メディカル・イングリッシュの達人への道 - 論文編:英語で抄読会
【第一話】英語論文読破への道
こうすけ 「教授のご提案で、英語で抄読会をやることになったんですが、正直、どこから手を付けていいかわかりません。先生は先日、海外雑誌に論文が無事アクセプトされたそうですね。英語で論文を執筆されるなんて、すごいです。ぜひアドバイスをいただけないでしょうか」
たかし 「いやぁ、あれは僕も苦労したよ。しかし、これからの医師は、日本国内にとどまらず、世界に向けて発信しなければならないから、英語で論文を読んだり、書いたりすることは避けて通れないよ。大丈夫、論文というものは形式が決まっているから、コツさえつかめば、内容を把握することは難しくないよ。若いうちに、英語の論文を読む習慣をつけておけば、今後、自分が論文を書く時にも、きっと役に立つはずだ」
こうすけ 「はい。ありがとうございます。それで、早速ですが、次の抄読会で僕が担当になってしまったんです。まだ時間はあるのですが、まず取り上げる論文を決めて、それを発表用に要約しなければなりません。でも、どのような論文がいいのか、もうそこからわからないんです」
たかし 「まずは、誰もが知っているようなメジャーな臨床系の雑誌がいいだろうな。New England Journal of MedicineとかLancetとかBMJとか、聞いたことあるだろう?」
こうすけ 「はい。それで検索エンジンのPubMedとかで調べればいいんでしょうか。あの、初歩的な質問で申し訳ないんですが、膨大な数の論文があるので、どのように絞り込めばいいんでしょう?」
たかし 「PubMedは、目的があって検索するときには有用だよ。たとえば、論文を書く時に、この領域のキーワードにヒットする論文を見つけたい、というような場合だ。でも今回みたいな、抄読会のトピックを探すようなときは、雑誌のホームページで、最新号のタイトルを流し読みしたほうがいいんじゃないかな。新聞の見出しをみるような感じで、興味をもてるものや面白そうな話題を探すんだ」
こうすけ 「なるほど。雑誌のホームページにある最新号なら、最新の研究の論文が載っていますもんね」
たかし 「その通り。で、ここで気を付けなければならないのは、Original Research Article(原著論文)から選ぶことだ。Review(総説)は初心者には難しいからね。なかでも、「Randomized trial(ランダム化試験)」や、「Phase III trial(第三相試験)」という用語がタイトルに含まれている、臨床試験は、比較的理解しやすいと思うよ」
こうすけ 「なるほど。臨床比較試験ならば、対照群と治療群の比較というように、目的が明確で理解しやすいというわけですね」
たかし 「ちなみに、雑誌に掲載されている論文は、通常、アブストラクトまでは無料で読むことができるけれど、全文を読むには、購読料を支払ってダウンロードしなければならない。その論文が本当にほしい論文なら構わないが、今回みたいにコレと決まっていない場合には、オープンアクセスの論文を選ぶという手もある。オープンアクセスは、著者が購読料を負担することにより、論文全体が公開されているものだ」
こうすけ 「無料で全文が読めるのは、ありがたいですね。では、主要な雑誌をいくつか見繕って、ホームページからオープンアクセスの論文をあたってみます。ありがとうございました!」
たかし 「あと、若い人にはもう常識かもしれないが、時短のために翻訳ソフトを活用することをおすすめするよ。とくにDeepLは、これまでの翻訳ソフトとは段違いにレベルが上がっているから、論文タイトルやアブストラクトをざっと和訳して、概要を把握する際に役立つよ。もちろん、最終的には英語でななめ読みできるようになることが理想だけどね」
こうすけ 「はい。DeepLは、実は有料会員になっています。仰る通り、余計なところに労力を使わず、これぞという論文を見つけたときに、じっくり読み込むことにします(笑)」
こうして肩の荷が(少し)下りたような気がしたこうすけだったが、試練はまだ続くのであった…
【第二話】論文の型をおさえる
こうすけ 「先生、先日はありがとうございました。あれから、論文のタイトルとアブストラクトを、DeepLを活用しつつ、読んでいるのですが、なんというか、、やっぱり肝心のところが理解できずに、行き詰まっているんです」
たかし 「そうだよな。論文というものは、小説やエッセイと違って、エンターティニングな読み物ではないからな。論文特有の型を抑えることが重要だ。この型さえ掴んでしまえば、格段に理解度があがるはずだよ」
こうすけ 「なるほど。ぜひとも、その型の伝授をお願いいたします!」
たかし 「その前に、今回、論文をどのように読んだか聞かせてくれるかな」
こうすけ 「どうといっても、、、まずタイトルとアブストラクトを読んで、面白そうかなと思った論文を選んで、最初から読みました。でもIntroductionはいいんですが、Methodsあたりまでいくと、だんだん(翻訳ソフトを使っても)よくわからなくなってきて、興味も半減してきて、脱落してしまうんです」
たかし 「なるほど。もしかして、MethodsのStatistical Analysis(統計解析)の部分あたりで脱落するんじゃないか?」
こうすけ 「はい。仰る通りです。情けないのですが、解析手法については、何が何やら、さっぱりで…」
たかし 「そうだろう。まず、大前提として、統計解析の項目は読んではいけないよ。これは、この分野を専門として研究している研究者が、この研究を再現する(または検証する)ときに読むものだ」
こうすけ 「えー、そうなんですか!? だいぶ労力をつかって、必死に理解しようとしていたのですが」
たかし 「論文読解にかける時間と労力は限られているのだから、有効に使わないとな。まずは、論文の構成を知ることだよ。Introductionには、研究の背景と目的が書かれている。ここでは、とくに研究目的(リサーチクエスチョン)を把握することが大切だ。通常、Introductionの最後の段落に書かれている」
こうすけ 「はい。それはよく理解できますし、Introductionは比較的読みやすいです」
たかし 「次にMethodsだが、ここは研究デザイン、とくに対象(Subjects)と評価項目(Endpoints)を抑えることだ。つまり、どのような人(患者)を対象として、何を評価したか、ということだ。これらは、通常、サブヘディングがついて、まとめられていることが多い」
こうすけ 「”Patients”や“Participants”、”Endpoints“や”Outcomes“といった題が付いた段落を読めばいいということですね」
たかし 「そうだ。とはいえ、Methodsについては、アブストラクトに記載されている内容で十分なことも多い。次は、Resultsだ。ここでは、主に図表を見ることだ。本文を読むよりもわかりやすいし、何より図表で提示されているのは、重要な結果だけだからね」
こうすけ 「本文の翻訳に夢中で、図表をまったく見ていませんでした。。不覚です。。」
たかし 「図表には、(本文を参照しなくても)単体でわかるようにタイトルと脚注が記載されている。だから、図表を丁寧に読み込めば、メインの結果を把握できるんだ。ちなみに、臨床試験論文の場合は大抵、症例内訳や患者背景の図表が最初に入っている。そして、メインの結果(Primary endpoint)は、それ以降の図表で提示されていることが多いんだ。ここでは、Methodsで読んだ評価項目と照らし合わせながら、読むといいだろう」
こうすけ 「なるほど。論文の構成がわかってきたことで、興味が持てそうな気がしてきました」
たかし 「そして、最後にあるのがDiscussionだ。ここで押さえるべきなのは、どこだと思う?」
こうすけ 「Discussionって、論文によっては、すごーく長いんですよね。でも重要なことは、後半に書いてあるんじゃないんですか?」
たかし 「いや。じつはDiscussionの最初の段落に、この研究の結果とその解釈が要約されているんだ。だから、真っ先に読むべきなのは、第一段落目だよ。そして、余裕があったら、続く各段落の最初の文章を読む」
こうすけ 「各段落の最初の文章ですか?」
たかし 「そうだ。これはトピックセンテンスというんだ。その段落の要点を、最初の文章に述べるのが、英語の論文の基本構成なんだ。日本語の論理構成とは逆だから、この辺も覚えておくと、将来論文を書く時に役に立つよ」
こうすけは早速その晩、アドバイスにしたがって、いくつかの論文を読んでみた。すると、これまでとは違って、論文の内容がすっきりと頭の中で整理されていく感覚があった。とくに、これまでたどり着けなかったDiscussionの内容も、トピックセンテンスの意味をつかむことで、著者の言いたいことが伝わり、理解が容易になった
最後に、アブストラクトにもどると、論文の内容を概ね把握できたと思えるところまできた。
よし、論文読解は完璧だ。
しかし、これをどう発表資料にまとめたらいいんだ…!?
【第三話】英語は伝える手段
こうすけ 「あれから先生に教えていただいた通り、論文の型に従って、要点をおさえて読み込んでいったところ、論文の内容が格段に理解できるようになりました。それにしても、1つの論文を読むのにも四苦八苦するのに、先生は英語で論文を執筆されたのですよね。論文を書くためには、たくさん文献を引用しなければならないから、膨大な数の論文を読まれたでしょうね。あらためて、尊敬いたします」
たかし 「いやぁ、実は僕も、英語は学生時代から苦手で、海外生活もしたことがないし、コンプレックスではあるんだよね。でも、英会話は別として、論文を読むのには、医学知識のベースがあるからね。さらに自分の研究論文に関連した分野なら目的が明確だし、要点だけ読むことができるようになるんだ。まぁ、『コツ』と『慣れ』ってところかな」
こうすけ 「そうなんですね。僕は、まだ臨床経験も浅いので、そこまでの専門知識がないということかもしれません。ところで、論文はなんとか読めたものの、これをどうスライドにまとめていいかわからないんですが…」
たかし 「おだてて、何でもすぐ教えてもらおうとしてはいけないよ(笑)。たとえば、これが日本語の抄録会だったら、どうやって準備するんだ?」
こうすけ 「はは。すいません。そうですね、日本語の論文の抄読会だったら・・・ですか。項目ごとにスライドにまとめる感じですかね。でも英語にしなくてはいけないのですよね」
たかし 「英語だからって、そんなに難しく考えなくてもいいんだよ。論文を読んだ時の型を思い出して、まとめれば大丈夫だ。具体的には、Background(背景)、Methods (方法)、Results(結果)、Conclusions(結論)の項目ごとにまとめるといいよ。Methodsは、前にも言った通り、対象と評価項目に焦点を当てて、統計解析などの細かい点は含めなくていい」
こうすけ 「なるほど。あ、要するにアブストラクトに書いてある内容ですね。そこからコピペすればいいのか」
たかし 「まぁ、それでもいいけど、自分が理解できる内容にすることだな。アブストラクトは、実は雑誌で決められた文字数制限があって、それに合わせるために、高度に編集されている場合があるんだ。だから、必要に応じて、本文の該当箇所を参照して、そこから引用するほうがいいかもしれないよ」
こうすけ 「アブストラクトって、文字の制限があるのですね。どうりで、どの論文も同じくらいの長さになっているわけですね。たしかに、アブストラクトでわからなかったところが、Discussionの最初の段落を読んだら理解できた箇所がありました。自分が理解できる英語でまとめることが大切ですね」
たかし 「そうだ。英語はあくまで伝える手段なのだから、難しい表現にする必要はないんだ。とはいえ、僕も論文では、『冗長な表現を避けるように』と、査読者から指摘を受けた箇所も多くあったよ。つい、長々と書きたくなっちゃうんだけど、シンプル・イズ・ベストだ」
こうすけ 「はい。発表の途中で、自分のスライドに何が書いてあるのか理解できなくなったら、目も当てられませんからね。中学生レベルの英語に徹します」
たかし 「まぁ、実際のところ、学会で座長を務めるような先生方でも、ごくシンプルな英語を使っていることが多いよ。別に英語の専門家になろうとしているわけでなく、我々はあくまで研究者だからね」
こうすけ 「なるほど。英語はあくまで『伝える手段にすぎない』と考えると、気が楽になってきました。ありがとうございます!」
【第四話】想定質疑応答
こうすけ 「先生、お陰様でスライドを無事完成させることができました。しかし、英語でプレゼンって緊張しますね。ここのところ、毎日練習してます」
たかし 「うん、初めての英語のプレゼンは不安だよな。でも、基本的には、日本語の場合と一緒だよ。ぶっちゃけると、スライドにキーフレーズを書いておいて、それを読むだけでも、まったく問題ないよ」
こうすけ 「たしかに、そんな感じになっています(笑)。でも抄読会なんで、ディスカッションしなければならないわけですよね。どんな質問がくるか、それが怖いです・・・」
たかし 「質疑応答は、将来、国際学会で発表するときのための練習にもなるし、いい経験になると思うよ。まぁ、何を質問されるかわからないから怖いわけで、ある程度、想定質問を準備しておくといいよ」
こうすけ 「想定質問ですか」
たかし 「そうだ。まず、自分だったら、この論文についてどんな疑問をもつか、考えてみることだ」
こうすけ 「なるほど。そして、それに対する答えを準備しておくということですね」
たかし 「そう。ただし、これは抄読会だから、議論が深まるように、さらにこちらから投げかける質問を考えてみてもいいだろう」
こうすけ 「そっか。抄読会の目的は、議論することですもんね。英語でも、日本語と同じように考えればよいわけですね。論文を1つのお題と考えて、皆がどのような考えをもっているのか、意見や考えを聞くという観点から考えると、なんだかおもしろくなってきました」
たかし 「おお、調子に乗ってきたな(笑)。1つ、あまり教えたくないんだけど、とっておきのフレーズを伝授するよ」
こうすけ 「なんでしょう!?」
たかし 「質問に対して、“That's a good question.(いい質問ですね)” と答えるんだ。相手の質問を評価したことになるし、ちょっとした時間稼ぎになるからね」
こうすけ 「それいいですね!ぜひ使わせていただきます」
たかし 「ただし、あまり乱用しないようにね。あと1つ、アドバイスするならば、すぐに答えられない質問や、あとで返答する、というような言い回しも準備しておくといいよ」
こうすけ 「それ、重要ですね。ちなみに、先生はどう返されているんですか?」
たかし 「そこまで聞くか。まぁ、大サービスだ。僕だったら、“Let me check and get back to you later. (確認して後でお答えします)”と答える。この “Let me…”は、結構使えるフレーズで、“Let me think(考えさせてください)”とか、“Let me explain (説明させてください)”とか、いろいろアレンジできるよ」
こうすけ 「ネイティブっぽくって、かっこいいですね。ぜひ使わせていただきます!お陰様で、なんだか、抄読会が楽しみになってきました。ありがとうございました」
こうして、こうすけは英語の抄読会に臨むのであった。
(了)