《企画/連作ショートショート》立方体の思い出
コーヒーに角砂糖をいくつ入れるか。
それだけのことすら聞かれなくなり、2年が過ぎた。
下らないこだわりかもしれないが、私はコーヒーを飲むならその日のメニューや気分によって違う味を楽しみたい人間だ。かつてはアレンジに協力的だった妻も次第に面倒がるようになり、インスタントコーヒーが出てくるようになって久しい。
薄いコーヒーを一口啜り、カップが古びていることに気づく。--新婚旅行で買ったものだ。
土産物屋に並んでいたのを妻が気に入ったが、値が張るからと諦めた。それをこっそり買い、帰宅してから渡したのだ。余程嬉しかったのか、箱まで保管していたのを覚えている。あの箱はもう、捨てられてしまったのだろうか。
君は覚えているかい、と玄関に向かう妻の背中に無言で問いかける。気づくはずもない。気づいたとして、返答はないのだろう。
卓上の器から角砂糖を取り、コーヒーに落とす。
離婚届にはねた一滴が、妻という字をじわりと滲ませた。
(413字)
たらはかに様の企画に参加させていただきました!
楽しんでいただければ幸いです。
こちらの話と繋がっております。
夫も参加しております。
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