、この分野の文献にはすでに確固としたデータが存在するため、現在の形でパブリッシュするのは困難である。残念なことに、本論文中には画期的な知見を見出すことができない)
 
これでは全否定ではないか。しかもレビューアー①のように、細かい指摘はなく、コメントはこれだけである。取り付く島もないとは、このことだ。これに、どう回答しろというのか。たかしは、目の前が真っ暗になるのを感じた。
 
暗澹とした思いで、(しかし気を取り直して)3人目のレビューアーのコメントを読み進める。
 
【つづく】


【第二話】道を切り開く


あれから数日たった。
先輩の先生に聞いてみたところ、これくらいのコメントの数と内容は、とくに珍しくないということだ。むしろ、すんなりアクセプトされるほうが稀だという。
 
「とにかくあきらめずに、真摯に対応したことを伝えることが大事」だそうだ。
さらに、「最終的には、個々の査読者ではなく、編集長が採択を判定するので、否定的な査読者がいるからといって、リジェクトされるとは限らない」ということだ。
少しだけ力が湧いてきた。ここまできたら、やるしかないのだ。
 
幸いなことに、再投稿の期限についても、延長をお願いすることが可能だという。先輩の話では、編集長宛てに、丁寧に事情を説明したメールを書けば、大抵の雑誌で、1ヵ月位は期限の延長を認めてくれるという。
 
早速、先日受け取ったメールに記載されていた編集長宛てに、メールを書いてみる。
 
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
Dear Dr MacDonald,
 
RE: Manuscript ID: CER11232023R1
 
Thank you for reviewing our manuscript entitled “…
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
 
メールの宛名には、「Sir or Madam」や「Editor」ではなく、個人名をきちんと書くほうが、印象が良いそうだ。
論文タイトルに加えて、Manuscript IDというものが付与されていたので、記載しておこう。
 
期限延長の理由は、えーと、単に「期限に間に合いそうもないから」ではダメだよな…。
もっともらしく、「データの収集に時間がかかる」とかにしようか。先輩は、なるべくポジティブな印象を与えるように心がけることが大切と言われていたな。
 
We would like to ask you to extend the deadline for resubmission until November 10, 202X, because we need to collect and present relevant data to fully address the reviewers’ comments. We would most appreciate your kind understanding.
(査読者のコメントに充分に対応できるよう、該当データを収集し提示する必要があるため、再投稿の期限を202X年11月10日まで延長していただけますよう、お願いいたします。ご理解に感謝申し上げます。)
 
最後の文章は、投稿の時にネイティブが書いてくれたカバーレターから流用したものだ。もとは、「We would most appreciate your kind consideration.」だったかな。今後も使えそうなフレーズだと思ったので、メモしておいて良かった。そしてメールを、こう結んだ。
 
I look forward to hearing from you.
(お返事お待ちしております)。
 
はてさて、無事、期限延長を許可してくれるだろうか。
 
【つづく】
 


【第三話】感謝と敬意をもって

投稿した雑誌からは、わりとすぐに返信が届いた。「We are happy to extend the submission deadline, as requested.(ご要望通り、期限を延長します)」とあり、オンラインの投稿サイトを確認してみると、「Due date(期限)」が、依頼した通りの日付に変更されている。意外に簡単だったな。なんでもお願いしてみるものだと思う。早速、御礼の返信を出しておく。
 
さて、肝心のコメントへの対応である。
まず好意的なコメントをしてくれたレビューアー①への対応だ。
 
Thank you for your valuable comments.
(貴重なご意見ありがとうございます。)
 
先輩に聞いたところ、査読者のコメントには、まずこの文章で返すと良いという。査読者は、どこの誰かは明かされていないものの、(おそらく猛烈に忙しい日々を過ごしているであろう)この分野の専門家で、多くはボランティアで査読を行ってくれているので、まずは、査読してくれたことに感謝の意を伝えることが大切だそうだ。いつかは自分もそのような立場になってみたいものだと憧れを抱きながらも、今はただただ、ご機嫌を損ねないようにと願うばかりである。しかし、英語のボキャブラリーは豊富でないので、すべての査読者に対して(否定的なレビューアーも含めて)、この文章から始めることにする。
 
レビューアー①のコメントは、修正が比較的容易な軽微な指摘(「Minor comments」というらしい。これに対して、レビューアー②のようなコメントは「Major/critical comments」だ)が主だったので、各コメントに対してなるべく簡潔に答えることにした。「断定的な表現を避けたほうが良い」といった、言い回しについての指摘もあったので、ここは素直に従うことにする。
 
According to your suggestion, we have revised the relevant text (on page XX, Line XX).
(ご助言に従い、本文の該当箇所(XX頁、XX行)を修正しました。)
 
回答に伴い、修正した本文の場所も記載しておく。
そういえば、編集長からのメールに、「本文の修正するときには、変更履歴を残しておくように」とあったっけ。英語では「track your changes」というんだよな。原稿ファイルでは、Wordの履歴記録機能をオンにすることを忘れないようにしよう。
 
ところで、レビューアー③のコメントのなかに、レビューアー①と重なるものがあった(同じような指摘を受けるということは、客観的に見て、よっぽど気になる箇所なのだろう…)。査読者たちは、お互いに他の査読者への回答を参照できるかはどうかはわからないから、「Please refer to the reply to Reviewer 1(レビューアー①への回答を参照してください)」とするのではなく、重複してもいいから、回答を再度記載しておくほうが親切だよな。
 
加えて、「This issue was also raised by Reviewer 1(この点は、レビューアー①からも指摘を受けました)」とひとこと書いておくと、ご指摘の重要さをきちんと受けとめました、ということが伝わるかな。とにかく査読者に敬意を払うことが大切だ。
 
そうだ。ひとつ、質問の意図がよくわからないところがあったんだよな。一応、該当する本文を修正してみたんだけど、これで十分なのか自信がもてない。念のため、こう記載しておいた。
 
I hope that the revisions made in the manuscript would sufficiently address your concern. Please let me know if further revisions are necessary.
(原稿に行った修正にて、懸念事項に十分お応えできておりますと幸いです。さらなる修正が必要な場合はお知らせください。)
 
マイナーな指摘とはいえ、1つ1つのコメントに英語で回答していくのは、なかなか骨の折れる作業である(ちなみに、ここにある英語は、後にネイティブチェックを受けたものだ。当初は、めちゃくちゃな(自分だけにわかる)英語で書いていたが、そんなものは最後に英文校正に出せば問題ないのだ)。
 
さて、残すところは、ラスボス、レビューアー②への対応だ。
 
【つづく】
 


【第四話】ラスボスに挑む

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